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どんな顔してたっけ? と迎えに行く道中考え込んでましたが結局 ファランがいること自体珍しいところ なので、すぐ分かりました(爆) 向こうもこっちの顔良く覚えてなかったらしいけど(笑) ということでめでたく再開し、宿を取り早速一杯やりに。 それまで一緒に行動したこともなかったので特に思い出話も無く(笑)、今までメールでやり取りしてたことや今の自分のことを話し合ってました。 結局、アウディは辞めてなかったらしい。メールで「辞めようと思ってる」っていうのを僕が早合点したらしいです、失敬。 で、メイン?の彼女の話。 前は駐在のフランス人の彼氏と付き合っていて、先生になるための学費を全部出してもらったり車なんかまで買ってもらったりして不自由さなど微塵もない生活をしていたらしく、ただそのフランス人が帰国することになって別れたとのこと。そして彼に出会った。 マーティンもこっちに来る気で仕事を探してはみたものの、ドイツ系の会社はそんなに多くなく、あったとしても現地採用の給料は僕が見てもかわいそうになるくらい格安。 そんな状況で彼はドイツとタイを行ったり来たりしてて金回りが悪くなったから彼女もしびれを切らしたということらしい。 で、今は20以上も離れたタイ人の金持ちと付き合っているらしいが、それもいつまで続くのか、、まぁ人のことなので余計なお世話だけど。 そういう生活が当たり前になると最後、まぁ人次第ではあるがそうでなければやってられなくなるのは性。 それを自分で築き上げてきたならいいんだろうけど、自分で何か考えて行動する前に人に頼り切ってしまう。 もちろん全員が全員ではないが、金銭的に恵まれないところは今日明日食う金さえも乏しく、子供の稼ぎを当てにして待っている。 だから子供はいくつになっても自分のやりたいことができず、親に貢いでそれがまた歳をとって親になる。そんな悪循環の繰り返し。 相変わらずそんな人が多い、こっちは。 日本だったらねぇ、、とか、言うのはやめときますが(笑) そういう社会になっているのも事実。 どちらにせよ、こんな状況でこれ以上はもう続けられないだろうし、支離滅裂なことを言ったり音信普通になったりなのでお互いはっきりしようということでこっちに来たと。 まぁそんな話も酔っ払って来るうちに話がズレ出しててアジアではだのヨーロッパではだの話になり、最後には という訳のワカラン結論で幕を閉じ、二次会のカントリーパブで大いに発散(爆)してきました。 ここで分かったこと。 マーティンはシンハーでは酔わずハイネケンでメロメロになる。 マーティンはユーロミックスは頭が痛くなって駄目らしい、一番のお気に入りはルークトゥンらしい。 月末まではタイにいるようです。 いい人見つかりますよーに!応援歌♪ http://www.youtube.com/watch?v=8ZSImx5u88Q&feature=related
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通り行く旅人-Th
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タイに来た当初は、お世話になった某ゲストハウスの近所に住んでいました。
ここでは、そのゲストハウスで出会った印象深い旅人を回想します。
ここでは、そのゲストハウスで出会った印象深い旅人を回想します。
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前回の続きです。 マーティンがドイツに帰国してから一ヵ月後くらい・・・ 大手企業に勤めるエリートコースのマーティン、母国ドイツで元気にやってるものかとメールしたら即日返事が来て、 「丁度良かった、実は会社辞めて日本で働こうと思ってるんだけど、日本のこと全然知らないから教えてくれないか」と、、、 はぁ?? どういうことかというと、彼女とタイで暮らしたいのでタイで仕事を探した。でも現地採用では給料が安すぎるのでタイに拠点を持っている会社で派遣してくれる企業を探していたら、まず日本の支社で働いた後他のアジアの拠点に行ける会社をリクルート会社が見つけてくれた。 ということで、日本での生活に必要最低限なのはいくら位掛かるのかを細かく教えて欲しいと、特に税金について教えて欲しいと。 税金のことは不得意分野(爆)なのでWeedpopoさんにアドバイスを貰い、それを丸投げ(笑) 給料明細貰っても手取りしか見てない無知がバレバレです。 で、なんでそんなに税金のこと心配してるのかと言うと、ヤツの国は らしい、、、税率によって生活できなくなるのを心配していたんですわ。 こんなのアリ?と思いましたが、、それでも普通に生活したり旅行できたりする訳だし、それでいて国が国民を支えるための財政もガッチリできるってヤツですね。 