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小台村に周囲を囲まれた新屋村(あらや)。
新しい感じの名前ですが、後北条の時代には存在していました。新屋の「あら」は荒れた土地の意味とする説もあるようです。 風土記稿の時代27戸。朱印高は174石。実質は235石ほどあったようです。 寺院は無かったようです。 小台村と入り組んだ土地で鎮守の構成も同じ。しかも近くなので混乱します。さらに新屋村や小台村と隣接する柳新田村の鎮守も稲荷。 小台の日枝神社、新屋の稲荷神社、柳新田稲荷神社の3つは祭祀日が同じのようで、4月の第一日曜に行くと一斉に祭をやっていて、徒歩で数分の距離がやけに賑やかです。 写真は新屋稲荷の山車。 新屋村は草分3家を中心とする集落が山王社を鎮守とし、江戸時代に入植してきた人々が鎮守としたのが稲荷社。山王社は新屋稲荷神社に合祀されていますが、祭神に大山祇神は無く、佐田彦大神があるので、これが該当か。 余談ですが地図サイトだと小さな柳田新田稲荷は表示されますが、それより大きい新屋稲荷神社は表示されません。 郷土資料と神社にある縁起の内容は異なっていますが、大筋として、稲荷社を鎮守とした人々は小田原藩初代藩主の大久保氏とともに入植し、大久保氏の妻が帰依して小田原に呼び寄せた正恩寺(茶屋町。浄土真宗)を通じて京から稲荷を勧請したのだそうです。となると真宗門徒で庚申信仰などはやらなさそうで、山王社の氏子中だけがやっていたのかもしれませんが、その割に庚申塔は多く残っています。 新屋稲荷神社 万治元年霜月26日* 「 新屋村 結衆十一*人。 これは相模型板碑になるのかもしれません。 紀年銘は庚申日(27日)の前日で己未日。庚申の晩をどう解釈するかによるのでしょうが、前日から庚申待を始めて庚申の晩を不眠で過ごして朝を迎えると考えた講中もあったと思われ、希にですが己未日の庚申塔はあります。 人数は七人かもしれません。 紀年銘不明* 「奉建庚申供養□□」*。 庚申銘は正面。 風化が酷く、最初の訪問時は庚申塔と思えませんでした。実際、これを除外している資料もあります。 資料によって紀年銘は様々で、どれが正解か判断できていません。天和3年7月説、元禄4年6月説などがあります。 銘文も正面は梵字で裏面に「為奉造立石塔一基庚申供養」と読んでいる資料がありますが、これはおそらく間違いです。裏面に銘文は認められません。 元禄2年8月 「奉建立三尸待供養塔」* 裏面に梵字(ア・バン・ウンか) 三猿(三面)。 これも銘文は違う読みをしている資料があります。三尸待だとすると、割とレアなことになりますので、全く違うのかもしれません。 前の文字塔を天和3年として、古い順に紹介しています。前の庚申塔が元禄4年だとすると、この庚申塔の2年後の造塔となり、直近すぎると考えました。 享保12年3月 「奉建立庚申供養石塔□乗成弁処」 相列新屋村中 三猿。 塔〜以降は正確に判読できていません。 こういった荒れた碑面の採拓に慣れた人がやれば、ここにある4基の庚申塔の銘文は明らかになるかもしれませんが、現状ではかなり厳しいと感じます。 以上が全て山王社を鎮守とする集落によるものだとすると、少々多過ぎる気がします。 新屋の講中は上組と下組で、戦時中に色々な講をまとめたそうですが、庚申講の有無は不明。 道祖神は上と下に1基ずつ残っています。 https://blogs.yahoo.co.jp/board_woccha/38848504.html |
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以前、川東を書きました。川は酒匂川を中心に東西という意味で、川西は足柄山地や現在の小田原駅付近、伊豆半島まで含むようです。 しかし、石仏目線で区分けするとこの範囲は広過ぎるため、酒匂川と狩川に挟まれたエリアを川西中流部と仮称します(ちゃんとした分類があるかも)。 柳新田村 8戸 正保の検地帳には記載が無い村(新しい) 飯田岡村 52戸 庚申講はあった。馬頭観音を庚申塔とする資料はある。 蓮正寺村 61戸 この地域は庚申塔が残っている小台や新屋も含め記録に残っている水害があります。 宝永4年11月の富士山大噴火によって火山灰が河川に溜まり洪水が発生する。これが幾度も発生したため、酒匂川の流れを大きく変えていた時期がありました。 この流路変更によって発生した享保5年の水害を調査した資料があります。 図は砂防学会誌への報文(PDF)が公開されているのでそこから引用。 ※享保5年以降のもので、それ以前や流路が元に戻って以降のものではありません。 被害地域は庚申塔が残っている地域の方が多いのですが、一応、上記の3村は直撃です。 酷い所は4mほども堆積してしまったり、スコリア(小石の火山灰)が堆積した土地では天地返し(下の土を掘り出して堆積層と入れ替える大工事)をしたりで、数年は講事などやってる余裕はなかっただろうと思いますが、報文によると、3村のエリアで氾濫堆積物は無かったようです。 道祖神場や寺社は調べてみましたが、庚申塔らしきものは見つかりませんでした。 ←写真は飯田岡の庚申塔とされている馬頭観音。 https://blogs.yahoo.co.jp/board_woccha/38849081.html |
