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戦国の気配がだたよう村名「堀之内」村。
実際に発掘調査などがされているのかは不明ですが、古い空撮写真だと、方形居館"風"の集落になっていたことが判ります。 風土記稿の時代、30戸。石高はよく判りませんが、安政年間になると2組に分かれた記録があり、七太郎組が176石で14戸。組頭持が154戸で14戸。合計330石、28戸になります。風土記稿では江戸時代を通じてほぼ1給地なので分けている理由は不明です。 実は貞享年間の史料は「七郎左衛門分指出帳」となっており171石、12戸です。堀之内村の名主は古くから「七」のついた名前を使っているので、早い時期から2組だったのかもしれません。 風土記稿によると、文和年間(1352~1356)の洪水が原因で飯田岡村にあった若宮八幡が堀之内村へ遷座された記録があったようで、飯田岡村からの移住(といっても隣村ですが)があったのか。 鎮守は若宮八幡社。境内社に神明と山王。他に山神社、水神社がありました。若宮八幡社は若宮八幡宮として現存。境内摂社に山王社、神明社、山神社の3社が残っています。現在、山王社の祭祀を特にすることはなく、若宮八幡宮の祭祀に併せて3社まとめて拝む程度とのこと。 寺は浄土宗の光明寺のみ。薬師堂もあったようで、小字「薬師堂」も残ってはいますが堂宇は確認できていません。 若宮八幡宮 元禄3年11月15日(阿弥陀の縁日か) 「経曰 常以法音 覺諸世間 光明普照 無量佛土 一切世界 六種震動 総摂魔界 動魔宮殿 衆魔□怖 莫不帰伏」 「ナ・ム・ア・ミ・ダー・ブ・ダ(梵字)」 「経曰 壊裂魔網 解諸纏縛 超越聲聞 縁覺之地 得空無相 無願三昧」 相列足柄下郡 施主 堀ノ内村敬白 二鶏三猿。 確認できている範囲では、小田原市現存最古の青面金剛塔になります。 偈は仏説無量壽経のもの。同じ偈を使っている庚申塔は県内にあります。実際の意味とは異なるようですが、字面からして魔を払う感じがあるので、伝尸病を払うとされた青面金剛には合う印象です。 梵字は違うように見える部分もありますが、梵字による唱名と判断しました。 仏説無量壽経は浄土宗系で重視されている経典であることと、村内唯一の寺院光明寺が浄土宗なので、造立した講中も浄土宗が多かったのではないかと思います。 紀年銘の15日は阿弥陀の縁日でもあります(宗派によって違いはあるかも)。 ここまで浄土宗的なのに、阿弥陀主尊の庚申塔にしなかったのは何故か、という疑問も当然涌きます。小田原市内には阿弥陀主尊の庚申塔もあるので、想像するしかありません。 この青面金剛塔は前手が剣と宝輪持ちで、他は矛、宝棒、索などややイレギュラーな像容です。足柄平野では、元禄期は青面金剛が庚申の主尊と認識されていたが、まだ剣人や合掌などに固定される前だったのかもしれません。 番外 光明寺 参道に合掌八臂の十一面観音塔があり、これを勘違いしているような気がします。 風土記稿に、光明寺境内に観音堂があり、本尊は十一面観音とあります。 なお、地元の方々に庚申講について質問しましたが、全く心当たりが無いそうです。早い時期に終っているようです。 https://blogs.yahoo.co.jp/board_woccha/38861141.html |
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