庚申塔探索

神奈川最古は寛永10年塔?

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依知神社の三猿付石祠

平成26年4月26日に依知神社へ移設された石祠「日枝神社」。
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風化して読めなくなっているだけかもしれませんが、現状では銘文無し。
旧所在地は上依知の小字道珍(道弥)の堂坂の脇にある急斜面の森の中で、現在は立入り禁止。
資料には道珍(道弥)の人々が祀ると書いてありますが、依知神社手前の小字薮入あたりまで講中の人はいるようです。講員のお宅で三猿が付いている石祠を探していると訊ねたのですが「三年ほど前に場所が急過ぎて危ないのと、諸事情あって移したが、三猿なんて付いていない」とのお返事でした。

イメージ 2資料では通称「さんのーさん」となっていたのですが、移設を示した石碑には「日枝神社 平成二十六年四月二十六日」とあり、祭祀は毎年7月の第4日曜だけ。念のため庚申講かと訊いてみましたが違うそうです。地元の人々が違うと言ってはいるのですが、三猿というのがどうも気になります。山王や日枝の猿は2匹なので…(笑。

風土記稿の上依智村の条には山王社が2つ記載されており、両方とも高座郡磯部村の仏像院持ちとされています(他の神社もほとんどが仏像院持ち)。仏像院は明治2年に廃寺とさせられた修験。となると、この三猿付「さんのーさん(日枝神社)」は庚申がらみだった可能性も捨てきれません。
仏像院は磯部の鎮守八幡の別当でもあり、相模川対岸の愛甲郡の村々にまで影響力があったことになります。何の確証もありませんが、修験が神職に転じたケースは多いので、磯部にある明治の百庚申状態の庚申塔群は案外、元仏像院住職がらみかもしれません(妄想)。
また、厚木市内には同じく斜面に「山王権現 庚申待供養」銘が石祠があり、中に舟形の三猿塔が納められていました(過去形)。これも庚申がらみではないかと思う傍証の1つです。

なお、資料は「厚木の小祠・小堂」で平成15年刊行。
他にも庚申がらみの祠や堂宇が紹介されています。
今回のように移設されていたり、訪問してみても断られたりすることもありますが、既存の庚申塔関係の資料には未掲載のものもある貴重な資料です。

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