|
旹 延宝三乙卯年 六月三日 三猿 「○ 病即消滅不老不死」 「病即消滅不老不死」は法華経の7巻、薬王菩薩本事品第23の最後の方にある「此経則為 閻浮提人 病之良薬 若人有病 得聞是経 病即消滅 不老不死」の一部を偈としたもの。 この経(第23)はひろく浮きさすらう人の良薬であり、もし病になってこの経を聞けば、病は生滅し不老不死になる。というような意味です。 これを書いた紙を燃やして飲めばご利益があるということも言われていたようです。 ほとんど呪符です(笑)。 誇大広告も真っ青ですが、経典はさらに続き「此法華経 亦復如是 能令衆生 離一切苦 一切病痛 能解一切 生死之縛」という文言が出て来るので、信仰すれば生死の呪縛から解き放つとしています。 つまり本来は、肉体的な不老不死ではなく、仏教を信じて修行し解脱できれば〜的な意味合いでしょう。 曹洞宗でも法華経は重要な経典なのだそうです。この庚申塔は頭に「○」円寂が付いていますので、禅宗のものだろうと思っています。 龍澤寺の庚申板碑の時系列は 「過去現在未来」寛文7(1667) 「病即消滅不老不死」延宝3(1675) 「三世不可得心」天和元(1681) 寛文7と天和元は金剛般若経の偈ですが、その間にある法華経の偈を彫ったこの庚申塔には、どういうわけか奉納者名がありません。 そもそもこの3基は集め庚申なのか、寺に奉納されたものなのかも不明ですが、龍澤寺のある葛川の谷筋には他に寛文12年11月の「卍、過現未悉地成就」銘板碑庚申塔(三猿)もありますので、集め庚申だとしても禅宗による庚申塔と思われます。 おまけ。 合掌六臂。安永8年7月。 風化が酷いのではっきりしませんが、主尊の足元に三猿が付いていたように見えなくもありません。 二宮町の資料もサイトも庚申にはしていませんが、庚申塔ではないかと思っています。 二宮町は江戸初期の庚申塔の方が状態が良く、年代が下がって青面金剛が主尊となる江戸中期以降は脆い石ばかりになります。 龍澤寺の上流域で見た青面金剛塔もボロボロでした。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2014年01月17日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