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西栢山の南隣、小台(こだい)。この辺りは小さな村の土地が入り組んでいます。
この一帯は西の苅川と東の酒匂川が合流して狭り始める土地なので、水害は幾度となくあったはずですし、土地としても他の村より遅く開発されたと思われます。 その中で小台村は比較的古くからあったようで、名前からも判るとおり、自然堤防的な微高地にできた村なのでしょう。 空撮写真の中央部は新屋村です。複雑な入り組み方の理由は、おそらくですが、後代になって耕作に適さなかった土地を開墾して出来た村があるからでしょう。もちろん他にも理由は色々考えられます。村の明細帳などを見ると、江戸時代の早い時期から田畑や屋敷地の土地の値段が書かれています。借金の担保が土地だったからです。足柄平野の年貢は金納が多かったようで、原則は定額なので凶作だと大変です。 他にも博打のカタに、という例もあるようです。博打は人気があって、講事の際にやっていた話を県内各地で聞いています。 博打の民俗を調べた資料があったら読んでみたい(笑)。 風土記稿の時代は24戸。朱印高312石。実質は350石前後あったようです。 風土記稿に小名の情報は未記載ですが、村の鎮守が山王社と稲荷社の2つ記録されていますので、集落も2つはあったと思われます。2基残る道祖神は上と下と呼ばれていますが、民俗資料によると庭(集落)としては東、西、上の3つになるようです。聞き取りをしていないため、いいかげんな推測ですが、東と上が古そうです(古い空撮写真で民家の濃い所が上(小字荒井島)と東(小字屋敷添)。現代の「小台」とある所から南に伸びている辺りが西庭ではないかと推測(小字は寺ノ前と土肥島)。 山王社は日枝神社として現存。稲荷社は不明。 唯一の寺は浄土宗の蓮乗寺(小字寺ノ下は旧所在地)。 小台村も水害があり、蓮乗寺は正徳2年の洪水で現在地へ移りましたが、墓地は旧位置のまま(小字寺ノ下)。苅川のすぐ近くに残っています。 日枝神社 元文元年9月 「奉造立青面金剛」 6名 三猿。 日枝神社は上庭になります。小字だと荒井島。民俗資料だと上庭に庚申塔が2基となっており、上庭の庚申講中が2基造立したような記述です。 しかし古い空撮写真と小字の位置関係からすると、上庭は6~7戸ほどしかありません。 この庚申塔は上庭のもので、山王社を鎮守としていた集落の庚申塔のような気がします。 上庭は戦中の物資不足が原因で、多くの講を1つにまとめ、昭和後半頃までは宿番の家で祭祀を続けていたようです。その中に庚申講もありました。 元文元年暮秋(9月) 「青面金剛尊」 「庚申石塔」 10名。 こちらは東庭か。小字だと「屋敷添」の庚申塔かもしれません。古い空撮写真だと集落の戸数も10戸ほどになりそうです。 元文元年9月に2基造られたのは興味深い所です。2つの講中が同時期に造塔したわけで、元禄期の史料は見つけていませんが両方で16という数字は元禄当時の小台村の本百姓全戸だったかもしれません。 https://blogs.yahoo.co.jp/board_woccha/38837172.html |
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二宮尊徳の出生地である栢山(かやま)村。大きく東西に分かれていました。 空撮写真でも判りますが面積が広く、元禄年間に東栢山と西栢山に分かれたそうです。風土記稿は1村として扱っていますが、天保より後の安政年間でも栢山村の石高を2つの組に分けて記録している史料があります。 1960年代の空撮写真でも完全に別の村と言ってさしつかえないほど離れた2つの集落が確認できます。 古老によると、戦後まもなく、子供の頃は距離も離れているし遊びに行く事はなかったとか。 風土記稿の時代、121戸で朱印高982石。実質は1200石を超えていたようで、安政年間の史料だと2つある組は62戸で755石、55戸で495石となっています(計117戸、1250石)。 栢山村の東西どちらかは不明ですが、ここも正徳4年、寛政3年の酒匂川氾濫でかなりの水害があったようです。 風土記稿には村の鎮守が3つ(八乙女権現社、白髭社、稲荷社)挙げられていますが、明治6年に現在の栢山神社(東栢山)に合祀。合祀以前の記録はありませんが、八乙女権現社に他の2社が合祀されたと思われます。他に山王社、水神社がありました。現在、西栢山には日枝神社が現存しています。 寺は曹洞宗の善栄寺のみ。 他に薬師堂が2つあり、1つは医王山正見寺と書かれていますので、かつては寺院だったのでしょう。おそらく正見寺跡と思われる薬師堂は西栢山に残っていて、境内に13基の石仏が残っています(庚申塔はなし)。 