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以前、川東を書きました。川は酒匂川を中心に東西という意味で、川西は足柄山地や現在の小田原駅付近、伊豆半島まで含むようです。 しかし、石仏目線で区分けするとこの範囲は広過ぎるため、酒匂川と狩川に挟まれたエリアを川西中流部と仮称します(ちゃんとした分類があるかも)。 柳新田村 8戸 正保の検地帳には記載が無い村(新しい) 飯田岡村 52戸 庚申講はあった。馬頭観音を庚申塔とする資料はある。 蓮正寺村 61戸 この地域は庚申塔が残っている小台や新屋も含め記録に残っている水害があります。 宝永4年11月の富士山大噴火によって火山灰が河川に溜まり洪水が発生する。これが幾度も発生したため、酒匂川の流れを大きく変えていた時期がありました。 この流路変更によって発生した享保5年の水害を調査した資料があります。 図は砂防学会誌への報文(PDF)が公開されているのでそこから引用。 ※享保5年以降のもので、それ以前や流路が元に戻って以降のものではありません。 被害地域は庚申塔が残っている地域の方が多いのですが、一応、上記の3村は直撃です。 酷い所は4mほども堆積してしまったり、スコリア(小石の火山灰)が堆積した土地では天地返し(下の土を掘り出して堆積層と入れ替える大工事)をしたりで、数年は講事などやってる余裕はなかっただろうと思いますが、報文によると、3村のエリアで氾濫堆積物は無かったようです。 道祖神場や寺社は調べてみましたが、庚申塔らしきものは見つかりませんでした。 ←写真は飯田岡の庚申塔とされている馬頭観音。 https://blogs.yahoo.co.jp/board_woccha/38849081.html |
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