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つい先日、改刻ネタを書いたばかりですが、その後、また同系に出会ってしまいました。
手水石の庚申塔。 元禄十丁丑 奉造立為庚申供養也 閏二月九日 手水石の庚申塔自体は珍しいようでそれほど珍しくもないのですが、平塚市ではおそらくこれ1基です。 気になるのは削られた跡。 何かの2尊が彫られていたように見えます。 岡崎神社は明治になるまで違う名前でした。 古くは「坂本山王大権現」と称し、大同2年(807)の創立と伝えられ、明治になってから日枝神社と改称、明治42年に近隣の神社を合祀して岡崎神社となりました。 明治政府の愚行については、いまさら書くことはありませんが、へぇ〜と思うのは「山王大権現」→「日枝」の改称がワンステップあった点。 山王権現の神使は猿。 庚申供養のものだし、削られたのは2猿ではないかいなと。 今でも日枝神社に猿はつきものですので、削らなくても?とも思いますが、社名に「大権現」がついていたのがまずかった。 山王権現の使いの猿はやっぱり削らなきゃいかんだろうと、当時の村民が考えたのでは。 などなど妄想が広がりましたが、縁起を読んでみたら、岡崎神社には山王神社が摂社としてあり、山王大権現として山王二十一社を祀っていると書いてありました。 7月28日は山王神社の祭祀をするそうです。 氏子さんがいたので、山王神社の祠内に猿の像や絵はありませんかと訊いてみましたが、無いというお返事でした。 妄想は見当違いなのか当たっているのか…(笑) |
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2013年07月22日
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