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山北町の城山といえば「河村城」。
もう1つ河村新城なんてのもあり、そちらにも庚申塔はありますが、メインのお城は"新"じゃない方です。 城の北側が小字「城山」と「梶山」「西梶山」。 昔から変わっていない道があり、200mも離れていない間隔で2基あります。 小字の中でさらに上中下に分かれているのかもしれません。 自然石文字塔 天保6年3月 「庚申塔」 小字西梶山の庚申塔。 素人の手掘りのような感じです。 地神塔や道祖神などと並んでいます。 西梶山集落の中心部あたりです。 なお、下の青面金剛のさらに東にも石仏群があり、常夜灯や堅牢地神塔が並んでいます。 両端の石仏群が「せーのかみ」に当たるのかもしれません。 両端の石仏群の中間あたりにある庚申塔。 合掌青面金剛 明和5年6月金日 台石に「庚申供養」 当□講中 一鶏、三猿 小字梶山の庚申塔。 場所としては、河村城へ登って大庭曲輪に出る山道の入口に当たりますが、集落内を東西に走る旧道として見ると、集落の中央部にあたる場所になります。 それにしても独特な像容。 弓矢を持つ下手が横へまっすぐ伸び、そこに蛇がグルグルに巻き付いています。 頭の蛇もソフトクリーム(笑) 耳が大きく三面と思ってしまいました。 同じ道沿いと言っても良い場所でもあるので、ついでに宮地の庚申塔。 享保5年6月24日(庚申日) 「天地長久五穀成就」 「郷中安穏」 施主 貳拾五人 邪鬼、二鶏(側面)、三猿(三面)。 資料では宮地に分類されていますが、正確な小字は「浅間山」になるようで、名前もよくわからない稲荷社に。 地番だと1065辺り。 路傍の入口にあたる場所に石仏群があります。 地元の人によると昔からあるとのことですが、梶山や西梶山が路傍にあるのに、なぜここだけ、という疑問は涌きます。 山北町で享保のわりに遊んだ感じがある庚申塔で、予算もたっぷり使っていそうです。施主25人とあるので、大きな講だったのでしょう。 |
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