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さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」
保守の会会長 松山昭彦のブログ

書庫閑話

1からのつづきです。


(1)我が国が一方的に悪かったと言う歪んだ歴史観となっているがそれならば、米国が戦時国際法「ハーグ陸戦法規」に大きく違反して、我が国に2つの原爆を落とし、全国の主要都市に焼夷弾を落として、数十万人を超える我が国の民間人を殺戮、殺傷した事を貴殿は国際法上、合法とするのか。

(回答)原爆が落とされた→日本軍は中国の都市と言う都市に空襲を敢行している。つまり、それだけ日本軍による中国等での殺戮が残酷であったからである。話では日本の戦死者300万人に対して、中国他の戦死者2000万人とも言われている。合法云々の話ではない、もとより日本軍に合法があったのか・・



(2)1905年、我が国がロシアに勝利した翌年、米国は、我が国を仮想敵国とした「オレンジ・プラン」を策定し、その後何度も見直しを繰り返していました。その事についてどう思われるか。

(回答)オレンジプラン→それは現在でも常に米軍は敵を仮想してやっている事であって、現実に日本でも策定されているものだ。



(3)開戦前、米国、英国、蘭國、中国が結託した我が国に対しての所謂ABCDラインによる経済封鎖を正当なものであったと考えるか。

(回答)日本への経済制裁は、今の北朝鮮への経済制裁と何ら変わるところがない、満州建国を不当とした世界の反発は当然だろう。



(4)米国では、日本を追い詰める為に、1924年、日系米人迫害法であった「排日移民法」を策定し、日系米人に対して徹底的な迫害を続けた。これをどの様に思われるか。

(回答)強制収容は止むを得ない措置じゃないか。ナチスのように殺されなかっただけめっけもんだ。



(5)米国は、昭和16年7月25日、我が国の在米資産を一方的に凍結しその後英国並びに蘭国もそれに追従した事についてどの様に思われるか。

(回答)戦争になれば、資産を盗んでいく輩は後を絶たない、日本も朝鮮や満州から戦利品だとして持って帰っているのだ。



(6)米国は、昭和16年8月1日、我が国を経済的に立ち行かなくする目的で我が国に対して、「石油の全面禁輸」を実施し、その後、英国並びに蘭国も我が国に対して同様の制裁をした。その事についてどの様に思われるか。

(回答)石油禁輸→当然に想定しなければならないことであって、考えが甘過ぎると言わねばならない。



(7)昭和16年8月9日〜14日、米国のルーズベルト大統領(当時)と英国のチャーチル首相(当時)は大西洋洋上会談を行い我が国を追い詰め、我が国に第一撃を撃たせる為の相談をした。そしてその後ほぼそのシナリオ通りにあらゆる手段を行使して我が国を追い詰めた。その事についてどう思われるか。

(回答)米英の洋上会談→戦争に至る要素は常に不確定、短気を起すか否かだ!北朝鮮は言葉だけの咆哮だが、日本は実力行使をしてしまった、その違いは大きい。



(8)米国は昭和16年8月、日本と戦っていた蒋介石・国民党軍に対して航空戦力援軍協定を結び中国に多数のパイロットと共に戦闘機を送り込み我が日本軍を攻撃しました。ちなみに、その飛行隊はフライイングタイガーズ(中国名は「飛虎隊」)と呼ばれておりフライイングタイガーズが日本軍に対して最初の攻撃をしたのは我が国が真珠湾を攻撃する約1ヶ月半前昭和16年10月20日だったということだ。その事についてどの様に思われるか。

(回答)日中での戦況は最悪の状況に至っており、更に真珠湾を攻撃するなどキチガイ沙汰だ!



(9)所謂「東京裁判」においてただ1人国際判事の資格を持っていたパール博士をして「この様なものを突き付けられたならば、ルクセンブルクの様な弱小国であっても矛を持って立ち上がるであろう」と言わしめた(最後通牒・所謂)「ハル・ノート」(昭和16年11月26日)をあなたは素敵で正当なものであったと思うか。しかも、その「ハル・ノート」は、今やソ連のコミンテルンのスパイであったということが明らかとなっている「ハリー・ホワイト」が米国と日本を戦わせる目的で作成したものであるということが明らかとなっている。その事について貴殿はどう思うか。また「ハル・ノート」を我が国に突き付けた翌日、米国のルーズベルト大統領(当時)は、米国太平洋艦隊に対して、日本に対する攻撃命令を出していました。その事についてどの様に思われるか。

(回答)ハルノート→その前に国際連盟で結成されたリットン調査団が満州国建設に対しての違法性を指摘している、そのために日本は国連を脱退した。すでにこの時点で、日米開戦の可能性は高まっていたのだ。
太平洋艦隊の攻撃命令は預かり知らぬが、多分、経済制裁の下での軍艦等航行等阻止命令が出ていたのであろうから、抵抗した折には撃沈命令としてあったものと推定する。



