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結論を最初に書くと、現存総数は不明です。
鎌倉の庚申塔については、ネットで見られる情報が充実しています。 観光地ですので、個別のブログも多数ありますが、代表的なものは以下の3つ。 「鎌倉の庚申塔の調査報告」。 鎌倉市内の民間団体が作っているサイトで、308基を調査。 写真付きで整理されています。 サイトの維持が困難になり、ログの形で残っている状態ですが、 大畠洋一さんの庚申塔サイトに、石川博司さん作成のリストがあり(あった)、 そちらには339基が掲載されていました。 ※これは今でも入手は可能です(PDFダウンロード)。 「鎌倉の道祖神・庚申塔」で検索するとヒットするサイト。 個人のブログですが、かなりのまとまった数を掲載しています。 「鎌倉の庚申塔の調査報告」は「道ばたの信仰(鎌倉の庚申塔)木村彦三郎著」を 参考にして調査しており、石川氏のリストはそれも含め、約20人が作成した資料をまとめた内容と思われます。 これらとは別に、ネットにはUPされていませんが、鎌倉市在住の方が調査したデータもあり、それは348基になっています。 地元の方ならではのネットワークを活かして、個人宅内のものまで調査しており、数は最多だと思っていました。 石川氏のリストには判断が難しいものや庚申塔ではないものも入っていますが(地神塔や猿田彦、帝釈天の他、なぜ入れているのか理由が判らないものなど)、誰かが庚申と判断したものはとにかくリストアップする方針だったのではないかと想像しています。 これらの資料をまとめて(相互の漏れを加算)みたらどうなるだろうと思ってやってみたところ、明らかな除外対象2基を別にして360基になりました。 存在していないものを記録することは無いと仮定すると、少なくともこれだけの数はあったことになります。 このうち、建長寺内の瑞賢墓参道にある自然石の庚申塔群と、 巡礼古道と呼ばれる山道にある自然石の庚申塔群が難物です。 資料によって数がバラバラ。 どちらも山道の斜面に置かれており、大雨や地震などで斜面が崩れるとすぐに埋まってしまう状態のため、正確な数が判らないのです。 瑞賢墓参道は最多で19基。最小で10基。 私は8基ですが「金剛童子」銘など他の信仰対象の可能性があるものは庚申塔から除外しています。 追記:その後、金剛童子銘もカウントした結果21基の現存を確認しました。しかし同時に斜面崩落で埋まっている状態も確認しました。元に戻されることを祈ります。 巡礼古道は最多で68基。最小で56基。 私は60基を数えたことはありますが、2回目は56基でした。正確を期すなら1基ごとにサイズも含めて調査するべきですが、とてもやる気にはなれません(笑)。 昔は70基以上あったという話しを聞いたこともあります。 追記:現存する庚申塔の銘文には「百十体」「十体」「七体」が読み取れます。これらを総計すると127基あったことになります。同一庚申塔が分裂していて4枚の断片が2基と判明するなど、詳細調査をしましたが、2016年現在で55基に減っていました。盗まれているとしか思えません。 この2ヵ所を除外すると、273基。 この中には逸失と思われる10基も含まれています。 ・城廻の関谷清水小路:駒形・青面金剛・三猿・「奉納 庚申供養」・享保2年。 ・城廻の関谷清水小路:自然石板・「庚申供養塔」・寛政11年。 ・城廻の関谷清水小路:風化破損・青面金剛・三猿・天保10年。 ・城廻の関谷清水小路:尖角柱・「帝釈天王」・大正7年。 ・台の八幡神社参道:駒形・青面金剛・三猿・寛政元年。 ・西鎌倉1:駒形・「庚申供養」・文化3年。 ・手広の峰笛田道:笠付・青面金剛・三猿・文化6年。 ・大船の多聞院:風化破損・青面金剛・紀年銘不明。 ・玉縄の谷戸根地蔵堂:台石・三猿・紀年銘不明。 ・山崎の打越:風化破損・青面金剛・三猿・紀年銘不明。 関谷清水小路の4基については、2011年まで現存していましたが、お祓いをして撤去したということまでしか判っていません。 こんなことをして何になるのかと思われるかもしれませんが、ちょっと内容を比べてみた所、現存しているのに見逃しているものが数基あると判明したので、全部を比較しなおし、ついでにまとめてみたものです。 違う人が同じ作業をすると結果は変わるかもしれません。 |
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2014年07月11日
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