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神奈川県立歴史博物館の展示で存在を知った3基。 地図中の「文」は田谷の千秀小学校。上記地図ではピンクの破線が掛かっていて表示されていませんが、小学校北の大きく曲がった道と小学校の間に細い道があり、その道沿い、雑木林の中。車道に背を向けて3基あります。35.37186, 139.52063 この道路工事によって場所が無くなった時に、博物館への寄贈が決まっているとか。 ただし、工事の準備は既に始まっていますが、まだ用地買収中のような感じです。 雑木林の中なので逆光状態となり、フラッシュを炊いてもクリアな写真になりませんでした。 向って左から 笠付三猿塔 文政9年11月「青面金剛童子」10名 台石に三猿。 舟形来迎印阿弥陀 貞享4年11月「奉納庚申供養□」7名 三猿。 駒形合掌青面金剛 寛政元年11月、田谷村講中11名 三猿。 ※青面金剛塔は無銘で、阿弥陀塔の台石にも紀年銘と施主名があるので、青面金剛塔のものと仮定。 神奈川県立歴史博物館の展示によると、庚申掛軸、什器、帳面を寄贈した田谷の講中は、平成18年まで庚申講を続けていたそうです。 天保7年銘の箱に入った庚申掛軸を使い、什器の膳箱には文化7年銘が残っているそうです。 展示されていた帳面は明治になってからのものですが、講員の苗字と同じものが庚申塔にも彫られていて、ここまで条件が揃ったケースには中々出会えないので、感慨深いものがありました。 なお、帳面には庚申塔移転についても記載があるそうです。 田谷には他に6ヶ所、7基が確認できているので、田谷の庚申講はここだけでは無いはずです。また、小字ベースで俯瞰すると、庚申塔が見つかっていない集落も2ヶ所はあります。まだ他にも、と考え出すと無駄に長文になるのでやめます(笑)。 https://blogs.yahoo.co.jp/board_woccha/38871198.html |
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