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平塚市上吉沢、山入集落
平塚市の石仏調査報告書は新旧があり、新しい方には存在を知らなかった庚申塔がいくつか掲載されています。 山入集落には庚申塔が今まで報告されておらず、これも山王なのか庚申なのか微妙な所ですが、中尊は舟形の三猿塔。 石祠 紀年銘なし 銘文なし。 中尊 舟形三猿塔 同上。 山入集落上吉沢村に属していましたが、風土記稿には山王にしても庚申にしても、稲荷にしても記載がなく、天保年間の時点ですでに忘れ去られていたか、村民持ちは明細帳に記載していなかったようです。 集落の方も記憶に無いようなので、後者の個人祭祀かもしれません。 平塚市博物館はよく見つけたものです。 なお、山入集落の上方は茅ヶ崎市との境で、峠の尾根道を伝って大磯町の鷹取山まで車道が付いています。峠の向こう側は大磯町の黒岩や西久保集落。そちらにも紀年銘不明の猿が付いた石祠があります。 |
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2016年10月16日
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下依知509八幡神社
下依知村 山王社 村持ち。 寛政4年10月 「奉建立 山王大権現」 想村氏子 世話人3名(名主 岩崎浅右衛門 組頭 座本作左衛門 同 片倉忠兵衛) 内部に風化三猿塔。 風化していますが、足が六本あるので三猿と思われます。 これを庚申塔とするのは難しい所ですが、少々ネタ切れなので(笑)。 風土記稿には、下依知村に8つの神社が記録されています。 八幡社、第六天社、稲荷社、吾妻社、神明社、山王社、熊野社、御嶽社。 現在、八幡神社には7つの石祠があり、文字をはっきり確認できたのは第六天、神明、山王の3基ですが、外も風土記稿にあるものでしょう。風土記稿では末社扱いになっていないので全て移設されてまとめられたと思われます。 現在は見れなくなっていますが、古墳のブログに下依知の八幡古墳の上にこれがあると書いてあり、何回か探したのですが見つけられませんでした。八幡神社はyahooやgoogleのマップには載っておらず、存在を知らなかったのですが、ブナの森さんのブログで八幡神社にあると判明。ちなみに古墳は八幡神社のすぐ北にあります。 厚木市の山王社の全てを見た訳ではありませんが、山王社をチェックすると猿が付いていることもあります(付いていない方が多いとは思います)。 サンプルとして棚沢の山王社を。 常昌寺の裏山山頂にある山王社の中尊。 棚澤村 常昌寺 山王社 山上にあり。 現在の山王社は平成5年に再再建されたものですが、再建は享保18、元は寛文12年に造立されています。 寛文12年塔は現存せず、享保18年塔は新しい山王石祠の隣に安置されています。中は空っぽですが、平成5年塔の中尊は2つあり、享保18年塔の中尊だったと思われるものは風化破損していて不明瞭なものの、一猿の可能性があります。 新しい中尊は束帯像なので微妙な所ですが。 ここで下依知の石祠に戻ると、石祠と中尊の風化三猿塔は風化具合にかなりの差があります。銘文に再建の文字はありませんが、もしかすると寛政4年の先代の中尊だったのかもしれません。 |
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