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茨城県水戸市の書道研究書粹會、藤岡志龍のブログです。漢字、かな、実用書道、ペン習字、篆刻、学生書写などを教えています(^_^)

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ご無沙汰です^^

あけましておめでとうございます。

すっかりご無沙汰しておりました。
なんと7か月ぶりの投稿となってしまいました。
 

この間、おかげさまで忙しく、
臨時で篆刻講座をやることになったり、お稽古の時間が増えたりと、
バタバタとしていました。
 
 
イメージ 1
 

今年は2月から写経の講座を新たに始めることになっていたりして、
更に忙しくなってくるような予感。
 
でもなんとかやりこなして、
2014年も充実させていけたらと思っております。
 
 
 
皆さまが『大吉』な一年でありますように、
との思いを籠めて、今年の賀状をアップしてみました。
 
皆さまのご多幸をお祈りしています。
今年もよろしくお願いいたします。

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もう少し・・・

こんにちは!


前回の記事は、メインのPCがXPでそろそろ限界か?という話題だったんですが、

らっくさんからクロムのお話をいただいて、そうかブラウザ関係かもしれない!と。


クロムはずっと前からインストールしてはあったのですが、

windowsを使い始めてからずっとIEで慣れていたので、

試しに使ってはみたもののやはりIEの方が使いやすい気がしてずっとIEを使ってきました。


で、今回をきっかけにクロムを使ってみたら、これがなんと驚きの速さ!

無駄な読み込みのようなものもほとんどなく、

もちろんIEのときのフリーズ状態みたいなのも全くなく、サクサク(^o^)

そんなわけで今はクロムに切り替えてだんだん使い慣れてきました。

この記事もクロムを通して打ちこんでいます。


するとクロムを使うようになってからは、他のソフトもなんだかサクサク動く感じで、

PCのスピード自体が上がったみたいに感じるようになったんです。

月刊書道誌『書粹』 の編集に使っているPagemaker7.0も、

少しスムースに動くようになった気がしています。

イメージ 1



てなわけで、もう少し今のPC、XPで粘ってみようかとも思っているところです。

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そろそろ・・・

カカカッ
 
 
 
 
 
・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(ー_ー)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
(ー_ー#)
 
 
 
 
 
 
 
 
・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
カッッッカカッ
 
 
 
 
 
こんにちは!
 
このところ昼間はとても暑く・・・
 
夜になるとサーッと冷えて来て・・・
 
なんか変な天気ですね。
 
 
 
 
 
さて、実は、私のメインのPCはいまだにXPなんです。
 
まだXPなの?って笑われそうですが、
 
毎月私のところで発行している 月刊書道誌『書粹』 の編集にPagemaker7.0を使っていて、
 
普通は競書誌の写真撮影や編集作業などは印刷所に依頼したりするのでしょうが、
 
少しでも経費を節約するため、印刷の一歩手前まではPagemaker7.0を使って自分ひとりでやっています。
 
イメージ 1
 
 
そのPagemaker7.0がXPの次からのOSに対応しているかどうかちょっと不安な面もあって・・・
 
今まで使っていた他のソフトもそのまま移行して使えるのかどうか・・・
 
 
XPはとても優秀なOSで、すごく気に入っていたんですが、
 
最近、特にYahoo!ブログのページを開くたびに、ページの表示がとても遅くて、困っています。
 
何が原因なのか、最近やたらと多いPR広告や、フェイスブックなどとのリンクの関係なのか、
 
よくわかりませんが。
 
XPのサポートももうすぐ終了する、とのことで、そろそろ限界か?
 
 
 
 
 
7なら何とか対応しているのか・・・
 
ということで、そろそろ新しいOSのPCに切り替えようかと思っているところです。

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こんにちは!
 
今日の水戸は暑くも寒くもないのですが、雨が降ったり止んだりの天気です。
 
予報では今日明日は曇り時々雨との予報でしたので、今のところは予報通りっていう感じです。
 
 
 
 
 
 
さて、王羲之の書におけるコブの墨痕や特に草書における旋回の仕方について見てきましたが、
 
昨日の記事では、墨跡本と拓本で旋回の仕方が違っているところまで見てきました。
 
で、今日は一連の記事の締めくくりとして、タイトルのとおり、
 
ではなぜ墨跡本の旋回と拓本の旋回とでは違って(修正されてしまって?)いるのか、
 
ということについて述べてみたいと思います。
 
 
 
