|
坪内稔典著『ヒマ道楽』(岩波書店)を読んだ。
大学を定年退職して、日々ヒマを生きている俳人の「ねんてん」先生が、
ヒマを徹底して楽しむ方法を指南する随筆集。 たとえば、しかられ、笑われ、バカにされることが肝心だという。
これが平気になれば、自分自身の時間を生きられる。
俳句のユーモアが随所に生きている。
本文の中から、私が気に入った個所を抜粋して紹介します。
若い人はいい。しなやかだし、つややかだ。足は速いし、よく食べる。
老人もいい。つつましく、どっしりしている。足は遅いし、あまり食べない。
若い人も老人も、どっちもいいなあ。
あっ、もしかしたら、若い人の中に老人がいる?同じように老人の中には若い人がいる?
うん、いるのだ。確かに。すてきな若い人は、自分の中に老人を住まわせている。魅力的な老人は、自分の内に若い人を抱え込んでいる。
若いだけ、老いだけではつまらない。単純、単調になって、人間的な味を欠く。
若さと老い、それを総合的に抱え込んだ人間になりたい。
耄碌して死を自覚することなくして死んでしまう、
それがもしかしたら「死ですら越えて」ゆくことかもしれない。
俳句は「消閑の具」として働く場所で生きる。
消閑の具とは暇つぶしだが、暇つぶしに夢中になるというのは、それがなんであれ、とても素敵だ。
必死の形相は人を払いのける。それは肩肘張った自己中心的な姿勢だ。だから、必死にはならないほうがよいし、必死を口にするのはみっともない。たとえ必死の思いになったとしてもにこにことしていたい。
先日、通勤電車の車内を眺めたが、多くはスマホをのぞいており、何人かは雑誌か本を読んでいる。膝の上でパソコンを開いている人もいる。ぼんやり派はごく少数だった。なんとなくぼんやりしている自分たち「ぼんやり派」は得をしているなあ、と思った。
40代の女性は生活の最前線にいる。子育てで苦労しているし、家事も何もかも大変。働いていたら、職場と家庭の葛藤が熾烈。でも、食べること、おしゃれ、スポーツ、買い物、旅行などにどの世代よりも敏感だ。彼女たちを友だちにしない手はない。ランチの時間の美味い店、評判の店はたいてい彼女たちで占められている。別の言い方をすれば、40代の女性が出入りする店だと、まずは間違いがない。40代に女性は社会の風、時代の風に乗っている。
というわけで、私は自分の娘を含めて、40代の女性を友だちにしている。
(つづく)
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




