ベトナム・ホーチミン(2区)生活記

書庫をタイ(Th)とベトナム(Vn)に分けました。

寺院・宗教・遺跡など-Vn

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キリストの麓の寺

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ブンタウのキリスト像の麓は道路を挟んですぐ海になっていて、そこから少し離れた沖にある島。
この島に建てられているのはお寺で、H?n B?寺院というらしい。

時期によっては潮が引いたときに歩いて行けるという。その様子は下のアドレスに飛んでもらえればわかると思います。
今回は時期が合わなかったのか、朝・夕とも潮が完全に引くことはなかったのでその姿は見れなかったけど、海が東側だからここで拝む朝日は格別かも知れませんね。

次回はチャンスがあれば渡ってみたいです。

それに今回はそんなにあちこち回ってないので、探索も含めてまた遊びに来ようと思います、ブンタウ。

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朝日ではないですが、別角度から夕日。これもよかったです♪


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そしてルビアス号w 今回だけで軽く300km走りました♪

ティエンムー寺

さて、王宮を見終わり次の場所へ。

目指すはフラワーガーデンとかいうところ。先ほど行ってきた王宮の、かつていた王妃の庭だったとかなんとか。
で、事前にガイドに言われていたこと、
「入場料は取りませんが、管理人みたいなのがいてその人に小銭でいいので管理費なるものを少し渡してください」と。

車が走ること10分もしないうちに到着。「門」らしきを抜けてみると女の人が立っていて「お金頂戴」の仕草で手を出している。

中はそんなに広くないらしく、15分くらいで見て回れるというが、僕自身あまり興味がなかったのでお金を払わずUターン。バスのある門まで戻って木陰で涼んでました。結局中に入っていたのはツアー20人くらいいたうちの半分くらい。

ということでここはパス、次の目的地、「ティエンムー寺」へ。


バスを降り、上り坂をちょっと歩いたところに階段が。その階段の上にお寺はありました。

ちなみにティエンムー寺は「天女の寺」とベトナム語で意味するらしい。

ある時この山の上に舞い降りた天女が、「ここに寺を建てた王は、天界の力を一身に集めであろう」というお告げを残し、村人からその伝説を伝え聞いたグエン朝の王が1601年にこの寺を建立したと伝えられているとか。


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階段を上る前に目に飛び込んでくるトゥニャン塔。


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後ろを振り返るとフォーン川。風が吹いてくれるともっと気持ちいいのにな。。。


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展示されていたこの車は、ベトナム戦争時に抗議の焼身自殺をしたティック・クアン・ドックという僧侶がここからサイゴンまで乗っていった車だという。
この事件を当時の南ベトナムの大統領の義理の妹、マダム・ヌーがこの行動を「人間バーベキュー」と言って世界中から大顰蹙を買ったらしい。まぁ、当然でしょう。

戦争時は、ほぼ全土が戦場になっていたので、こういう暗い歴史を持ったものが何処へ行ってもあるのはいかしかたないことなんだなぁと思います。
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*この遺跡の場所 by Google Earth : 16°27′08N 107°32′42E

フエの王宮

変換一発目で「笛の応急」と出てきました、全く関係ありませんがw

この王宮の概要を見てみると。。
市内は香江を挟んで旧市街と新市街に分かれ、中心は新市街にある。旧市街は碁盤の目状の方形都市であり、その南側に世界遺産の王宮南門、宮殿と帝廟がある。一部には園宅(ニャーヴオン)と呼ばれる旧貴族・皇族の住宅が残っており、首里城や京都御所のような佇まいがある。嘉隆帝(ザロン帝)が1805年から造営させたフエ城の城郭は、フランス帰りの建築家黎文学(レー・ヴァン・ホク)が設計したもので、五稜郭と同じフランス式の星型城郭で、ヴォーバン様式と呼ばれる。城郭内部の建築は構造的には中国建築とは無関係なベトナム特有のもので、全国から招聘された職人の流派の影響で北部・中部や會安(ホイアン)華人の様式が融合している。後期の建築物にはこれにフランスの影響が加わる。阮朝第4代嗣徳帝(トゥドゥク帝)は広南阮氏の正史『大南寔録正編』を編纂させたことで知られるが、建築も大々的に行い、現存する市内の王宮及び郊外の帝陵は彼によって整備された。第二次世界大戦終戦までは宮殿の全ての建物が残っていたが、フエはベトナム戦争で激戦地となったために多くの建物が破壊されてしまった。現在、復元に向けた調査などが行われている。
と、Wiki丸写ししてみましたw

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この遺跡には10日の午前中に行ってきました。
僕と相方は実際には9日朝にフエに到着して宿を取っていたんですが、相方の両親は夜に着くということ。
なのでその日は僕の両親がツアーを終える時間を見計らいながら街中を散策してたくらい。
予定通り夜に相方の両親が到着し、フエの街も少しは見ておきたいとのことだったので現地発のツアー(10日の午前中半日ツアー)を申し込み、両親同士の対面は翌日10日の昼にということに決めた。

で、その現地発半日ツアーのメニューは「フエの王宮」→「フラワーガーデン」→「ティエンムー寺」で、これだけにしておいてよかったなと思った。ってのが



やんなっちゃうくらい暑い。


気温は30度くらいと、さして高くもないのに風がなく、高湿度。立っているだけでも汗がにじみ出てくるような暑さ。こんな状態だったので、最初の王宮を歩き回っだけでもクタクタw
自分に体力がないのか、それともマジで暑いのかと、王宮を見終わって周りの参加者を見ると「バスから降りるのも勘弁」というファランがチラホラw
見るからに気力だけで歩いている人もいたので、少しは安心(爆)
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さて、駐車場から王宮に向けて歩いて行くと、まず目に飛び込むのはフラッグタワー。
1809年にザーロン帝によって建てられた旗塔。台座が三層式になっていて、高さは約17m、旗のてっぺんまでいれると30m近くにもなるとのこと。台風でたびたび倒壊し、今のものは1949年に完成したそうです。
昔はどんな旗が掛かっていたんでしょうかねぇ。


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フラッグタワーの真横にあった大砲。この大砲は5門あり、「木」「火」「土」「金」「水」の中国の五行思想が反映されており、超自然的な霊力が王宮を死守するとされ、1803年から1年かけて同じくザーロン帝より造られたという。


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王宮門。1804年に北京の紫禁城をモデルとして建造を始めたそうで、城壁には東西南北4つの門があり、旅行者が入るのは南側の午門(王宮門)。太陽は皇帝の象徴で、それが真上に来る南門を正門とするのが中国伝来の習慣らしい。ベトナム戦争でかなりのダメージを受けたものの、修復されて今の状態になっているそうです。


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この太和殿は皇帝の即位式や国賓の歓迎式典などを行った場所で、前面には石畳が敷き詰められ、宮殿内には玉座が置かれている。
ちなみに王宮門から太和殿へ向かう蓮池にかかる橋を金永橋といい、かつては皇帝だけが渡ることができたそうだ。
そしてこの橋の下の堀を見渡してみると。

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鯉がウジャウジャ。こんなに固まらず、もっと優雅に泳いでくれるといいのになぁ。。



と、ガイドの話とガイドブックの記事を元に書いてみました(爆)
まぁ、いろんな様式が融合されてできた建物に違いはないようで、それがこのフエの特徴とでもいうんでしょうかねぇ。
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その他、王宮内を歩って細かいところも見て回りましたが、修復前・途中のところが多く、それ以上に


暑くてダレてたというのもあり、あまり頭に入っていません(爆)

*この遺跡の場所 by Google Earth : 16°28′10N 107°34′39E

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