東ドイツを丸呑みしても復活した国だからやっぱりしっかりしてるんだなぁと。 いろいろ勉強になりました。 で、日本の物価や生活費をいろいろ調べてまとめてアドバイス。 そしたら大喜びの返信メール。ヤツの給料 なんにも心配ねーじゃん。っつーか毎日飲み歩いてもオツリ出るでしょ? 敷金だの礼金だのいちいち英語で調べて説明したのがアホらしく思えてきました(笑) それでも何も知らない人からしたら不安でしょうけどね。 まぁ、僕の給料もタイ人からしたら貰ってる方なのでヒトのこと言えませんが、日本でその給料は羨ましすぎる。 と思ってたらヤツのツキもココまで。後日のメールでそのリクルートセンターから理由も無く突然「不採用」と言われ、以降連絡がパッタリ来なくなったとか。 タイ移住のシナリオはあっけなく流れ去り、今は他の会社で仕事してるようです。 それ以降もメールやり取りしてますが、回数重ねるごとに に変化していってます。まぁ、そっちのほうがヤツらしいのでヨシとします。 そしてつい昨日、「近日中にランシット行くから飲もうぜ!」とのメール。 ただ、彼女との連絡が途絶えてて、会えるか分からずなので宿を紹介してくれとも書いてました。 まぁそれくらいどーってことないですが、その彼女もいろいろ訳アリっぽいので結末はどーなるか分かりませんが、僕としては再会できるので楽しみです。 |
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ソンクランの時なので、今年4月中旬、もう半年くらい前になる話。 Weedpopoさんがタイに来てて、カントリーレストランで帰国前夜の晩餐をやっていた時にバッタリ会ったのは前日パブで大暴れしてたファラン、マーティン。 彼も次の日の朝にはドイツに帰るので彼女(タイ人)と最後の晩餐をカントリーレストランでしようとここに来たら僕達にバッタリ会い、じゃぁ同席でワイワイやりましょうと日・独・泰三国同盟(?)のメンバーは1つのテーブルで盛り上がってました。 でも話聞いてて、いつもながらこの人たちの行動力って凄いなぁって率直に思いましたよ。 怖いものなしというか、遠慮なしというか、、保守的なアジア人から見たら 「いやちょっとね・・・」ということでもためらいなくやってしまったり、、、 全員が全員とは言わないけどそんな人が多い、特に僕が会う人は(笑) あえて細かいことは書きませんが、ヤツの場合それがちょっと外れてヤバイ方向に逸れてます(爆) まぁ、それでも普通にいると思います、ヤツみたいな人は。 ホントは彼女と一緒に暮らしたいから旅行を含めてタイで仕事を探してたんだけど、結局収入面で納得が行かないのでとりあえずドイツに戻って資金貯めてまた10月にタイに戻って来ると言ってた。 で、別れ際じゃぁいつかどっかで会いましょうと名詞を交換したらあれま? まぁ殆どの人が知っているとは思いますが自動車メーカー、アウディでエンジニアをやっているという。 会った時は王様の黄色いポロシャツに、貴重品の一切合切はコンビニのビニール袋に詰め込んで「どんなヤツなんだ?」と思ってましたが、、 人は見掛けに寄らんのだねぇ。。。なんてこと話してました。 つづく |
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昨日は懐かしい人に会った。 もう2年くらいになるだろうか、、バンコクの屋台で席が一杯だからと相席になったその相手。 プン君という名のカレン人。カレンとはタイと国境を接するミャンマー国内の州。 最初はマレーシア人だと言ってたが、暫く経ってからカレン人だということを知った。 棲み処は、、というよりは拠点と言ったほうがいいのかもしれない、サンクラブリー県内とタイ国境を越えた街で、自由に行き来出来るという。 まぁ何かのルートがあってのことなんだろうけど。 バンコクには同胞に会いに来るのと医療品を仕入れてミャンマーに持ち込んでいる。いわゆる「運び屋」で、不法入国なので当然大っぴらにはできず、タイ語も話せるがバンコクだと訛りでバレるらしいので国境地域以外ではもっぱらマレーシア人で名乗って英語で話していると。 *カレン人は難民をはじめタイ国内には多くいて、タイの市民権を持っている人もいるが不法滞在者もかなりいて警察のマトになりやすい。 彼がバンコクに来て時間があれば電話が掛かってきて一緒に飲むといった程度で、半年に一度会うか会わないか、の程度。 他愛ない話が全般だが、今回は大いに興味があった。 サイクロンのこと。そっちではどうなの?と、、 タイとの国境地帯は被害がないので平穏だが、物資の流れは多くなった、と。 サンクラブリーやメーサイからは今でも限られた区域だが「観光目的」でタイ人や外国人が入れる。 特にサンクラブリーの国境はタイから車で入ることも出来るし、税関もないようなところなので受け渡すのはさほど難しくはないらしい。