まず、墨跡本の旋回と拓本の旋回とで違って(修正されてしまって?)いる顕著な例として、
 
昨日の記事で採り上げた、『遠宦帖(省別帖)』の「兼」を、
 
らっくさんから指摘していただいた澄清堂帖本のものと合わせて再掲してみます。
 
イメージ 1
このように、墨跡本の旋回と拓本の旋回とでは全くといっていいほど違っています。
 
ではなぜ墨跡本の旋回と拓本の旋回とではこのように違って(修正されてしまって?)いるのでしょうか。
 
それは墨跡本の方は美術品として、拓本の法帖はお手本として、
 
それぞれに違った目的で作られたものだからだと考えることができるかもしれません。
 
拓本の法帖というのは主に手習いのお手本として刻されたものということもあるようですから、
 
コブの墨痕やアクセントのある激しい旋回などがあってはお手本としては都合が悪い、
 
習いにくいものになってしまう可能性がある、
 
そこで、習いやすいようにという刻者、あるいはそれを命じた人物の配慮によって、
 
修正されたのではないか、と考えることもできます。
 
 
 
そこでこういう考え方もできるかもしれません。
 
墨跡本で見るコブの墨痕やアクセントのある激しい旋回が、
 
拓本ではスムースな旋回になって(修正されてしまって?)いる、
 
ということは、もし墨跡本が真を伝えているとすると、
 
拓本ではスムースになっている旋回の部分のうちの幾つかに、否もしかしたら多くに、
 
実際に王羲之が書いた墨跡にはアクセントのある激しい旋回をした箇所もあったのではないか、と。
 
 
 
たとえば、「至」を王羲之大字典で引くと、
 
イメージ 2
 
このようにたくさん字例が出てくるわけですが、
 
旋回の部分を視てみるとそのほとんどがスムースな旋回であるように見られます。
 
しかしこの中の幾つかには、アクセントのある旋回もあったと考えられるのではないかと思うのです。
 
 
 
書聖・王羲之なのです。
 
『蘭亭序』の20例ある「之」の字のすべてを違う書きぶりに書き分けていたくらいなのですから、
 
旋回の仕方もさまざまに書き分けていたと考える方がむしろ自然なような気もするのです。
 
 
 
 
 
拓本の法帖で勉強するときに、
 
刻者は王羲之の書から何を捉え、そして学習者に何を学んでほしかったんだろう、
 
上野本の刻者は何を、三井本の刻者は何を・・・
 
そんなことにイメージを膨らませながらそれぞれを臨書するのも楽しいことなのではないでしょうか。
 
 
 
 
 
コブの墨痕や旋回の仕方についての私の考えるところは以上です。

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こんばんは!
 
昨日に引き続き今日もよい天気の水戸、昨日よりも温かく感じるくらいです。
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、昨日の記事の続きになりますが、
 
今日は、王羲之の特に草書における旋回が、拓本ではどのように処理されているのかを見ていきます。
 
 
 
昨日の記事で採り上げた、『遠宦帖(省別帖)』の中の5箇所の6つの文字を中心に視てみます。
 
というのも、墨跡本の『遠宦帖』(以下、墨跡本)は、『十七帖』の中に『省別帖』として収録されていて、
 
比較するには格好の法帖です。
 
拓本は『十七帖』ですから、もちろん、上野本と、三井本がありますので、
 
墨跡本と合わせて3種を比較して視ていきます。
 
 
 
 
まずは昨日挙げた、王羲之の特に草書における旋回4種。
 
イメージ 1
 
以下それぞれ、旋回A、旋回B、旋回C、旋回Dとします。
 
 
 
まず、1行目の上から2文字目の「別」を視てみると、
 
イメージ 2
 
墨跡本では筆圧の強いアクセントのある旋回Dのようになっています。
 
しかし、上野本では筆の方向が変化している程度の旋回Bになって(修正されてしまって?)います。
 
三井本に至っては抵抗もなくスムースに回っている旋回Aになって(修正されてしまって?)います。
 
 
次に、2行目の上から6文字目の「懸」を視てみると、
 
イメージ 3
左下の旋回では、墨跡本では筆圧の深くかかったアクセントの強い旋回Dのようになっています。
 
しかし、上野本では抵抗もなくスムースに回っている旋回Aになって(修正されてしまって?)います。
 
そして、三井本では筆の方向が変化している旋回Bになって(修正されてしまって?)います。
 
中央の旋回になると、墨跡本ではリズムとアクセントをつけた旋回Cのようなものですが、
 
上野本では、極細の軽々として弱々しいスムースな旋回Aのようなものになって(修正されてしまって?)いて、
 
墨跡本とはまるで違って見えます。
 
そして三井本では、筆の方向が変化している程度の旋回Bになって(修正されてしまって?)います。
 
 
 
