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さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」
保守の会会長 松山昭彦のブログ

書庫誇り高き日本

栃木県とほぼ同じ大きさの島、ガダルカナルは単なる島の名前ではありません。
それは帝国陸軍の墓地の名です。
ここで最強といわれた帝国日本が陸戦においてはじめてアメリカに敗れました。
大東亜戦争において連戦連勝の日本はここから血のページを染めていくことになります。
 
ミッドウェー海戦で帝国海軍が敗北し、
このガダルカナル島(ガ島)において帝国陸軍の敗北が刻まれました。
これを失って以降、日本は大勢日々に傾くことになり、
まさに日米勝敗の天王山と称すべき6ヶ月にわたる激闘が、ここガ島でありました。
 
一木支隊、川口支隊、第二師団、第三十八師団の兵力が次々投入され、
その合計は約三万二千名に達しました。
そのうち戦死が一万四千五百五十名、
戦病死が四千三百名、
行方不明が二千三百五十名、の計二万二千名を失い、
残る一万名は廃疾者同様に衰弱したまま、かろうじて帰還するという全滅的敗戦でした。
 
第八方面軍司令官の今村均中将は、
引き揚げ兵団を直ちにショートランド島に見舞って、驚愕しました。
起立して報告できる将校はほとんどなく、
今村中将の慰労の片言を聞いただけで声を上げて泣き、
これが最強を誇る帝国陸軍の軍人とは信じ難い、
魂の抜けた幽霊と化しているのにびっくりしました。
今村中将は戦場で涙を見せるのは禁じられているため、室外に飛び出して涙をこらえた。
島から撤退してきた1万名も、もはや軍人ではなかった。
 
陸軍だけがガダルカナル島に墓を掘ったわけではありません。
犠牲の量は海軍も多く、前後6回の海戦がその周囲で戦われ、
戦艦霧島、比叡以下二十四隻、十三万五千トンが失われました。
 
海軍航空隊の犠牲も多く、ガ島戦六ヵ月で八百九十三機が失われ、
搭乗員の死者は二千三百六十二名にものぼり、
機数の損傷も当時の連合艦隊にとっては耐え難いが、
百戦錬磨の戦士二千三百四名を失ったことは対米空戦を戦ううえに大きな打撃でした。
これこそガ島が陸軍の墓地であるばかりではなく、海軍合わせた共同墓地であったと言われるゆえんです。
 
島の飛行場の奪還が目的であったガ島。
このジャングルの中に、あるいは草原に、または海辺に、鉄兜を冠ったままの白骨が、
傍らに剣銃を擬して、ルンガ飛行場の方向に向かって横たわっている光景が想像される。
・・・・・・・・・
 
 
 
富士山の麓にて「雨やどり」と称し、半自給自足の生活をしながら様々なボランティア活動を行っている夏井辰徳さん。
 
この夏井さんがガ島に行くことになったきっかけは思わぬことからでした・・・。
 
今から数十年前、当時、夏井さんは地雷というものに対し大きな憤りを持っていた頃、
たまたま「朝まで生テレビ」を見ていると、
何! 
と思った。
 
それはテレビの中で議員になる前のピースボートの活動家 辻元清美が、
口角泡を飛ばして自民党議員たちに対して畳み掛けていた。
「あなたたちはガダルカナル島で多くの残砲弾で現地の人たちが今も被害にあっていることを知っているか?」
「私は現地に行ってそれを見てきたんだ。あなた達は現状を知っているのか?」
それに対して絶句するばかりの自民党議員たち。
 
夏井さんは言われっぱなしの自民党議員たちも情けないが、自分自身もこう思った。
「自分も人の事は言えない。そんな現状が本当にあるのか・・・」
 
その日のうちに夏井さんは問い質すべく、辻元のピースボートの事務所を訪ねました。
「今朝のテレビを見たが、そのことを聞きに来た」
辻元本人は不在で、辻元と同行した者が出てきました。
 
