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テオバルド・カッペッラーノさんの逝去から約3日、 まだまだ頭の中でいろいろ追想しています。 鎮魂の意味をこめて少しテオバルドの言葉を御紹介しましょう。 まず、カッペッラーノさんのワインは日本でも手に入りますから必ずワインの裏のラベルに書かれているこの但し書きは目にされた事がある方もいらっしゃるでしょう。 『 ワインガイドブックをワインの評価に用いる人たちへ 1983年、私はジャーナリストのシェルドン・ワッサーマンに自分のワインに点数はつけて公表しないで欲しいと頼みました。彼は私の頼みどおりにしてくれました それだけではなく著書「Italian Noble Wines」の中で 『私が、でたらめな数字の羅列ばかりで人の努力を分かろうとしない、教理を投げ出し怠惰な比較でしかないランキングに自分のワインを加えないで欲しいと頼んだ』と書きました。 私は今もこの考えを変えていませんし、私が気にするのは数限られた友人であり私のワインを買ってくれるそんな人たちです。 私は年間2万本を生産する小さな生産農家です。私はガイドブックに頼らず私のワインを飲んだ人のつくる情報をおもんじます、それがポシティブであってもネガティブであっても。 私は、ランゲに広がる私の丘をアナーキーな土地と思っています。異端裁判官もいなければ、対抗派閥もない、厳しく注意深い批評家がみえればその内面は豊かな土地: 私は、今日においても農民の連帯を口に出来るそんな集団、母なる自然から褒美をもらえなかった人のために奮闘します。
夢だとおっしゃいますか?では夢を見させておいて下さいませんか。 テオバルド』
彼の人柄、仕事に対する姿勢がにじみ出ていると思います。 Youtubeにテオバルドさんのインタビュー見つけました。 当然イタリア語で話していますが、内容はピエモンテの特にランゲは昔から大土地所有が存在してこなかった、小さな土地にしがみつくように必死に生きてきたことが、 ピエモンテの農民の性格に大きな影響を及ぼしているといると言っています。 テオバルドさんはいつも小話をするのが好きで、軽い下ネタも彼が言うと品良く聞こえたものでした。 ここでも、ピエモンテの人の性格を小話で説明します。 『あるとき、お百姓が野良仕事にでて鍬で畑を掘っていると魔法のランプの精がでてきてね、ランプの精はお百姓に 「お前の望むものをなんでも一つだけかなえてやろう。が、言っておくがお前の隣人はお前の望むものの倍の同じものを与えることにする」、、、といったんだよね。 このお百姓は少し考えてこういったんだよ 「私の目を一つえぐりぬいて下さい」、、、』 決してピエモンテの人に好印象を持てる小話ではないでしょうが、これはピエモンテの人の気質について語ったものでした。ピエモンテ人の素晴らしさだけを語ってもよかったのかもしれません。 でも、テオバルドさんがそれだけ自分の大切なランゲの土地と人々を厳しく客観的な目で見、考えているのがうかがえます。 昨年私が日本の若者達をを連れて行ったとき、 テオバルドさんに会う前、一緒だった日本人男性がバスの中で 『ワイナリーも数知れず回ったけど、ワイン作っている人なんて皆同じ!家の歴史は古いだの、家のワインは賞とっただのそんな自慢話しておわりだよ』 とバスの中で話していました。おそらく若者たちにも聞こえていたと思いますが 実際、テオバルドさんに会った時のテオバルドさんの言葉はこうです 「私は小さな土地でワインを作っています。農薬は出来るだけ使わない自然農法でワインを生産しています。私の住むこの土地と平和な共存をしたいと考えているからです。 そして私は自分の作ったワインを売っています。自分のワインをけっこう美味いと思うからで、他の人たちも同じ意見を持ってもらえたらと願っています。 これが私の自己紹介です。このまま私が話し続けるのでは皆さんが退屈でしょうし、本当に知らない事を知らないままに終わってしまうかもしれない。 それで皆さんの知りたい事を私に質問してください。例えばこのワイナリーを見回して気づいたことがあったらどんな小さなことでもいいので何でも聞いてください。」 どうでしょうか?ワインメーカーとしてこんな自己紹介をする人は他にしていません。 私は実際には同じワインの造り手など一人もいないと私は思います。見る人によって皆同じにみえる事はあるでしょうが、、、 それはともかく、今、思い返してみれば、こうして日本の若者の前で話をしてくれていたとき、彼は既に自分の時間がなくなりかけていることをわかっていたのではと思いあたっています。 彼は私達のために2時間、話し続けました。 時には通訳をしている私に息子さんと一緒にニタニタ笑いながら「なんか日本語上達したなあ」と冗談を言ったりしながら。 それでいて出された質問にはあいまい答えることは一度もありませんでした。 あの時の学生さんで誰かこのブログを読んでくれる人がいるかなあ、、、、。 あの時、全員が彼の話に真剣に聞き入ってくれた事、沢山の質問をしてくれた事、日本人として私も鼻が高くなるくらい行儀よくしていてくれたことを心から感謝します。 私はみんなの一生の思い出になるいい出会いを作ろうと頑張ったつもりでしたが、あれは本当はカッペッラーノさんにとっても心のバッグに詰めて持っていくいい思い出、そして希望になっていました。 本当にありがとうね!! テオバルドさんは自分の愛するランゲの地で安らかな眠りについたと思います。 テオバルドさんを想うこの数日、強く思うのはワインという産物の不思議さです。 造り手は自分の理念、文化、匠をボトルの中のワインに込める。それは芸術家が自分の作品を生み出すのと同じといってもいいかもしれません。 けれど、ボトルの値段はその大半が一般の人の手に届く値段。それが故、造り手の匠は毎日の私達の食卓に上ってそのメッセージを飲み手に伝える事ができる。 これと同じ産物が世の中に他にあるか考えてみましょう。 チーズ!、、、No 陶芸品!、、、いいえ 匠や文化伝わっても理念まではこめないし伝わらない。 すぐには何も思いつきません。 今日でテオバルドさんの話はお終いにして、次回からまた土くさーい話をどんどん書いていきますよ!(笑) |
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本当に、素晴らしい方ですね。ワインをまだ口にしてませんがきっとテオバルドさんの心と、ビエモンテの自然の恵みがあじあえるとおもいます。
2009/2/24(火) 午前 9:52 [ 山功 ]
こんばんわ!
