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所在地は某所としておきます。
「神奈川区石造物一覧表」には住所記載されていますが、訪問するのにかなり気を使う場所なので、施設が利用されていたら自粛することを強くお勧めします。 事前に見学や撮影も含めて許可を得た方がよいです。 宝永元甲申十二月吉日 「カ 奉造立庚申供養二世安樂」 同行十八人 三猿。 紀年銘不明 西寺尾村12名 邪鬼(毛氈)、二鶏、三猿。 于時正保四天 丁亥二月吉日 「ケン?」 「ア アーンク? 奉造立庚申待 供養 成就? 祈?攸」 9名。 宝篋印塔は2011年の地震で倒壊したそうで、修復保管して頂けたことに感謝するしかありません。許可を得て採拓してみましたが、光線具合によっては碑面そのままでも充分に読めます。所々欠けていたり風化で読めなかったりしているものの、庚申信仰によるものと判断しました。 神奈川区の現存最古塔は寛文2年板碑とされていましたが、こちらが繰り上がるかも。 種字は自信ありませんが、アを大日とすると密教系寺院の関与が考えられます。しかし西寺尾村には無く、他所から持ち込まれた可能性も残ります。 奉納者9名に見られる姓は青面金剛塔にもあり、今も子孫が現存する西寺尾村の三役クラスだったと思われます。隣の東寺尾村の名主と同姓もあります。 3基がどうしてここにあるのかは不明だそうです。明治の地図だと村の境や尾根上の辻が近いので、もともと石仏群があったのかもしれません。同じ講による造塔とすれば、主尊の変遷から宝篋印塔、地蔵、青面金剛の順になりそうです。 |
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2016年08月28日
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