夏井さんはその者にテレビでの事実確認をした後、
「ガ島には旧日本軍や連合軍の砲弾が今も取り残され、
それが不意に爆発して現地の人々を殺傷し苦しめているという。
その状況を見て如何されたんですか?」
考えてもいないことを聞かれて相手は驚いた。
「・・・。遺憾に思いますが・・・。 結果、何もしていません」
「遺憾に思うのは、そりゃ当然だ。現地のあの状況を知っていてそのままか?
いえ、本当の歴史というものを誰も教えてくれないのなら自分たちで足を運び、学び、
それを以降どのように生かすかは各々に委ねるということが、この団体の主旨であることは理解しています。では、●●さん、あなた個人としてそうした現状に対しどう思うのですか?何かされたんですか?」
「・・・。」
「一人の日本人として、一人の人間として、どう思われますか?」
「・・・・」
言葉が返ってこなかった。
あの状況を見てそのままか? 遺憾?  それで終わりか?
「貴様は日本人として、現地の方々が亡くなっているその状況を知っておきながら・・・遺憾の一言か・・・」
 
腹に据えかねた夏井さんはすぐに首相官邸、外務省、防衛庁、厚生省のそれぞれにも電話して
「ガ島はこのような状況ですが、知っていましたか? 国として対応はしないのか」
それに対して一様に、
「把握していません。それよりも日本政府としては“戦後処理”は終わっていますから」
 
何? 
“戦後処理”? それは銭金を指す。
現地に遺骨はいまだ帰還せず、残砲弾もそのままで、
現地ではどんどん被害が出ているじゃないか。
お金さえ払えばそれで全てが終わりか、・・・。
 
ピースボートで既に憤りの火が点いていたところに加え、
こうした日本の役人の対応に、夏井さんの行動に最早、躊躇はありませんでした。
「日本人としての大いなる悲しみと憤り」この一念でした。
国がやらないなら俺がやる!
 
これが夏井さんがガ島に行くきっかけでした。
・・・・・・
 
「日本の現状を見向きもせずに、平和だと言って、
自己中心で自分勝手で行き過ぎた個人主義が横行している日本人を憂い、
日本人としての、人間としての誇りを取り戻し、再生すべく、
微力ながらも自らの命を賭けてでも、砲弾処理と遺骨収集を行う」
夏井さんはそう決めた。 決めたら行動あるのみ。
 
夏井さんは昨年まで計六回、ガダルカナル島に行きました。
そして、今年も(平成2236日)7度目のガ島へ向かいます。行程は1週間。
 
日蓮宗・身延山大学の講師1名と生徒6名が一緒に行くことになりました。
学長・宮川了篤上人より
「この堕落した宗教界において、命懸けで事を成すということは如何なることか。
それを夏井さん、是非、生徒等に見せて欲しい」
とお願いされてのことでした。
 
夏井さんは言う。
「基本的には私が残砲弾処理を担当し、その姿を見ながら他メンバーが遺骨収集。
この活動は最大の要である『命と銭はてめぇ持ち』という前提です。
費用は生徒自ら寒行を行い賄いました」
 
先人達の遺骨収集というと正義感ある行動ですが、言うほど生ぬるいものではない。
残砲弾がいつ爆発するかも知れないところに、全くの素人が行くのです。
「死ぬかも知れない」
この言葉はいつも頭によぎっていたはずです。
まして現地では昨年も9人の方が死傷していました。
更に夏井さんは自身の命の他、7名の命までも背負っているのです。
 
「御遺骨収集には、先ず御遺骨がどのような場所にあるのかを把握せねばなりません。
英霊となられた方々は祖国日本を思い、最後の最後まで戦う気持ちでいたんです。
だから砲弾がいつでも撃てるように準備されてあるんです。
その砲弾のそばに眠っておられるんです」
 
