|
FIRE WIND/ELECTRIC SUN(1981) Cast AwayYour Chains Indian Down I'll Be Loving You Always Firewind Prelude In Space Minor Just Another Rainbow Children Of The Sea Chaplin And I Hiroshima: Enola Gay / Tune of Japan / Attack / Lament
1981年と言えば私は高校生。その頃は既にバンド活動も始めており、ギタリストにとっては誰がヒーローかが話題に上る事もしばしば有りました。おっさんバンドの書庫をご覧の方には「お前はベーシストだろ!」と突っ込みを入れられそうですが、私もその多くの例外に漏れず初めて購入した電気楽器はエレキギターでした。
中学の時のスコーピオンズとの衝撃的な出会いからそのギタリストウルリッヒ・ロートに憧れ(ギターを始めたきっかけはKISSでしたが)いつでもそんな風に弾けたらと考えていた私のギターヒーローはもちろんロート。偶然にも当時使用していたギターは白のストラトラージヘッドのコピーモデル(メーカーはなんとグヤトーン!)スコーピオンズのコピーも簡単な曲から始めていました。 が、そもそも自分のギターの腕前には限界を感じていたのも事実。KISSのエース・フレイリーなら完コピできたもののロートとなると。 ウルリッヒ・ロートがスコーピオンズに別れを告げエレクトリック・サンのファーストアルバムを発表したのが1979年。そのアルバムも彼らしさが良く出ている傑作ですがよりバンドとしてのまとまりが出来、しかもキャッチーで、コマーシャルな佳曲が並ぶこの2枚目こそ私は彼らの最高傑作だと思います。もっともこのアルバムもセールス的には失敗だったようで、続く3枚目はセールスを無視したよりロートの精神世界に踏み込んだ作風となり結局バンドとしては3枚のアルバムを世に送り出して解散してしまいました。 若いときからジミ・ヘンドリックスに傾倒し、またクラシック音楽にも精通した彼のギタープレイ・テクニックは現在まで引き継がれており、特に(この人も今となってはベテランプレイヤーですが)イングヴェイ・マルムスティーンが登場したときは正に彼の後継者と思えるほどでした。 日本人は泣き(鳴き)のギターが好きとよく言われましたが、まさしく彼こそがその最右翼に位置するギタープレイヤーだったと思います。 キャチーで気持ちの良い1曲目、ロートのギタープレイが炸裂するタイトル曲の4曲目、ジミ・ヘンドリックスを彷彿とさせる6曲目、組曲形式のラスト「Hirosima」まで聴くものを飽きさせません。 今でも活動は続けているウルリッヒ・ロートですが、その音楽性故か、なかなか表舞台に上がってくる事はなくなりました。もうすぐ還暦(といっても私の10コ上だからまだ56歳ですが)を迎える彼、ギター仙人と呼ばれる彼が仙人然としてまた表舞台に上がってくれる事を強く望むのでした。
|

- >
- エンターテインメント
- >
- 音楽
- >
- 音楽レビュー



