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新編相模国風土記稿
川匂村 山王社 寛文十一年ノ勧請ナリ。西光寺持ち。 明治初期の神仏分離の際、この界隈では「社」とか「神」の石造物は全て神道とされ、所在地は国有地になったそうです。 この三猿付石祠も西光寺の土地と不可分ですが国有地のままだそうで、明治の時点から動かされていないそうです。おそらく風土記稿の時代から場所を移動していないのでしょう。 種字「バン」 台石に三猿。 左側面 種字「ア」、「奉造立庚申供養 石室 一宇」 右側面 種字「ウーン」、「二世安全祈所也 結衆 敬白」 裏面 寛文十一壬子年 十二月 吉日 風土記稿は「山王社」としており、地元では「山王権現」と呼んでいるそうです。 しかし銘文は明確に庚申塔であることを示しています。 同様の例はいくつもありますので今更驚きもありませんが、川匂村の山王社は調査しておらず、この存在はブナの森さんに教えて頂きました。ありがとうございました。 なお、現在の国道1号線川匂神社入口交差点にはかつて川匂神社「一の鳥居」があったそうで、そこからまっすぐ北上して西光寺の前を通り、川匂神社へ至る道の全てが川匂神社の参道だったそうです。地元では鎌倉道と呼んでいます。これは古道のことで各地に同様の例はありますが、西光寺前は切通しとなっており、尾根を切った最先端の場所にこの石祠は設置されています。 |
庚申全般
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こんばんは。
造立年は裏面(北面)だったのでよく読み取れず、当初延宝と思っていました。
よく見ると□文十一年と確認出来ますね。
2017/9/4(月) 午後 6:06 [ ブナの森 ]
> ブナの森さん
実はご住職と一緒に銘文解読しました。
近々拓本の専門家に採拓してもらう予定だそうです。
2017/9/4(月) 午後 6:46 [ 魚茶 ]
こんばんは。
ご住職が理解ある方で良かったですね。
ところで、小田原や足柄など神奈川の西部で寛文等に作られた庚申石祠は、2猿石祠が多く3猿石祠、特に台石の3猿は少ないですね。
2017/9/4(月) 午後 7:54 [ ブナの森 ]
> ブナの森さん
ご住職は以前から文字を読みたいと思っていたそうです。
石祠タイプ。確かにそうですね。
個人的にはこの台石の三猿は後補かなと思ってます。
2017/9/5(火) 午前 10:33 [ 魚茶 ]