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神山651付近、阿弥陀堂
舟形 聖観音 安永五丙申年 十二月吉日 台石 正面:「神知力」。 右側面:「施主當村中 為庚申供養建之」。 左側面:紀年銘。 神知力については、言われても読めませんし意味も不明です。 「西湘の碑文をさぐる」という本を参考にしました。 なお、阿弥陀堂の本堂には檀家衆が奉納したと思われる真新しい木像が並んでおり、その中に三面二臂の青面金剛塔があります。 岐阜県の下呂にある有名な円空彫りの青面金剛塔とそっくりです。 ※松田町の庚申塔でこちらに掲載した以外のものをご存知でしたらお教えください。 |
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2013年12月03日
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松田惣領3333(根石)
飲食店だった?と思われる建物の前庭に。 松田町庚申塔8/15 自然石 紀年銘不明 「庚申塔」 横にある「ウーン」種字塔は下に「堅」の文字があるため、堅牢地神塔の埋まりと思われます。 他に自然石の道祖神文字塔もありますが、なぜここにあるのか不明。 急坂の途中で祠もあるものの、坂の上に集落は無く、林業の作業道のようです。 ※どうやら昔、人里離れた山奥に最明寺という寺院があったようです。 鎌倉期の開基だそうで、大きかったとか。そちらへのルートに当たるようです。 これだけで終わるのは何なので、松田町で見た素晴らしい馬頭観音塔を。 松田町は地蔵を除くと馬頭塔が一番多いそうです。 |
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延命寺
笠付角柱 旹寛保二戌天 十一月吉日 正面:「庚申供養」磐座に不言猿。 右側面:「願主」人名 磐座に横向き不聞猿。 左側面:紀年銘 磐座に横向き不見猿。 笠付角柱 寛文十□□〜。 正面:「山王大権現」 不聞猿。 右側面:判読不能 不言猿。 左側面:「庚申供養 祈願同侶 為二世安楽」 不見猿。 裏面:「□〜□ 本願or奉願□□ 寛文十□□」 銘文は太陽光の当たり具合次第では読めるかもしれませんが、かなり薄くかろうじて読めたのが上記です。 以下がどこかにあるようですが不明です。 「諸行無常 是生滅法 生滅滅己 寂寂為楽」 右側面かもしれません。 延命寺は曹洞宗の古刹で境内も立派。 東京芝の増上寺にあった大名家奉納の石灯篭が1基ありました。 プリンスホテル建設のために敷地が減り、そこにあった石灯篭が各地に点在していますが、まさかここにもあるとは驚きでした。 ※松田町の庚申塔でこちらに掲載した以外の ものをご存知でしたらお教えください。 |
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松田惣領121(集会所跡地)
松田町庚申塔4/15 石祠 紀年銘不明 中央遥拝の二猿。 80cm。 山王銘が付いていたようですが、現状では風化で何も判りません。 もしかすると笠の下、二猿の上方に二鶏が付いているか付いていたかもしれませんが、見た範囲では無さそうでした。 二猿で山王石祠だったとすると、庚申では無い可能性もありますが、足柄平野では山王銘の庚申塔がいくつかあります。 笠付角柱 延享五戊辰天 六月吉日 合掌六臂 日月捧持/三猿 「□願衆生 諸悪莫作 修善奉行」 「ア バン ウーン?」 130cm。 状態が良く、敷き茄子の彫刻も見事な逸品です。 この場所は寺院跡だったようで、敷地内に馬頭観音、如意輪などの石仏も置かれています。 つい最近まで集会所があったのですが、訪問時は空き地になっていました。 ※松田町の庚申塔でこちらに掲載した以外の ものをご存知でしたらお教えください。 |
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松田庶子465
松田町庚申塔3/15 自然石 文政四辛巳年 二月吉日 「堅牢地神 青面金剛神」 隣にあるのも「堅牢地神」塔で、天保年間のものでした。 20年足らずの短いスパンで、青面金剛の併刻から堅牢地神単独に変わったことになります。 相模国の作神信仰が江戸後期から多くなる傾向の一端をうかがえます。 これがある場所は、旧道の雰囲気が残る住宅街の中の道沿いですが、足柄平野を作った酒匂川の河原から100mほど。昔は水田地帯で農家はぽつりぽつりだったでしょう。 ※松田町の庚申塔でこちらに掲載した以外のものをご存知でしたらお教えください。 |




