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怒田村は89軒ですが、広域で、複数の小さな尾根と川があり、それぞれに小さな集落がありました。 酒匂川水系の1つ貝作川の上流部に狭い農地を開いていたのが亀ヶ尾集落で、戸数は不明ですが、現在でも10軒ほどのようです。 全体写真の農作業小屋の後ろに尾根から下って集落へ至り、石仏群の前を通って左へ登る古い主要道が残っており、明治の地図でもしっかり記載されています。 昔からほとんど変わっていないであろう良い風景です。 宝暦2年11月 「庚申供養塔」 講中9名。 9名は現在の戸数とほとんど変わりません。 全戸参加の庚申講だったのでしょう。 庚申塔の隣に見える笠と円柱は常夜灯残欠。 下にある双体道祖神と、少し登った場所にある庚申塔と常夜灯残欠の位置関係が気になります。 道祖神は転げ落ちているだけかもしれませんが、旧来からこの配置だとすると、道祖神は道に直接まつわるもの、庚申塔と常夜灯は集落全体にまつわるもの、といったような区別があったのかもしれません。 なかなか旧来通りの状態にはお目にかかれないので、かなり勝手な想像です(笑) |
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2015年05月19日
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