なんちゃって牧師の日記

説教要旨と牧師という職業で日々感じることを日記にしてみました。

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    「分裂と一致」創世記11:1−9、2019年6月9日ペンテコステ船越教会礼拝説教


・今日は聖霊降臨日、ペンテコステの礼拝です。


・使徒言行録第2章1節から13節に、このペンテコステの出来事が記されています。そこにはこのように記

されています。


・≪五旬祭の日が来て、一同(イエスの十二弟子)が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹

いてくるような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分か

れに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほか

の国々の言葉で話し出した≫(使2:1-4)と。



・すると、様々な国々に散って生活していたディアスポラのユダヤ人で、晩年彼らの故郷の国からエルサ

レムに移住して生活していた大勢の人たちが、その物音を聞いて集まって来て、≪そして、だれもかれ

も、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけに取られてしまった≫(同2:6)というので

す。


・使徒言行録2章7節以下には、≪人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤ

の人ではないか。(イエスの弟子たちは皆ガリラヤの人でした)。どうしてわたしたちは、めいめいが生

まれた故郷の言葉を聞くのだろうか」(同2:7,8)。そしてエルサレム在住のディアスポラのユダヤ人た

ちの様々な故郷の国々の名前が挙げられているのです。≪わたしたちの中には、パルティア、メディア、

エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フィリギア、パ

ンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の

者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわ

たしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」≫(同2:9-11)。


・エルサレム在住のディアスポラのユダヤ人たちは、ガリラヤ人であるイエスの弟子たちによって彼らの

故郷の国々の言葉で神の偉大な業が語られているのを聞いて、≪驚き、とまどい、「いったい、これはど

ういうことなのか」と互いに言った≫(同2:12)というのです。


・≪しかし、「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、あざける者もいた≫(同2:

13)と、使徒言行録の著者はペンテコステの記事を閉じているのであります。


・この使徒言行録2章のペンテコステの出来事を伝える記事と、先ほど司会者に読んでいただいた創世記1

1章1節以下のバベルの塔の物語とは、内容的に繋がっていると言ってよいでしょう。


・バベルの塔の物語では、地上に存在する諸氏族、諸民族はみな、ノアの子孫であって、同じ言葉を使っ

て、同じように話していたのです。その中で、≪東の方から異動してきた人々は、シンアルの地に平野を

見つけ、そこに住み着いた≫(創11:2)と言われています。この「シンアルの地」はバビロニアの地のこ

と、即ちメソポタミヤを意味します。古代文明の一つであるメソポタミヤ文明の展開がこの物語の背景を

なしていると思われます。


・メソポタミア文明の発展によってそこに建設された町は、相当社会機構も整備し、複雑になっていたと

思われます。その文化、社会の発達の中で、人々は何を思い、何を試みたのでしょうか。11章4節に、

「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。そして、全地に散らされることのないようにしよ

う」と言われています。


・秋田稔さんは、「これは人間社会の発達をえがきつつ、その背後に専制王国の首都建設を想像させるよ

うな叙述である。首都の中央に、どこからもみえる巨大な塔を立てようという、権力の集中と、それによ

る社会の統制。権力を振るい勢力をのばすことによって、まさに神と張り合おうとする権力者。文化は飛

躍的に発達し、王の庇護下の人々の心も、企てて出来ない事はないとおごりたかぶる。巨大な王国、栄華

をほこる文化。だがその奥には、権勢欲と不敵なる自信、傲慢がある。この箇所の記者たるヤㇵウィスト

は、さらに問題を掘り下げて、文化、社会の発達そのものの中に、手ばなしではよろこび得ないどす黒い

ものがあることを決して見逃さなかった」と言っています。


・物語は、神ヤハウエがこのさまをみて、この人間の高慢をこらしめるために、それまで一つだったかれ

らのことばを互いに通じないようにみだします。しかも人々を全地に散らしたので、人々は町を建てるこ

とを断念せざるをえませんでした。それでこの町は乱れとよばれるという風に展開します。


・ここでは、権力組織、文化の底にひそむ人間の罪が指摘されると共に、ことばを異にする民族の成立が

人間の罪と無関係ではない事が主張されているといえるでしょう。華やかな文化に心奪われて、無批判に

それに追従し、文化を謳歌することなく、また民族と民族との間の解きがたい問題性を見逃さなかった聖

書の民は、ある意味ではおどろく程現代的でもあります。現代ほど、文化の発達がそのひずみを露呈し、

民族、人種問題が複雑深刻になっている時代は、かつてなかったからであります。


・また、もっと一般的にこの箇所をみても、人間の高慢、神から離れ、自らが神のようになろうとする心

が、お互いを結び合わせるどころか、人間相互の無理解を生み、かえって人と人を離してゆくという見方

も、深い人間洞察を含んでいます。


・この創世記11章は、メソポタミア文明、特にマルドゥクの神殿と塔をもってメソポタミアに君臨してい

た神の都バベルをその背景として想定させるものをもっています。聖書の民はバラル(乱す)と関係づけ

ましたが、バベルとはバビロニア語では「神の門」の意であるといいます。イスラエルの先祖が最初に住

みついた地、そして最初に接した文化も、メソポタミアとその文明でありましたが、紀元前587年のバビ

ロンによる南王国ユダの滅亡とユダの民の捕囚の地もそうでありました。被支配、弱小民族であるイスラ

エルが、支配民族に吸収されることなく、逆にそのはらむ問題性を、人間の問題性の次元にまで深めて大

胆正確に把握し、批判したことは、驚異であるというほかはありません。彼らのヤハウエ信仰が、この世

の権力に屈せず、おそれず、また自己正当化をも拒否して、このような、自己をも含めての人間の真相、

その問題性の指摘を可能ならしめたのであります。

(以上は、ほぼ秋田稔『聖書の思想』による)