その町より奥に進むことはできないが。 そこでどこぞかの非営利団体、つまりNGOなんかが「観光目的」で入国し物資の受け渡しをしている。それか、タイ国内で受け渡しをしてゲート以外の「どこか」を通って彼らに渡して運んでもらっている、と。 トラック一杯分とかは検問もあり当然無理なので、リュックとか人力で運べて山越えできるようなものを人海戦術でリレーしてる、と。 今の時世にそんなことをしなければ届けられず、それが今何処まで届いているのかは分からない、と。 冗談みたいな話だが冗談じゃない話だ、と。。。 ミャンマーの7割はビルマ人で残りは彼らカレン族のような少数民族。言葉も分化も違う。 その数100を超えると言われ、その大多数は迫害され、山奥か国境ギリギリか、または国境を越えたバッファーゾーンで「難民」として生活している。それもままならないだろうが援助が堂々と出来るエリアなだけまだマシなのかもしれない。 被害多大な地域は手が付けられず、救助をするどころか手前で検問を張って阻止している。 切捨てである。同民族でこの扱いなのに、対立している他民族を構えるか?答えはNo 逆にこの「自然災害」を利用して「排除」しているに過ぎない。 報道では、悲惨な現状と繰り返し伝えているけど、きっと想像しても追いつかないだろうなぁ。 正直、タイで生活しているとその感覚にピンと来ない。1000kmも離れてない所なのに。。 彼自身も奥まで踏み入ったことはなく、自分の目で見たこともないので分からないと言っていた。 「どっちにしても頼れるのは自分だけ、みんなそう思ってるよ」 もう「頼りない政府」でなく、「使えない政府」なのである。 この意識が爆発すると、もう止められないよね。 何だか、フィリピンの二の舞になるような気がしてならない。 |
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とある日曜日のことだった。 突然、ダニエルさんがアパートを訪ねてきた。 訪ねてきて開口一番 「家を買う、今から一緒に来て欲しい」、、、、はぁ? 訊いたら、自分の書斎が欲しいのと、拠点をタイに置いときたい。と、、、 もう目星はついているので、これから一緒についてきて欲しいらしいが、僕が行った所で何の役に立つのか分からない。 が、マイペースな彼に付き合ってくれるタイ人もいないと。 でもまぁ、暇なんで付き合うことに。 ダ:「行こう!」 僕:「待てよ、、、このクソ暑いのに自転車かよ・・・」 ダ:「そうだ、10分だ」 僕:「ホント10分だな、、、分かったよ」 と走り出したはいいが、とーーっても速い! ダニエルさん、40歳を越えているとはいえ欧米人。アジア人では体のつくりが違うのである。 そんなこと今考えても遅く、グングン距離が離されていく。 というわけで、僕は運動不足も相まって、必死でこいで汗だくで20分以上掛かった。 とりあえずお目当てのタウンハウスに到着し、 新築はいらないようなので、比較的小奇麗な中古物件を紹介してもらい、オーナーを呼ぶから待っててくれと。 30分くらいしてオーナーが来た、事務所の人曰く、オーナーはアメリカ人とのこと。 やたらと流暢なタイ語で話しかけてくる、多分、僕の事タイ人だと思っているんだろう。 その時分、タイ語は全くダメで、会話は全て英語に頼っていた。 (といってもそこまで話せるレベルじゃないが) なもんで「いゃ、僕日本人で彼の付き添いです」って言ったら、英語に切り替えて説明してくれた。 僕自身英語、いやアメリカ英語は苦手である。なんというか、歯切れが悪くて聞き取りにくいというか、言いたい事は何となく分かるが、ホントにそう言ってるのかと頭の中でいちいち確認してしまう。それで答えが直ぐ出てこずに会話が続かない。 話を戻す。 ダニエルが僕のわき腹を突付く、「通訳しろ」と顔で訴えてくる、、が、 ただ、そんなんでも知り合ってしばらく経つと、少なからずとも「意思の疎通」とか「阿吽の呼吸」というのは芽生えているもんで、彼も一応理解はしてくれたみたい、確信は無いが。 しかしまぁこのアメリカ人、やたらと声もジェスチャーもデカイ。 やることなすこと みたく大袈裟に、というか表情や仕草一つ一つに「渾身の」という言葉をつけた方がいいかな? 外見もなんとなく似てるし、とにかく見てて妙に面白かったので我慢せず「あんた、ジム・キャリーだろ?」と言ったら、 と、、 僕はいつから「ミスター・ジャパン」なんだ・・・? 結局、値段が折り合わず家は決まらなかったが、ダニエルさんはそんなこと気にもせず。 そして、タウンハウス内にあるプールで泳ぐと言い出した。 泳ぐったって、海パンなんか、、、 それに「で、お前は何で持って海パン来なかった?」って不思議そうな顔してるし、、、、 僕はクーラーの効いた事務所でビール飲んでました。 ↑その時のダニエルさん |






