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見つけられていないので情報のみです。
箱根町の資料には写真付で以下の内容が掲載されています。 自然石文字塔 紀年銘不明 「庚申供養」 芦野湯講中 133cm。 見た目は宮城野や二の平にある自然石の庚申塔と同系でした。 地図にポイントがついており、だいたいこのあたりか、と探したのが、通称「曽我兄弟の墓」がある場所。 江戸時代以前の箱根越えで主要往還だった湯坂道跡と思われる、散策路のような道が残っていて、曽我兄弟の墓の前後を探しましたが見つけられませんでした。 芦ノ湯からはだいぶ離れていることもあり、ポイントが正確なのかどうかも判断できず退散したのですが、江戸時代の名所案内本「東海道名勝図会 5巻」に以下の記述があるのを後日見つけました。 「曽我兄弟石塔 虎御前石塔 庚申塚 共に叢の中にあり土人云曽我又は虎か石塔外へ除るに又一夜に元の所へ寄ると云」 現地で、薮の中も一応は探したのですが…。 資料に掲載されてるサイズは133cmで多少の藪なら頭は見えたはずですし、整備されていない江戸時代ですら、3つの巨大な五輪塔と併せて紹介されているほどですので、判りやすい状態で設置されていただろうと考えざるをえません。 近いサイズの自然石はあったのですが、「曽我兄弟〜」とあるだけでした。 裏面に庚申銘があったのか、あるいは下草が枯れる時期に行けば、あっさり見つかるのか…。 鎌倉期の石造物や磨崖仏が沢山あるエリアで、紀年銘不明の庚申塔を探す物好きはそうそういないと思いますが、もし見つけた方がおられましたらお教えください。 余談ですが、曽我兄弟の墓かどうかについては風土記稿も疑問視しています。 |
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2015年06月30日
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