・もしこの創世記11章のバベルの塔の物語を、そのように解釈できるとするならば、使徒言行録のペンテ

コステの記事で、ガリラヤ人であるイエスの弟子たちによって様々な国々の言葉で神の偉大な業が語られ

たということは、人間の罪からきている異なる言語による諸民族の分裂がペンテコステの出来事によって

克服されていることを意味していると言ってよいでしょう。


・イエスの生涯と十字架と復活という福音の出来事が、異なる言語を語る民族の違いによって分断されて

いる人々を、権力による統制によってではなく、イエスの福音の下、自発的に互いに他者を隣人として受

け入れ合い、仕え合い、助け合って共に生きる仲間として、一つになって生きる。そのようにして、民族

や人種による分裂が克服されて、違いを持った人間同士が、そのままで一つになる道が開かれたというの

です。


・私たちは、このイエス・キリストによる和解と平和が、神によって実現成就される終末論的な出来事で

あることを、その信仰によって信じています。


・ペンテコステの出来事が教会の誕生だとすれば、イエスの福音によって一つにされた教会の群れは、民

族や国家による分断と争いの中で翻弄されている現代を生きる人々に、その分断と争いを越えて、イエ

ス・キリストによる和解と平和を示していかなければなりません。


・最近新聞を読んでいて、貧困や環境破壊、感染症など国境を超える課題を解決するため「世界連邦」の

樹立を目指す「世界連邦推進日本協議会」(会長・海部俊樹元首相)が、東京都内で日本大会を開いたこ

とを知りました。その日本会議で、自国第一主義が台頭する現在こそ、世界連邦が必要との認識で一致

し、「世界中に山積する課題を解決する道は世界連邦しかない。理想を実現しよう」との宣言を採択した

というのです(東京新聞)。


・そこで「世界連邦」について調べてみました。


・「世界連邦とは、世界の国々が互いに独立を保ちながら、地球規模の問題を扱う一つの民主的な政府

(世界連邦政府)をつくることです。国際紛争は国家間の戦争ではなく、世界法にもとづいて連邦政府に

よって平和的かつ公正に処理されます。そして、連邦政府によって直接募集・訓練された世界連邦警察軍

が、世界の安全保障の責任を持ち、各国の軍備は大幅に縮小または全廃されます。このように世界連邦が

実現すると、国家間の戦争は不可能になり、不必要となるのです。地球環境の保護や貧困・飢餓の救済、

人権問題の解決も、手間のかかる国家間の条約によってではなく、連邦政府の地球的視野での政策決定を

通じて行われてゆきます。世界の人々は、各国の国民であると同時に地球市民として平等で、基本的人権

も尊重されます。世界連邦運動は、国際連合の改革と強化を通して世界連邦を実現し、世界各国が世界連

邦政府の下で法的かつ効率的に、ひとつの秩序のもとで平和と人権を守ってゆける世界を築こうとする運

動です」とありました。


・この試みも、神による人間と人間の和解と平和の実現を信じる私たちキリスト者にとって大切な試みの

一つではないかと思いました。


・世界教会協議会がどのような活動をしているのか、私には分かりませんが、民族や国家の枠を越えた世

界教会というエキュメニズムの運動も大切な運動ではないかと思います。


・キリスト者も地球市民であることを自覚して、民族や国家の壁を突き破って、平和と人権が大切にされ

る世界の創造に参与していきたいと願います。


・今日はペンテコステの出来事には、異なる言語による民族や国家の分断と争いを超えて、すべての人が

神による和解と平和の実現に与かる恵みが、教会の誕生を通して語られていることを、みなさんと共に確

認したいと思いました。


 祈ります。


 神さま、あなたが私たちに下さったイエスの福音は、民族や国家による分断と争いを超えて、どのよう

な民族や国に属していても、すべての人が大切にされて、平和に生きる、命であり、道であり、真理で

す。

 今なお覇権主義的な国家が力を持ち、民族や国家による分断と争いから解放されていないこの世界の現

実の中で、私たちはペンテコステの出来事を信じます。イエスの福音による全ての人の和解と平和の実現

を信じます。

 どうかそのような者としてふさわしく日々の生活に勤しむことができますように、私たちを支え導いて

ください。

 今日礼拝に集い得なかった私たちの仲間の一人ひとりを、どうぞその場にあってお導き下さい。体も心

も弱さの中にある者を支えて下さい。また、この社会の中で片隅に追いやられて苦しむ人々を助け、支え

てください。

 この祈りを、イエスのお名前を通し、あなたに祈ります。


                                    アーメン。


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