恋も友情もノープロブレム[小説 心に吹く風]

少しだけ、穏やかな気持ちの自分を取り戻しました(・///・)

独り言

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不吉???

結構、パワーストーン好きの私。

私専用に作ってもらった石に、大きく変化があった。
メインの石が縮んだ????
囲むようにはめ込んであったのが、ポトンと落ちた。
枠が緩んだのかな・・・・と思ってよくよく見たら、
なんだか石そのものが、小さくなってるような気がする。
そんな事ってあるのかしら。
おまけに観察してると、ワイヤーが切れているのも発見。
これは明らかに修理に出してくれというサインだと思った。
なので、修理に出す事を決意。
連絡を取って、明日にでも出してあげるから
どうぞ、元気になって帰ってきてね。


それとは別に、頂き物で、お気に入りの黄水晶のブレスレットが
スーパーの駐車場で、玉が一つパチンと弾け飛んだ。
最初は何の音だろうと思ったくらいで、気がつかなかった。
でも、車に乗り込もうとしても、シートに座りたくないくらいの違和感を感じる。
「おかしいなぁ・・・・」と思って、回りをキョロキョロ。
そして、『これだ!』と砕けた破片を見つけて叫んだ。
そして拾い上げてから手のひらに載せて初めて実感した。
『やっぱり間違いない』と思うくらい小さく幾つもの破片に砕けていた。
ちょっとショック・・・。


私の活力の元を支えてくれる石たちに、感謝しなければ!
きっと、足元を見なさい!
とか
もっと、未来を見つめなさい!
とか
注意を促してくれたような気がするから。

パズル

この2日というもの、断続的に雨が続いた。
おりしも、傷つくような事が起きたばかりで、気持ちが滅入った。


人生って不思議だなぁ・・・と思う。
そう。。。それはちょうど壮大で緻密なパズルのような気がするのだ。
自分の上に起きている事が、一体どういうことなのか
渦中にいる時にはさっぱり見えないことが多いと思う。
何がなんやら訳も分からず、ただただ振り回されて目の前の事に傷ついてしまうだけ。
目の前の事象が悲しくて辛くて泣いているのに、次の展開で真実が全く違っていた事に気がついたり
自分が信じ込まされていた事実が、大きく彎曲されていたことを知ったり・・・・。
時間の経過と、自分がいる当事者の立場を離れて遠くから客観視をする事で
事の本質が見えて来る事が多いのだ。
それは人間という枠を超えて、もっと大きなものからその一人の人生を眺めた時に
壮大で緻密なパズルのようなものではないかという気がして仕方ない。



例えば、私が多く傷ついたひとつの事に関して考えてみる。
私はその事について、最初はその人の行動に傷ついていた。
その人の言動を理解する事が出来なかったからである。
「どうして?」と思った。
そして、「どうして?」と思ったのだから、その疑問を解消しようともがいた。
すると、私がもがいたのでその人から回答と思われる「言葉」が届いた。
届いたというよりは、投げつけられ吐き捨てられた感じはするが・・・・。
私はその「言葉」の意味を必死に考え、咀嚼し飲み込んだ。
その人間関係では、そうせざるを得なかったから。
そして、原因は自分に付帯する周囲の状況にあったのだと理解し、不本意ながらも
それを飲み込んで自分が傷つくこともやむなしと受け入れた。
その傷は大きく、自分ではどうしようもない付帯する状況にまで怒りを覚えた。
だが、不思議なことに心のどこかで納得していない私がいた。
そして、その納得していない私は、『真実』を無意識のうちに求めていたようだ。
これが偶然なのかどうかは分からないが、求めたものはいつか得られるものなんだ・・と思わせられる
そんなことが確かに今までにも幾つもあった。
私が不本意ながらも嚥下した事が、1年近くの時間をかけて明らかになってきたのだ。
「仕方ない」と思って、私は自分を律してきたが、その私の元に
明らかに関係のない立場の人から、思いもよらない情報がポツリポツリと寄せられた。
中にはその事と全く関係のないような情報も多々あって、その時はさっぱり結びつかなかった。
それは、順序よく入ってくるわけではなく、また関連性を示して寄せられるものでもなかった。
ただ、三々五々と単品の情報が集まってきただけのようだったのだ。
時には、「あれ?」と思わせることもあった。
「これって、この前聞いたあの事と繋がっているんじゃないかしら」
という事が幾つかあって、バラバラのはずの情報がちらほらと繋がり、おぼろげな輪郭を映し出す。
それでも、心には引っかかるものの、それがどういう意味を成すものか、まだ分からなかった。
そして、決定的な情報が四方から同時期に寄せられた。
驚いた事に、1年近く前に私が感じた違和感の、核をなすものだった。
その核は、多くの関係ないと思われた様々な情報をも、見事なくらいに繋いでしまったのである。
それは一つのパズルの完成を見るようだった。
私の知り得ていた事実と、その裏で行われていたもう一つの事実が
なぜこういう現実を作り上げたのか、という辻褄をぴったりと表していた。
1年近くも過ぎて、ようやく「あぁ、それでこういう事になったのか・・・」と
心の底から得心がいった。
と同時に、何もわからなかったその頃の自分が情けなくなってしまった。
信じる事と、冷静に状況を観察して分析する事は別だったのに、
あの時の私にはそれが出来ていなかった。
そして、まんまと騙されて今まで自分を責め続けてきてたのだ。
騙された事は、自分の不注意だから仕方がないと思った。
だって、その他にも幾つも騙している事を承知していたし、把握しているつもりだったから。
ただ、私がとても傷ついたのは、どこかでそうやって性根を分かっていながら
肝心の部分を信じ込もうとしていたことである。
信じていたかというと、ずるさや脆弱な卑怯な部分を知っていたために信じることは出来なかった。
でも、信じようとして目をつぶる事が多かったのが実際のところだった。
一番用心しなければいけないところにまで、目をつぶっていたのだ。
そして、相手はその事を良く分かっていたのだろう。
だから、とことんまでしらを切る事で騙し果せてしまった。
私はその信頼関係に絶対の自信を持っていた分、この1年近くも前の裏切りに
今更ながらひどく傷ついた。
既に、感情的な部分は切り離せていたが、それでもこの過去の事実は
私には致命的なほど響いたし、衝撃は大きく悲痛だった。
怒りとは違う形容しようのない感情に苛まれて、眠れぬ夜を持て余した。



