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茨城県水戸市の書道研究書粹會、藤岡志龍のブログです。漢字、かな、実用書道、ペン習字、篆刻、学生書写などを教えています(^_^)

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こんにちは!
 
今日の水戸は暑くも寒くもないのですが、雨が降ったり止んだりの天気です。
 
予報では今日明日は曇り時々雨との予報でしたので、今のところは予報通りっていう感じです。
 
 
 
 
 
 
さて、王羲之の書におけるコブの墨痕や特に草書における旋回の仕方について見てきましたが、
 
昨日の記事では、墨跡本と拓本で旋回の仕方が違っているところまで見てきました。
 
で、今日は一連の記事の締めくくりとして、タイトルのとおり、
 
ではなぜ墨跡本の旋回と拓本の旋回とでは違って(修正されてしまって?)いるのか、
 
ということについて述べてみたいと思います。
 
 
 
まず、墨跡本の旋回と拓本の旋回とで違って(修正されてしまって?)いる顕著な例として、
 
昨日の記事で採り上げた、『遠宦帖(省別帖)』の「兼」を、
 
らっくさんから指摘していただいた澄清堂帖本のものと合わせて再掲してみます。
 
イメージ 1
このように、墨跡本の旋回と拓本の旋回とでは全くといっていいほど違っています。
 
ではなぜ墨跡本の旋回と拓本の旋回とではこのように違って(修正されてしまって?)いるのでしょうか。
 
それは墨跡本の方は美術品として、拓本の法帖はお手本として、
 
それぞれに違った目的で作られたものだからだと考えることができるかもしれません。
 
拓本の法帖というのは主に手習いのお手本として刻されたものということもあるようですから、
 
コブの墨痕やアクセントのある激しい旋回などがあってはお手本としては都合が悪い、
 
習いにくいものになってしまう可能性がある、
 
そこで、習いやすいようにという刻者、あるいはそれを命じた人物の配慮によって、
 
修正されたのではないか、と考えることもできます。
 
 
 
そこでこういう考え方もできるかもしれません。
 
墨跡本で見るコブの墨痕やアクセントのある激しい旋回が、
 
拓本ではスムースな旋回になって(修正されてしまって?)いる、
 
ということは、もし墨跡本が真を伝えているとすると、
 
拓本ではスムースになっている旋回の部分のうちの幾つかに、否もしかしたら多くに、
 
実際に王羲之が書いた墨跡にはアクセントのある激しい旋回をした箇所もあったのではないか、と。
 
 
 
たとえば、「至」を王羲之大字典で引くと、
 
イメージ 2
 
このようにたくさん字例が出てくるわけですが、
 
旋回の部分を視てみるとそのほとんどがスムースな旋回であるように見られます。
 
しかしこの中の幾つかには、アクセントのある旋回もあったと考えられるのではないかと思うのです。
 
 
 
書聖・王羲之なのです。
 
『蘭亭序』の20例ある「之」の字のすべてを違う書きぶりに書き分けていたくらいなのですから、
 
旋回の仕方もさまざまに書き分けていたと考える方がむしろ自然なような気もするのです。
 
 
 
 
 
拓本の法帖で勉強するときに、
 
刻者は王羲之の書から何を捉え、そして学習者に何を学んでほしかったんだろう、
 
上野本の刻者は何を、三井本の刻者は何を・・・
 
そんなことにイメージを膨らませながらそれぞれを臨書するのも楽しいことなのではないでしょうか。
 
 
 
 
 
コブの墨痕や旋回の仕方についての私の考えるところは以上です。

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