ぼばの黒鱒闘釣記ブログ版!

日本人で良かったと思う日々。(多分)

思い出のライブ

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MSG JAPAN TOUR 1981

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 スコーピオンズ、UFOといった往年のハードロックバンドに在籍し神とまで呼ばれたロックギタリストのマイケル・シェンカー。が、その初来日までの道のりは意外に長いものでした。
 
 彼の初期のキャリアの中で重要な位置を占めるUFOでは「PHENOMENON」から「OBSESSION」まで5枚のスタジオアルバムに参加。が彼の在籍時にバンドが来日することは無くまた1979年の来日公演を待たず脱退一時は酒とドラッグに溺れ廃人寸前なんて噂もささやかれる中、その1年後にはソロプロジェクトとしてのマイケル・シェンカー・グループが始動。アルバム「THE MICHAEL SCHENKER GROUP」を発表しました。
 正直UFO在籍時のような叙情的なプレイは減ったものの今まで以上によりポップでコマーシャルな楽曲群はファンの度肝を抜くとともに健在振りをアピールするには充分でした。
 
 1stアルバムのメンバーは
G.マイケル・シェンカー
V.ゲイリー・バーデン
K.ドン・エイリー
B.モ・フォスター
D.サイモン・フィリップス
といった実績あるメンバーでした。が、やはりその面子でツアーに出るのは不可能だったようで
K&Gポール・レイモンド
B.クリス・グレン
D,コージ・パウエル
といったメンバーチェンジの後ツアーが決定。遂にファン待望の初来日となりました。
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 パンフレットは30ページで表紙を除けばカラーページは全面広告の2ページのほか2ページのみ。広告ページも多く内容は薄っぺらいですねー。裏表紙を見てもわかるとおり主催はウドー音楽事務所。来日予定アーティスト広告が豪華ですねー。ギラン!、レインボー!、ドゥービー・ブラザーズ!クラフトワーク!レオ・セイヤー!(笑)。
 
 さてさてそれでは実際のライブの印象をお話しようと思ったんですが、実はあまり記憶が無いんです。
 私が行ったのは8月12日(日本公演の初日)の日本武道館公演。さすが大物アーティストですねー。初来日がBUDOKANですから。まだアルバムが1枚しか出てなかったのでアルバムの曲はほとんど演ったんでしょう。記憶が無いけど。
 それよりもライブに行った客のほとんどはUFO時代の曲を聴きたかったんじゃないでしょうか?実際私もそうでしたしヨーロッパツアーでは「ロック・ボトム」、「ライツ・アウト」、「ドクター・ドクター」などの名曲を披露していました。が、私の記憶が正しければ8月12日の公演では「ドクター・ドクター」しか演らなかったような。コレにはせっかくUFO時代の盟友でもあるポール・レイモンド(私にとってはある意味彼のほうが神かも)がいるのに非常に悔いが残るコンサートだったと記憶しております。
 
 かなり憧れていたギタリストの初来日ライブはその初来日公演という貴重な体験だけが心に残ったというだけで幕を閉じました。
 
 その後このコンサートの模様は「ONE NIGHT AT BUDOKAN」としてリリースされました。現在も発売されているかは不明ですが、興味のある方は是非聴いてみて下さい。あまりオススメはしませんが(笑)。

AC/DC JAPAN TOUR '81

 うわぁ!またやっちまった。え、何がって?完成間近の記事をまた消しちゃったんですよ。しかもせっかく新しい書庫作ったから張り切って書いたのに。
 皆さんはかんたんモードとWikiモードどちらを使って記事を書いてますか?私は基本はWikiモードなんですが貼り付ける画像が多くてサイズを指定したいときとYouTubeの映像を張るときはかんたんモードを使ってます。理由はその名の通りかんたんだからなんですが、Wikiモードと同様に出来上がった部分の記事を修正しようとするときの操作をするとかんたんモードだとすべての記事が消えちゃって元通りに戻すことが出来なくてがっかりなんてことはありませんか?私だけかなぁ、私は結構あるんですけど. . . 。
 