私が認識していた現実とは、全く違う真実がパズルの完成によってもたらされ
つくづく人間のちっぽけさを思い知る事になった。
一人の人生には、罠や落とし穴や隠し扉など、人の思いつく裏の裏を斯くような真実が
たくさんちりばめられていて、まるで人智を超えた大きな力で「試練」という名の下に、
試され淘汰されてるような気がする。
私は、今回は『不合格』というところか。笑
だって、人の闇や悪心など、全く計算できなかったから・・・。
「騙すより騙された方が・・・・」なんて、負け惜しみに聞こえる。

うぐぐ・・・

体中が痛い・・・・。


日曜日に小学校の運動会が行われた。
朝になってから、かなりの量の雨が降り始め、どうなる事かと心配したが
開始時間を遅らせて、予定通りに行われることになったのである。
全校生徒240人あまりの小さな小学校は、児童だけでは通常のプログラムが
あっという間に終わってしまうので、PTAや地域の自治会との合同運動会となる。
今年私は、小学校のPTAの理事をしている。
更に、地元子ども会育成会の副会長でもあり、また自治会の組長も兼任だ。
必然的に、それぞれの立場でそれぞれ役割があり・・・・
うんざりするほどの忙しさだった。
PTAや、自治会からもプログラムへの参加を要請されたが、
あいにく私は体を一つしか持ち合わせていない。
こういう事になると、やたら参加したがる人もいるが、実際はそういう人はごくごく稀で
それぞれの種目の人数を埋めるのに、組長や理事として四苦八苦する事になった。
もう、最後は自由の利くうちの子どもも駆り出すことになる。
「え〜〜〜〜!!!???めんどい!!!」と難色を示す高校生の三男に
「何言ってんの!!組長に当たった年はこれも仕事のうちなんだからね!
つべこべ言わずに出なさい!!!!」
と、威嚇してサッサと名簿に名前を載せた。
それでも足りないという種目には、PTAの理事の仕事の当番から
外れている時間帯の種目に、自動的に参加である。
その種目というのが、【綱引き】でした。
バタバタと、自分の担当の種目の写真をとり終えると
ダッシュでカメラを預けて、即行綱引きに参加した!!!
めんどうだなぁ、と思ってはいたが、いざ入場門に並ぶと
持ち前の負けん気がむくむくと顔を出す。
仲のいいお母さん連中ばかりだったので、「子どもには負けるまい」と
気勢を上げた。
人数は、お父さんお母さん選手の倍以上いる、上級生児童との綱引きは
親の方も心してかからないとやられてしまう。
全3回戦のうち、1戦目は上級生児童と、お父さんお母さんチームの戦いだった。
最初引きずられて、どうかな・・・・と思ったが、巻き返して勝利した。
2戦目は、男の子児童とお母さんチームがタッグを組み、女の子児童と
お父さんチームがタッグ組んだチームと戦う。
ズルズルと引きずられて、もうあと10cmで負けるというところで、
「1、2、3で一気に引くよぉ!!!」の掛け声に乗り、
力を分散しないようにすると、ちょっとずつ引き返して勝ってしまった。
お母さんチームは、「やったね!子どもに負けるわけには行かないもんね。」
なんてご満悦だったが、一緒に参加していた3男に
「信じられ〜ん!大人気ない、子どもに意地でも勝つもんね。」
と、呆れられてしまった。(^∀^|||) 
だってね、「負ける」のが嫌な、お母さんだらけだったんだもん。
一日中、お昼ご飯を食べた15分を除いて、座る暇もありませんでした。
クタクタで帰宅した夕方には、早くも体中がこわばり始め・・・・
本日筋肉痛でヒィヒィ言ってます。
綱引きって、全身に力が入るから、容赦なく全身がきしんでいます。
立ったり座ったりが地獄です・・・・(lll-ω-)ズーン
回復するのに、何日かかるのかな・・・
(||゚Д゚)ヒィィィ!