風土記稿に掲載の小名は7つ。上ノ庭、中ノ庭、下ノ庭、西ノ庭、横町、下町、寺ノ下。 これが現在のどこか不明ですが、上中下が東栢山で、西以降の4つが西栢山かもしれません。 道祖神は東栢山に2ヶ所5基、西栢山に3ヶ所3基。 東栢山 善栄寺 寛文7年2月15庚申日(庚申日) 「上命三寳中報四恩 及下六道皆同供養」 三猿。 宝冠釈迦如来としているのは私見です。資料の多くは主尊を大日如来としています。 これは曹洞宗寺院にあることと、偈が曹洞宗で使うものであることが理由で、希ではありますが宝冠釈迦如来の仏像が実在しているため、密教の大日ではないだろうと結論しました。 紀年銘は「寛文七年丁未二月十五庚申日」で、確かに庚申日です。この偈に関しては以前に書いているので省略。 資料によっては三猿を龍前院型に分類しているものもありますが、個人的には違う印象です。 東栢山は庚申講が続いているように読める資料もありますが、現地で聞いた範囲ではどなたもご存知ありませんでした。 西栢山 日枝神社(山王神社) 寛文8年10月 「ア」 栢山村庚申 一結衆中 両側面に猿(遥拝二猿)。 資料によっては「サク」寛文9年10月と読んでいます。 側面の猿は遥拝型。からだは横向きですが、顔を正面に向けてクイッと曲げています。アニメ「もののけ姫」の木霊にそっくり。 この石祠が山王社だとすると、郷土資料との齟齬があることになります(後述)。 □□年11月 「奉供養庚申塔」 相州西郡栢山村講中。 紀年銘は判読できませんでした。資料によっては寛保元年11月説と享保6年11月説があります。十一月吉日は確実ですが、他は干支もよく判りません。可能性としては水害を考えると享保年間の方がありそうかなと思う程度。 郷土資料によると、西栢山の山王社は元禄年間に東西分村となった際、東栢山の山王から分霊したとの記録があるようです。風土記稿には山王社が1つしか記録されておらず、東西どちらの山王社か不明。現存する山王社(日枝神社)は西栢山にしかありません。上記の庚申石祠が山王だとすると、寛文期には西栢山にあったことになります。分霊した際、東栢山から持って来たとしか考えられず、首をひねることに…。 西栢山の庚申講は戦中に終っているそうです。 https://blogs.yahoo.co.jp/board_woccha/38823812.html |
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小田原市の最北端。北は開成町。西は南足柄市。酒匂川を挟んだ東隣は大井町。
調査不足で村の詳細が判っていませんが、宝永噴火後の酒匂川水害史には曽比村の名が数回登場します。 亡失したほどではなかろうと思っていましたが、正徳4年に宗繁寺の本堂が流失。享保年間。享保以降も寛政3年、享和2年の洪水被害があったようです。 朱印高925石。実質は1000を超えていたようです。 風土記稿の時代は94戸。小名は西ノ庭、河原ノ庭、寺ノ下、高河原の4つ。 空撮写真では判りにくいですが、1960年代の空撮写真だと集落が5つあります。空撮写真で宗繁寺のある集落が寺下。寺下から反時計廻りに高河原(リッツ・ヒロ)、河原庭(栢山診療所の東)、西庭(同、西)となり、空撮写真で西の飛地のようになっている集落は大西で天保期にはまだ無かったか、西庭と同一視されていたのかもしれません。 道祖神は4つの小名と大西の5ヶ所に残っています。 鎮守は最北にある稲荷神社。他に神明社2つ、山神社、山王社、水神社、浅間社がありましたが、いずれも明治9年に稲荷神社へ合祀。山王社は日枝神社に改称後、合祀されました。 寺は宗般寺(宗繁寺:曹洞宗)と万福寺(地蔵堂:真言宗)の2つ。万福寺は元位置も不明ですが、曽比会館あたりが該当かもしれません。 曽比稲荷神社 萬治2年霜月 二猿、二鶏。 これが明治9年に合祀された山王社(日枝社)だろうと思います。元位置の小字は薑畑ですが、これが現在のどこか不明。ショウガの畑くらいしかヒントがありません(笑)。 足柄平野に、石祠タイプで万治年間は数基あるので、この頃に流行していたのでしょう。 青面金剛は剣と法輪持ち、日月を捧げ持つ。 享保14年10月 「奉納庚申供養」 27名 三猿。 水害史をからめて観ると、寺の本堂が流失したほどの水害から15年後の造塔になります。この間、田中丘隅による堤防大工事とその直後の堤防決壊はありましたが、曽比村を含む酒匂川西側は被害を受けなかったようです。 極めて単純な計算ですが、村を100戸として小名1つに25戸。27名はどこかの小名の全戸かもしれません。 番外 宗繁寺 安永2年?2月14日。 これを青面金剛とする資料もありますが、単体で左上手に未開敷蓮華を持っており、少なくとも青面金剛ではなさそうです。馬頭かとも思いましたが、頭頂に宝馬は乗っていないのでよく判りません。 https://blogs.yahoo.co.jp/board_woccha/38808456.html |