 
 ということで新しい書庫です。以前我が家の和室を納戸から、人の居られる空間にするため(当初は書斎と呼んどりましたが)大掃除をしたときにそんなに数はありませんでしたが昔行った外タレのコンサートパンフが出てきました。四半世紀以上も前のものでよく取ってあったなとしばし掃除の手がとまってしまいました。
 考えてみれば私も人生の折り返し地点をとっくに通過しちゃってるんですよね。そこで若いときに行って影響を受けたライブコンサートの思い出を忘れないようにと当時のコンサートパンフとともにお伝えしようというのがこの書庫です。
 実はこのコンサートパンフとともにってのがミソで、当時は若くて今以上にお金が無かったのでライブ当日小遣いが無ければ買わなかったパンフもありますしもともと期待度の低かったライブでは買わなかったパンフもあります。また社会人になってからはだんだんパンフそのものを買わなくなってしまったし。もちろんそんなライブにも思い出はあるんですが、とりあえずはパンフのあるもの限定ではじめたいと思います。
 じゃないとただでさえ下手くそな私の文章がテキストのみだとよけい読みづらくて、つまらないものになっちゃいますからね。
 
 と、前置きはこのくらいにして早速始めたいと思います。第1弾はAC/DCです。いまから19年前初来日時のコンサートパンフがコレです。
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 ’79年の来日公演が中止となり(私の記憶が正しければチケットは販売されたもののそのチケットの売れ行きが悪かったのが原因)、その翌年ボーカリストのボン・スコットが他界。ファン待望の初来日公演となりました。
 当時の私にしてみればAC/DC=ボン+アンガスのパフォーマンスだったので日本でそのライブが永遠に観ることが出来なくなったのはとても残念でしたが(もっとも当時中学生で今以上にお金が無かった私にとってチケット購入する財力も無かったわけですが)、 そのボンへのトリビュート盤として発売された「BACK IN BLACK」は世界中で大ヒットを記録。日本での人気も沸騰しワールドツアーの一環としての来日公演決定となりました。天国のボンにしてみれば喜んでいたのかはたまた歯軋りしていたのか. . . 。
 私としては「BACK IN BLACK」発表当時はボン以外にAC/DCのボーカルが出来る人間がいるのか不安でした。というのもブライアン・ジョンソンが以前いた「ジョーディー」というバンドのことはまったく知らなかったし、もちろん彼の声も聴いたことは無かったのですから。
 が、実際にレコードに針を落としてみて(当時はCDなんか無かったですからね)、その心配は吹っ飛びました。ボンより広い声域で表現力が高まった気さえしたのですから。イメージ 4イメージ 5
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 このツアーパンフはワールドツアー用のもので内表紙以外に日本語の印刷はありません。そしてその内表紙によれば、日本ツアーは2月1日の大阪公演を皮切りに名古屋、そして東京は日本青年館の2デイズと計4公演でした。当時海外では既にアリーナクラスのトップバンドとして君臨していたAC/DCも日本青年館と小さなホールでのライブ。やはり日本での人気はまだまだで’79年の中止もわかる気がしました。
 
 実際のパフォーマンスですが、ニューアルバムからの選曲は数曲で後はレコードで聞きなじんだ曲ばかり。それは先日紹介した当時唯一のライブアルバム「IF YOU WANT BLOOD〜」を彷彿させるものでした。ただひとつ残念だったのは海外のライブに比べ会場が小さかった為かステージセットがかなり小規模なものだったことです。海外のステージではパンフのステージ写真や裏表紙の写真のような巨大な釣鐘をブライアンがかき鳴らすのがハイライトのひとつとなっていましたが、残念ながらステージにその釣鐘はありませんでした。
 が、逆にアリーナクラスのアーティストのライブを小さなホールで観るという意味ではとても貴重なライブだったといえるでしょう。
 
 バンドはその数ヵ月後ニューアルバムを発表しそのアルバムも大成功。そしてその翌年には2度目の来日公演を武道館という大きなステージで成功させたのでした。

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