|
きのうの3月6日は、土に中で冬籠りをしていた虫が出てくるといわれる、
二十四節気の一つ「啓蟄」である。
新聞報道によると、金沢市の尾山神社の梅が満開になり、
色鮮やかな花の中でミツバチが活発に蜜を吸い、
それをヒヨドリが捕食している春の自然風景が見られるという。
寒の戻りでしばらく寒い日が続いたが、平年並みになったようだ。
二十四節気とか、あるいは俳句の季語などとかを見ると、
昔の人の季節感覚の鋭さに驚かされる。
とは言っても今週はまた寒くなるというから、
土の中も虫もまた首を引っ込めるかもしれない。
板橋興宗禅師のカレンダー『和尚の春夏秋冬』の3月の箴言は
「奮起せよ 年令には関係ない」というものである。
83歳の禅師から「年令には関係ない」と喝破されると、
警策の棒で背中をバシッと打たれたような気分になる。
哲学者のマルチン・ブーバーは
「人は創(はじ)めることを忘れない限り、いつまでも老いない」と言っています。
いくつになっても、前向きな気持ちで新しいことに挑戦する気持ちがあれば、
老け込むヒマなんぞない でしょうね。
定年のない坊さんや、研究者や、
あるいは自営業の人などでいつまでも現役を続ける人は、
それはそれで張りのある生活を送っている人も多いでしょう。
問題は、仕事をリタイアした多くの普通の人たちが、
どうして張りのある老後の生活を送るかということだろうと思います。
私なりに考えることは、何でもいいから「生きがい」になることを見つけ、
それに沿って生きていくことです。
沿って生きていく、というのは、仕事をリタイアした年齢の人は、
いろいろ甘いも酸いも噛み分けていますから、
目的に対して「がむしゃらに」とか「打ち込む」とかいうよりも、
心に余裕をもって接していくのが自然ないき方ではないかと考えるからです。
趣味もよし、ボランティアもよし、仕事もよし、研究もよし、
今までしなかった新しいことを「創める」のもよし、
必ずしも新しいことを「創める」のでなくても、
若い頃から続けて取り組んできたテーマを深く究めていくこともよいと思います。
生きがいのあることに時間を費やしている人にとって、
確かに「年令は関係ない」でしょう。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用






菩提樹さん、こんばんはです。お体の具合はどうですか?
。
関東平野、茨城県は午前から大雪に見舞われました。虫たちも、急な寒さにビックリして、頭を引っ込めていますね。
時は刻々と流れているのに、忙しさに紛れて、何にもしてないしまつです。
春から何かしたいと思ってます
2011/3/7(月) 午後 10:09 [ オカピー ]
やらなければならないこと、いつも目の前にぶら下がっています。
こう考えると、決して満足のいく人生ではないですね。
死ぬまで何かしなければいけない追われる人生と考えると気が滅入ることもあります。
楽しいことのみであればいいのでしょうけれど^^
あ、やっぱり今日は疲れてます><
2011/3/7(月) 午後 10:44
「啓蟄」だったからなのか、庭の片隅に植えた菜っ葉(名前忘却)が
一部虫に食べられていました。 もうすぐ食用にと思っていたのですが。春が近づいているのを実感。
「生きがい」・・・有るようで無いようで。
退職してから1年半、気持ちもようやく落ちついてきたようです。
2011/3/8(火) 午前 11:12 [ 栗の木童子 ]
オカピーさん、昨夜のTVのニュースで関東地方に雪が降ったことを知りました。
こんなことを言ったら申し訳ありませんが、北陸の私たちから見ると、「これしきの雪」という感じですね。
日本では春が入学や入社などと新しい出発点になっています。
オカピーさんの言われる、春から何かしたいという気持ちは大事だと思いますよ。
ご健闘を祈ります。
2011/3/8(火) 午後 1:31 [ bodai_ju ]
かずママさん、自分の自律的な意思で何かをするのと、義務でするのとでは気分がずいぶん違いますね。
前者はそんなに疲れないし、仮に疲れても「快い疲れ」になります。あなた様が言われる「気分が滅入る」というのは後者ですね。
義務ですることも、自律的なことだと気分を切り替えることができれば言うことなしですが、どうでしょうか。
「随処に主とならば、立処みな真なり」
いつも自分が主人公でありたいですね。
2011/3/8(火) 午後 1:37 [ bodai_ju ]
栗の木童子さん、退職して1年半になりましたか。
定年まできちんと仕上げた人は、それで立派な足跡を残されたと思います。
これからの第2の人生を充実させてください。
2011/3/8(火) 午後 1:42 [ bodai_ju ]