庚申塔探索

神奈川最古は寛永10年塔?

二宮町

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一色村の山王社

新編相模国風土記稿「淘綾郡 二ノ宮庄 一色村」に山王社があります。
当然のことながら(思い込みですが)庚申塔があるはず。

と、思って二宮町一色の庚申塔を見ると以下がありました。

イメージ 1弥陀ノ窪

正徳4年3月19日
三猿
「山王庚申供養」
74cm。

地元で聞き取りしてみたところ、
「山王さん」と呼んでおり、
歯の神様として認識されていました。

なお、庚申塔というより三猿塔が歯の神様とされているケースはそう珍しくもなく、
各所で出会っています。
おそらく「不聞の様子が頬を抑えているように見える=歯痛を我慢している」ではないかと想像しています。

これがある祠は東向きの妙な配置。山を登る車道に大きくせり出した樹の根本にあり、里を背にして山の上を向いています。
「樹を切りたいが、祟りを気にして誰も切ろうとしない」と話していました。



こういった証言と「山王庚申供養」の銘から、これはもう新編相模国風土記稿にある山王社で間違いないだろうと思っていました。

ところが…。
イメージ 2























上の「山王庚申供養」塔とは別の場所に山王社がありました。
一応、こちらにも庚申塔。
イメージ 3紀年銘不明
六臂青面金剛(と思われる)
下部、写真向って右下に不言猿のみ明瞭
※二宮町のサイト&資料には庚申で掲載されていません。

試論の「山王社には高い確率で庚申塔がある」説は間違っていませんでしたが、思い込みは危険。

となると「山王庚申供養」塔はいったい何かとなります。
風土記稿には神明社、第六天社、山王社、山神社の4つが記載されており、いずれも東光寺(廃寺)の管理となっています。

神明社と第六天社は現存。
山王社が八坂神社なので、残るは山神社。
祠が山頂を向いている配置ですし、山腹ですし、該当なのかと思っています。
これも思い込みかもしれませんが(笑)。

龍澤寺の3

イメージ 1





























































旹 延宝三乙卯年 六月三日
三猿
「○ 病即消滅不老不死」

「病即消滅不老不死」は法華経の7巻、薬王菩薩本事品第23の最後の方にある「此経則為 閻浮提人 病之良薬 若人有病 得聞是経 病即消滅 不老不死」の一部を偈としたもの。
この経(第23)はひろく浮きさすらう人の良薬であり、もし病になってこの経を聞けば、病は生滅し不老不死になる。というような意味です。

これを書いた紙を燃やして飲めばご利益があるということも言われていたようです。
ほとんど呪符です(笑)。
誇大広告も真っ青ですが、経典はさらに続き「此法華経 亦復如是 能令衆生 離一切苦 一切病痛 能解一切 生死之縛」という文言が出て来るので、信仰すれば生死の呪縛から解き放つとしています。
つまり本来は、肉体的な不老不死ではなく、仏教を信じて修行し解脱できれば〜的な意味合いでしょう。
曹洞宗でも法華経は重要な経典なのだそうです。この庚申塔は頭に「○」円寂が付いていますので、禅宗のものだろうと思っています。

龍澤寺の庚申板碑の時系列は
「過去現在未来」寛文7(1667)
「病即消滅不老不死」延宝3(1675)
「三世不可得心」天和元(1681)

寛文7と天和元は金剛般若経の偈ですが、その間にある法華経の偈を彫ったこの庚申塔には、どういうわけか奉納者名がありません。
そもそもこの3基は集め庚申なのか、寺に奉納されたものなのかも不明ですが、龍澤寺のある葛川の谷筋には他に寛文12年11月の「卍、過現未悉地成就」銘板碑庚申塔(三猿)もありますので、集め庚申だとしても禅宗による庚申塔と思われます。

おまけ。
イメージ 2龍澤寺境内にあるもの。
合掌六臂。安永8年7月。

風化が酷いのではっきりしませんが、主尊の足元に三猿が付いていたように見えなくもありません。
二宮町の資料もサイトも庚申にはしていませんが、庚申塔ではないかと思っています。

二宮町は江戸初期の庚申塔の方が状態が良く、年代が下がって青面金剛が主尊となる江戸中期以降は脆い石ばかりになります。
龍澤寺の上流域で見た青面金剛塔もボロボロでした。





龍澤寺の2


イメージ 1






























































天和元辛酉年 十一月十一日
日・月 三猿
「卍 三世不可得心」9名

三世不可心得は「龍澤寺の1」の「過去現在未来」と同じ。
金剛般若経の偈「過去心不可得 現在心不可得 未来心不可得」の短縮版です。
寛文7(1667)から14年後の造塔。

曹洞宗なので「心不可得」押しは当然なのかもしれませんが、「心不可得」には有名な逸話というか法話があるようです。
金剛経の解釈において自分以上の者はいないと自信を持った僧侶が、あいつも凄いという噂のある僧侶が龍澤という土地にいると聞き及び、遠路出向いて論争しようとするのですが、龍澤の手前で出会った餅売りの老婆に「過去心不可得 現在心不可得 未来心不可得」について質問されて回答できなかったというものです。

この龍澤がどこのことかは不明ながら、その名前のついた寺に「過去心不可得 現在心不可得 未来心不可得」がらみの庚申塔が2基あるのは、当時の龍澤寺が強くこれを売り出していたからでしょう。
それと庚申信仰がどうからんだのかは謎ですが、庚申縁起にはやれ観音経を唱えろ、阿弥陀を念じろと出て来るものがあるので、その部分に金剛般若経を当てはめたのかもしれません。

龍澤寺の1

二宮町は「湘南にのみやバーチャル郷土館」というサイトを設けており、インターネット上で庚申塔の情報を公開している神奈川では数少ない自治体です。
サイトでは23基が紹介されています。
他に過去2回の調査があったようで、昭和55年と平成6年の資料が刊行されていますが、昭和55年当時の記録にあるもので平成6年の調査時に確認できなかったものがあると記載されています(何基かは不明)。
サイトでは「現状非公開」となっている場所が4ヶ所(6基)あり、記録されている場所へ行っても見つからないケースもあります。非公開の理由は問い合わせしていますが梨の礫です。
お返事がありました。
サイトを見て訪問した石仏マニアのマナーが悪いからだそうです。
気を付けましょう…。

また、サイト、2つの資料に未掲載の庚申塔もあるため、現存が何基になるのかよく判らない状態ですが、とりあえず多めに見積もって26基です。

風化で紀年銘不明が複数ありますので、あくまでも「読めるもののうち」の現存最古は龍澤寺(曹洞宗)にある板碑の三猿塔です。
ここには珍しい銘文の庚申塔があり、各所で紹介されていますので目新しさはありませんが、できるだけ神奈川県内の古塔を紹介したいと思っていますのでとりあげます。

イメージ 1



















































旹寛文七年 丁未霜月吉日。
日・月 三猿。
「卍 過去現在未来」15名。

「過去現在未来」の銘文は他の庚申塔にもありますが、金剛般若経の偈で「過去心不可得 現在心不可得 未来心不可得」のことと思われます。
禅宗の庚申塔にはこういう面白い銘文が彫られている事が時々あります。
どう解釈するのかは難しいので避けますが、渡辺真知子の「迷い道」の歌詞は「現在・過去・未来〜♪」ですが、歌のタイトルといい、実は禅宗の影響が強い歌だったのかも(笑)。

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