次に、同じく2行目の下から3文字目の「武」を視てみると、
 
イメージ 4
 
墨跡本では筆を突きなおしてアクセントをつけた旋回Cのようになっています。
 
しかし、上野本では「懸」の中央の旋回と同様に、
 
極細の軽々とした旋回Aのようなものになって(修正されてしまって?)います。
 
そして、三井本では筆の方向が変化している旋回Bになって(修正されてしまって?)います。
 
 
 
次に5行目の最下の2文字「平安」を視てみると、
 
イメージ 5
「平」の旋回では、
 
墨跡本では筆圧を強くかけてアクセントをつけた旋回Dのようになっています。
 
しかし、上野本では何の抵抗も与えていないスムースな旋回Aのようになって(修正されてしまって?)いて、
 
三井本では、上野本ほど軽くはありませんが、
 
筆の方向が変わった程度の旋回Bのようになって(修正されてしまって?)います。
 
また「安」の旋回では、
 
墨跡本では筆を突きなおしてリズムをつけた旋回Cのようになっています。
 
しかし、上野本では「平」と同じく軽々と何の抵抗も与えない旋回Aのようになって(修正されてしまって?)いて、
 
三井本では「平」と同じく筆の方向を変えている程度の旋回Bのようになって(修正されてしまって?)います。
 
 
 
最も顕著なものでは、3行目の下から2文字目の「兼」を視てみると、
 
イメージ 6
墨跡本では筆を逆筆であるかのように左に打ち直し、深く重厚に筆を突いてから旋回していて、
 
旋回Cの発展したもののような旋回になっていますが、上野本では何の抵抗も与えない旋回Aのように、
 
そして三井本では筆の方向を変えている程度の旋回Bのように、
 
それぞれなって(修正されてしまって?)います。
 
 
 
 
ここまで視てきて、墨跡本と、上野本や三井本といった拓本と、どちらが信頼できるでしょうか。
 
もし王羲之の書の旋回がスムースなものだけであるとすると、
 
『妹至帖』のコブを含め、旋回Cや旋回Dのある墨跡本の方がおかしい、
 
真を伝えているのは拓本ということになり、墨跡本そのものに疑問を持たねばならなくなりそうです。
 
 
そしてさらに、拓本が真を伝えているとするならば、
 
墨跡本は双鉤塡墨の技術が低いのか、あるいは臨本程度の類になってしまいます。
 
あるいはもし墨跡本が双鉤塡墨で疑いないものと認めるとすると、
 
双鉤塡墨の技術に問題があり、墨跡本は頼れるものではない、ということになってしまいそうです。
 
 
 
逆に、拓本が嘘をついているとするならば、

拓本の(修正されてしまった?)スムースな旋回が嘘で、
 
墨跡本の旋回が真を伝えているということになることでしょう。
 
とすると、『妹至帖』のコブも真を伝えている、という考え方もできるかもしれません。
 
 
 
また、拓本が嘘をついているとすると、字典に載っている字例もそのほとんどが嘘である、
 
頼れるものではない、ということになってしまうのかもしれません。
 
その字例のほとんどが拓本からのものなのですから。
 
 
 
またあるいは、このように見てくると、

墨跡本も嘘、拓本も嘘、どちらも真を伝えてはいない、という見方もできそうです。

よって墨跡本とて拓本と同様、信頼できるものではないのかもしれず、
 
(重)翻刻のものは論外として、墨跡本の方が拓本よりも頼りになるとはいいきれないのではないかと。
 
なぜなら、墨跡本の旋回やコブが嘘だとするならば、双鉤ミスということになり、
 
そのようにはっきりとした双鉤ミスがあるとするならば、
 
他の箇所にも双鉤ミスがたくさんあるのではないかと考える方が自然で、
 
そのようなミスだらけの墨跡本は頼れるものではないだろうからです。

 
 
 
 
ではなぜ墨跡本の旋回と拓本の旋回とではこのように違って(修正されてしまって?)いるのでしょうか。
 
長くなりましたのであともう一回だけ・・・
 
 
 
 
追記
 
折罫の影響もないようなところに、コブといえそうな旋回を発見!
 
これです。
 
イメージ 7
 
王羲之哀禍帖の2行目の最下の3字「奈何奈」です。
 
上の「奈」の旋回は直線的で力強いアクセントをつけて旋回しているし、
 
下の「奈」の旋回はいったん筆を下に落として筆を突きなおしてから旋回しているように見えます。
 
これはコブ付きの旋回といってもいいかもしれません。
 
このように、よくよく探していくとさまざまな旋回の仕方を見つけることができます。
 
 
 
さらに追記です。
 
らっくさんがコメントにてご指摘の、澄清堂帖本『省別帖』の「兼」は、
 
イメージ 8
 
このようになっています。
 
墨跡本などで旋回しているところではあえて連綿させていないように見えます。

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