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本来であれば中井町13の次に入るべきもの
中井町32(藤沢) 元禄13年5月28日(庚申日) 「キリーク 奉造立 庚申(横書)供養」 人数十二 三猿。 中井町の庚申塔は大半が風化していて、紀年銘読みが難しいため、はっきり庚申日の建立だと判るのはこれが2例目です。 庚申の文字が横書きなのは4例目。他は全て寛文期。もしかすると銘文が読めていない藤沢にある中井町13も庚申を横書きに入れているのかもしれません。細かい部分は色々異なっていますが板碑三猿塔としては同系です。 中井町で参考にした資料には「藤沢」のみでしたが、現在は清岩寺の墓地奥に設置されています。この資料は寺社にある場合は名前を入れている傾向があるので、おそらく以前は藤沢の路傍にあったと推測しています。 藤沢村は中村川の支流、藤沢川沿いの南北に長い谷戸に36軒あり、小名は「上、中、下、入」4つの庭に別れていました。中井町13は入ノ庭になり、藤沢村の北端。庭地名で上中下になる場合、大抵は川上が「上」になる傾向があるので、この元禄13年塔は下ノ庭の路傍にあり、両方で藤沢村の北端と南端に庚申塔が設置されていたのかもしれません。 4つの庭に36軒ですが、「入と上」はほぼ同所なので、3つに分けると庭1つに12軒となります。「人数十二」と丁度合ってしまいます(笑)。 となると中ノ庭はなぜ無いのか…。ちなみに道祖神は上、中、下に残っています。 追記:藤沢川は河川改修工事で直線化される前はかなり蛇行しており、大雨で洪水になることが珍しくなかったそうで、路傍の石仏が洪水によって流されることもあったそうです。 この庚申塔もその1つで、藤沢川の浚渫工事の際に出て来たのだそうです。 つまり元位置は不明ですが、藤沢川沿いなので小名藤沢の庚申塔なのは間違いなさそうです。 この庚申塔はブナの森さんから情報提供いただきました。ありがとうございました。 |
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