庚申塔探索

神奈川最古は寛永10年塔?

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旧津久井郡の庚申塔-38

旧津久井郡、現相模原市緑区の追加。
※資料が地名までなので、それに準拠しています。

藤野町、藤野神社
イメージ 1丸彫り合掌、地蔵?
元文4年9月
「庚申供養」
當村

頭部は後補。銘文は背中ですが土砂に埋まり気味です。
藤野は甲州街道の宿場として開けていました。藤野宿から北上した川沿いには集落群があり、宿場への往還として山越えルートが開かれていました。
藤野神社は山越えルートのとっつき付近に当たります。麓付近にはかつて清袋寺がありました。その関係か、あるいは山越えの関係と思われますが、神社付近の斜面に付いた登山路には地蔵が多く、一度探したことはあるのですが、どれが庚申なのか特定できませんでした。
一番目立つ神社の参道階段脇にありました。








藤野町、秋山川橋
イメージ 2自然石整形駒形文字塔
「申庚塔」
道標
右 大だちなぐら 上のはらみち
左 とづらはら あき山みち

橋はダムによって作られたもので、古くは川越で急斜面に道がついていたようです。
旧本道は階段として残っているので、そこにあるかと探しましたがありませんでした。
しかし本道と思っていたのは新設された階段で、この庚申塔の背後にかろうじて残っている道が本道だったようです。
道標の「大だちなぐら」はすぐ北東の「大刀」集落。「上のはら」は山梨県上野原。
「とづらはら」は西南西の「葛原」集落。「あき山」は山梨県上野原市秋山。
かなり山深い土地ですが、人々の往来は活発だったと判ります。








津久井町、長竹、白山神社付近
イメージ 3舟形輪矛型二臂
寛文9年7月29日
「キリーク 奉修為後生善生庚申供養也」
同道十一人
三猿。

輪矛型の7基目です。
存在は知っていましたが場所が不明でした。
見つからないのも当然で、こちらも旧道だった場所に残っていました。
輪矛型についてはこちらをクリック
知る範囲で、相模原市域に残っている輪矛型として最古になります。
初出の愛川町寛文8年塔から1年後に造塔されたこの庚申塔は同じ石工だと思われますが、全てを並べると像容は同じですが、石工は違うような印象を持ちます。
ガラパゴスな庚申塔ですが、このタイプを庚申の主尊として広めたグループor個人が寛文延宝期いたのでしょう。
修験をやっていた旧家の蔵などに掛軸が残っているような気がします。
各地の博物館がそのうち見つけれくれることを期待します(笑)

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