テオバルドさんのワインの裏のラベル、
ちゃんと読んだことは無かったのですが、
訳していただいて、とってもすばらしいことが書いてあったんだなあって。
うちも小さなレストランなので、近所の人が気軽にやってきて、笑顔で帰ってくれて、また今度新しい人を連れてきてくれたらいいなあって、はじめたのですが、
最初のその思いを思い出させてもらいました。
ランキングみたいなのとか気になっちゃいますけど、
もう一度足元を見直さないと、と思いましたよ。
改めてカッペーラーノのワインを飲んでみたくなっちゃいました!
2009/2/26(木) 午後 10:55 [ cadeltomo ]
Tomoさん、私も実はラベルを訳しながら同じ事を考えていました。
たしかに、最後にお会いしたときも「一番困るのは先入観でものをみる人たち!」といっていましたが、自分自身にあそこまで徹底できた人はそうはいないと思います。
彼のワインは日本で結構こちらの値段とさほど変わらず飲めます。輸入元のラシーヌさんが頑張っているからと思います。とこかで手に入ったら是非飲んでみて下さい。 私はいつか日本に戻ったとき原始人とTomoさんとこ食べに行きますから。また頑張って!
2009/2/27(金) 午前 0:39 [ ぶじゃねん2000 ]
山功さん、どのワインでもというわけではありませんが、ワインは造り手の性格や個性などが投影されるとおもいます。
カッペッラーノさんのワインは一言で言えないけど彼そのものだと思います。カッペッラーノで検索すると多分ネットでも購入できますよ。本数は少ないですが。
2009/2/27(金) 午前 0:43 [ ぶじゃねん2000 ]
BAROLOは子供が居なかった頃にたまに飲んでいました。今では年に1回飲めるかどうかですが。
NEBIOLOを使ったワインも手頃なのが見つかると奮発して買うことがあります。
テオバルドのワインは残念ながら飲んだことはないと思いますが、ただでさえNEBIOLOの栽培は大変だと思いますので、本当に素晴らしいワインなんだろうと思います。
いつか機会があれば、飲んでみたいです。
2009/2/27(金) 午後 5:11 [ Dobbs Ferry ]
テオバルドさんはバローロのほかにドルチェット、バルベーラなども作っています(した)。これらは日本で4000円前後だったと思います。
テオバルドさんのバローロは高価ですが、もちろん価値はあります。それから忘れてならないのがバローロキナート。日本で7000円だったと思いますが、イタリアで50ユーロ代で店頭に並んでいるのを見ると輸入元のラシーヌさん頑張っているなと思います。
テオバルドさんはMONOVITIGNOつまり一種類の品種だけで作るワインを生産していました。
気象条件の影響を受けやすく、作るものにはそれなりの技術を要するがその分自然との対話が素直に出来るとおっしゃっていました。
2009/2/27(金) 午後 6:07 [ ぶじゃねん2000 ]
10数年前にバローロを飲み始めた頃に何度か単一品種だったり、単一畑のものを飲んだことがあります。
勉強だと思ってがんばっちゃいました。
トリノには友達がいて、20年近く前に行ったことがありますが、その後ワインを飲むようになってからは、新婚旅行でイタリアまではいったものの、ミラノから南にしか行かれませんでした。
色々お話を伺っていると、また行きたくなりました。いつか子供たちが巣立ったら夫婦でネッビオーロやドルチェット、バルベーラの畑を訪ねてみたいです。
2009/3/2(月) 午前 11:18 [ Dobbs Ferry ]
ピエモンテの丘は、100年経ってもきっと今のままでいられるところだと思います。ゆっくり子育てさえて、年輪を重ねた素敵なご夫婦になられてからでも遅くないです。、ゆっくりピエモンテの丘に遊びにいらしてください。その時に一緒にワインで乾杯できたらいいですね。
2009/3/2(月) 午後 10:15 [ ぶじゃねん2000 ]
どうもありがとうございます!
ボルドーやブルゴーニュもきっと素晴らしいでしょうし、イタリアにはたくさんいいワイナリーも畑もあることと思いますが、10数年前にバローロを口にしてからは、私たち夫婦にとってピエモンテは憧れの地でした。
いつか実現できる日を夢見ています!
2009/3/3(火) 午前 11:54 [ Dobbs Ferry ]
私はいつまでーもここにいますから、いつかお声をかけてくださいね。
2009/3/4(水) 午後 11:42 [ ぶじゃねん2000 ]