(10)我が国が真珠湾攻撃をした昭和16年12月8日は米国では日曜日つまり休日。しかし同日、日本海軍が攻撃してくる事を知っていた米国中枢部は同日、真珠湾にいた太平洋艦隊に対して全軍外出禁止令を出して日本海軍の来襲に備えさせた。その事についてどの様に思われるか。
米国は1776年に英国から独立した当時は、東部13州からなる国でした。処が、その後、周りの国々を侵略しながら、現在50の州で構成される大きな国となっています。しかも、メキシコを追い詰めて、メキシコの広大な領土を取り上げた、1836年の「リメンバー・アラモ」、スペインの広大な植民地を取り上げた、1898年の「リメンバー・メイン号」等、数々の謀略を行使すると共に、多数の先住民のインディアンを殺戮しながら領土を拡大してきました。戦前の旧ソ連や英国並びに蘭国や仏国も全く同様です。極く普通の理解力があれば侵略というのは、米国や旧ソ連の様な国々を言うのではないですか。その点についてどの様に思われるか。

(回答)真珠湾攻撃→これは真珠湾だけに限らず、あちらこちらの海域で小衝突があったのは事実、それを隠れ蓑にして真珠湾への大軍の派兵であったのであろう・・・どの国も先進諸国は当時植民地政策に没頭していたのは事実だが、そのお陰で2度の世界大戦に見舞われた。これは果てしない欲望と欲望とが衝突した結果に因るもの、そのせいで戦後(EU)建設の機運が高まったのだ、これは、国家単位の思想では戦争になり易い事を悟ったためなのである。地域としての感覚の持ちようが大事だとの結論による。つまり、「懲りる」事を知るべし・・



(11)我が国はその様な侵略国と戦いアジアやアフリカの多くの国々を直接、間接に開放したのです。ちなみに戦前の世界における独立国家は約50ヶ国、現在は約200ヶ国となっている。我が国が多大な犠牲を払って大東亜戦争を戦っていなかったならば未だ多くの国々は欧米の植民地のままであった可能性が極めて高いですよ。その点についてどの様に思われる。

(回答)世界の弱小国の解放→これは結果論を都合よく言っていることであって、日本だけがその役割を負ったと思うのはそれこそ傲慢・・・・しかし、全く無かった訳でも無いことは確か、それは欧州での戦争も影響が大きく、力のあった国々が悉く弱って疲弊してしまった結果による。応仁の乱のようなものだ。



(12)ちなみに1955年、第1回目のバンドン会議が開催された際、我が国の代表として参加していた加瀬代表に対してアジア・アフリカの代表の人達から「私の国が独立出来たのは日本のお蔭です。本当に有難うございました」と握手責めにあったとのことです。その様な事実に対してどの様に思われるか。

   (回答なし)



(13)昭和20年8月15日、日本が戦争に負けた後、インドネシアでは約1,000名の元日本軍人が、ベトナムでは約800名の元日本軍人がそれぞれの国に残って各国の独立戦争を戦い、その独立戦争で、インドネシアにおいては、約700名の元日本軍人が戦死している。小生は過去二度インドネシアに行き、インドネシアの独立戦争に参戦された元日本軍人3名の方々とお会いして「何故、戦後日本へ帰られずに、インドネシアの独立戦争に身を投ぜられたのか」を直接伺ってきました。すると全員の方々が「我々はインドネシアをオランダから解放する為に戦っていた。しかし志半ばで我が国が負けてしまった為に、インドネシアは再びオランダの植民地となってしまう様な状況になった。我々日本軍人としては、その様な中でインドネシアを見捨てて日本に還る訳にはいかない、と思い、この地に残ってインドネシアの青年達と共に4年半戦ってインドネシアの独立を勝ち得たのだ」と言っておられました。
この様なインドネシアやベトナムの独立戦争は、正に大東亜戦争の縮図です。
この現実についてどの様に思われるか。

(回答)インドネシア→これは、戦争終了と同時に日本勝利の「大義」を失ってしまった彼らが、唯一心のよりどころであった大東和共栄圏が隅に残っていたのであろう、しかしこれは、強盗を包み隠すための方便であったのだ。



(14)インドネシアの独立記念日は日本のお蔭で独立出来たという思いも込めて戦後我が国では使わなくなってしまった「皇紀」で表現され「皇紀2605年8月17日」となっている。
この様な現実をどの様に思われる。

(回答)インドネシア→ここでの貢献は私は知らないが、インドネシア独立のために尽力したのなら、それはそれで結構ではないか、いまでもアフガンの義勇兵で行ったらどうか・・・・・反面、横井さんや小野田さんの例もあり、一部のそのような人物だけを取り上げて云々はないであろう・・・・・



(15)インドネシアの独立戦争に参戦された元日本軍人の方々はその功績によりインドネシア政府より最高位の勲章の「ナラリア勲章」や「ゲリラ勲章」を受けておられます。
しかもその方々が亡くなると棺にインドネシア国旗が掛けられて国軍儀仗隊に担がれ、礼砲が撃たれて、国軍葬として執り行われ、非常に丁重に埋葬されています。
この様な現実に対してどの様に思われるか。

   (回答なし)



(16)戦後、インドネシアの初代大統領・スカルノが初来日された際、スカルノ大統領は日本のどの要人と会うよりも先に、インドネシア独立戦争に参戦した元日本軍人の中でも特に大きな功績を挙げた二人の元日本軍人の顕彰碑がある東京、芝の青松寺へ直行し、二人の元日本軍人に対して感謝の誠を捧げた。その様な現実に対してどの様に思われるか。

   (回答なし)

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