いつの間にか、夏真っ盛り。

暑いのが苦手で、苦痛としか思えないのだけど、毎日色んなものに追われている内に

時間だけは確実に過ぎていってる事に気がついてしまう。

やらなければならない事。

やりたいと思っている事。

やるべきかどうか迷っている事。

やりたくない事。

色んなものを置き去りにしている。

分かっているのだけど、どれにも手をつけたくない自分がいる。

グズグズと、目を逸らして先延ばしにしている自分がいる。

こんな事したって何の解決にもならない事なんか、千も万も承知の上だ。

それでも、どうしてもやる気も起きず、腰も上がらず、手をつけない自分に

今日も一番失望しているのは、私自身だ。

季節は間違いなく過ぎているのに・・・・。

赦す

自分でも良くわかってはいるのだけど、中々実践出来ないのが
この『赦す』という行為である。
いや、『赦せる』ことは多分に自分の中では大多数だと理解している。
ただ、『どうしても』『赦す』事が出来ないことが幾つかあって
それが私の日常を引き裂いているように思う。
何よりそこには、『赦せない自分』が存在する。





〜引用〜         「ゆるすということ」より 
                       ジェラルド・G. ジャンポルスキー

          ゆるすことは
          幸せになるための処方箋

          ゆるさないことは
          苦しむための処方箋

          苦しみの原因が何であれ
          苦しみにはすべて「ゆるさない」という種が
          宿っていないだろうか?

          復讐の念を燃やしつづけ
          愛や共感を出し惜しみすれば
          健康を害し 免疫が低下することは
          まちがいない

          当然だと思われるような怒りでも
          こだわりつづけていれば
          神の安らぎを味わえなくなる

          ゆるしとは
          その行為をよしとすることではない
          残虐な行動を
          見逃すことではない

          ゆるしとは
          怖れに満ちた過去に
          こだわりつづけるのをやめること

          ゆるしとは
          古傷を引っかいて
          血を流しつづけるのをやめること

          ゆるしとは
          過去の影に惑わされることなく
          いまこの瞬間に
          100%生き 100%愛すること

          ゆるしとは
          怒りからの解放であり
          攻撃的な思いにさよならすること

          ゆるしとは
          誰に対しても
          愛を拒まないこと

          ゆるしとは
          ゆるさないという思いから生じた
          心の空洞を癒すこと

          ゆるしとは
          過去に何をした人でも
          すべての人のなかに
          神の光を見ること

          ゆるしとは、相手のためだけでなく
          自分自身のためであり
          自分が犯したまちがいのためであり
          くすぶりつづけている罪悪感と
          自分を恥じる気持ちのためである

          最も深い意味でのゆるしとは
          愛で満ちた神から自らを
          切り離してしまった自分を、ゆるすこと

          ゆるしとは
          神をゆるすことであり
          神は自分を見捨てたという
          おそらくはまちがっている考えを
          ゆるすこと

          いまこの瞬間にゆるすということは
          もう先延ばしせずに
          ただゆるすこと

          ゆるしは心の扉を開け
          感情をスピリットと一体にし
          すべての人と一体にし
          すべての人を神と一体にする

          ゆるすのに
          早すぎることはない
          遅すぎることもない

          ゆるすにはどれだけの時間が
          必要だろうか?

          それはあなたの価値観しだい

          絶対にムリだと信じるなら
          絶対に起こらない

          半年かかると信じるなら
          半年かかる

          一秒ですむと信じるなら
          一秒ですむ

          私は心から信じている
          一人ひとりが
          自分も含めてすべての人を
          完全にゆるせるようになったとき
          世界は本当に平和になるということを

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