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川崎市多摩区東生田の安立寺。
境内に文化年間の青面金剛塔があります。 紀年銘ははっきりしていません。 左側面に題目。 右側面に石橋供養の銘。 合掌で日月を持つバンザイ型です。 もう1基、丸彫1猿塔があったそうですが 昭和年間に盗まれて逸失。 明治44年の造塔で、かなり立派なものだったそうです。 この石塔は帝釈天堂の前に立っていますが、帝釈天の解説は以下。 ここにある「安置し奉る帝釈天」が木像の青面金剛。 安立寺は日蓮宗なので庚申の本尊は帝釈天ですが、青面金剛は帝釈天の使い、あるいは仮の姿ということになるのかもしれません。 帝釈天は柴又の板本尊の姿が正式になるようです。 こちらの木像青面金剛は拝観できます。 前左手の持ち物は逸失。 邪鬼の下の磐座の、さらに下に蓮弁座的なものがあったそうで、その下の基台は残っていました。 三猿もあったと推測されており、基台と磐座の間にあったのか、あるいは別に三躰あったのかは不明で探しているそうです。 鎌倉時代初期の一木造りには見えませんが、三代将軍実朝が守庚申をしていたのは吾妻鑑に記録があるので、何かが伝わっており、それをどこかの時代に造り直した、あるいは新造したのかもしれません。 これが青面金剛だという証拠は特にないようですが。 拝観にあたって、御真言を質問しましたが、日蓮宗なので真言はなく、 お題目を三回唱えると教えて頂きました。 オンディバとかマイタリとかではなくても、 南無帝釈天くらいは唱えるかと思っていました。聞かないと判らないものです。 安立寺の庚申堂は「稲毛の庚申」、「登戸の庚申」とも呼ばれ、江戸府内からの参拝者もいたそうです。 往古は日蓮宗独特の文字曼荼羅の前に設置されていたと推測され、 本堂に日月と天蓋がついた文字曼荼羅(板)が掛けられています。 日蓮宗としてこの形は通常ありえないものだそうで、天蓋の下に青面金剛が立っていたのではないか、とのこと。 お札も出していて今も頂くことができます。 これは木像を写しているようです。 邪鬼だけで二鶏三猿はいないので、 もともとこれだけだったのかも。 |
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2014年06月15日
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