僧侶の卵と言われても、現代に生きる日本の若者達にこの覚悟が出来るのか。
この覚悟を決するまでにやはり若者たちは数ヶ月の時間が必要でした。
・・・・・・
 
そして、いよいよガダルカナル島へ向かった・・・。
 
現地ガダルカナル島へ到着し、活動拠点となるレレイ村へ入りました。
夏井さんと共に命懸けの活動をサポートしてくれる現地の方々も決まり、
いざ英霊が眠るジャングルへ出発しました。
 
しかしジャングルの中です。次々に続く悪路。
大雨、強烈な日射、蚊、脱水症状等に苦しみながら、英霊の方々の元へ進みます。
 
半日で悪路に足を取られた一人の生徒が崖のようなところから10mほど転げ落ち捻挫しました。
これでは数日のジャングルは無理です。
レレイへ戻し、夏井さんたちが戻るまで村で御経を上げることにしました。
 
山越えが最も難関とされる険しい道。
ここを先輩である旧日本軍は行軍した後、餓死していった「白骨街道」と呼ばれる丸山道です。
次々にメンバーが転げ落ちたり、過度の疲労で動けなくなったりしました。・・・
 
 
 
 
・・・・・・
ブログ友の夏井さんにこんなことを聞いてみました。
「ガ島で苦しい時につい口ずさんだりした歌がありますか?」
「心で口ずさんでいた歌があります」
と言って教えてくれたのが「さすらい」です。
おっと!小林旭。
 
私はつい唸ってしまいました。
 
この「さすらい」の元々の曲は「ギハロの浜辺」という曲で、
かつて大東亜戦争中にフィリピンのルソン島に駐屯していた日本兵士たちに歌われた歌です。
このギハロというのはルソン島にある地名です。
この歌はニューギニア方面の兵士たちも歌って日本をしのんでいたという。
きっとガダルカナル島でも歌っていたかもしれません。・・・
 
夏井さんはこの曲の二番が気に入っているという。
 
知らぬ他国を流れ流れて
過ぎて行くのさ 夜風のように
恋に生きたら楽しかろうが
どうせ死ぬまで ひとりひとりぼっちさ ・・・
 
恋して自分の快楽を求めて思うように生きていれば楽しいだろうが、
それよりも大義のために生きることを選ぶ。
ガダルカナル島という遠い島での夏井さんの心境が現われている。・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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    内緒さん

    こんばんは。私もまったく同感です。
    そして、それはきっと先人たちも同じ気持ちだと思います。
    ただ違うのは、使命感、国を護らねば、愛する人たちを護るため、
    そして日本人としての誇りを貫くために出来た偉業のような気がいたします。
    今のこの平和な日本でその使命感を持つのはよほど自分に強くなければと出来ないような気がいたします。

    傑作ありがとうございます。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/14(金) 午後 10:36

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    kayomiさん

    こんばんは。
    kayomi様は夏井さんの大のファンですものね。^^
    ぜひこれからも応援してあげて下さい。

    傑作ありがとうございます。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/14(金) 午後 10:47

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    神武さん

    こんばんは。
    傑作ありがとうございます。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/14(金) 午後 10:48

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    愛国さん

    こんばんは。
    そこまで気がつきませんでした。^^;

    傑作ありがとうございます。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/14(金) 午後 10:49

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    jonron_66さん

    こんばんは。
    お越し下さいまして感謝申し上げます。
    また、こちらこそよろしくお願い致します。^^

    転載ありがとうございます。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/14(金) 午後 10:51

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    トロツキーさん

    こんばんは。はじめまして。
    お話は聞いておりました。^^

    夏井さん、魅力あり過ぎかもしれません。

    ご来訪ありがとうございます。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/14(金) 午後 10:58

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    JJ太郎さん

    こんばんは。
    羨ましいくらいに行動力があります。

    傑作ありがとうございます。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/14(金) 午後 11:04

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    見張員さん

    こんばんは。
    仰るとおりです。
    取り戻さねばなりませんね、日本の心。

    続きは明日記事にいたします。^^

    ご来訪ありがとうございます。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/14(金) 午後 11:06

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    こんばんは
    傑作◎ 転載させて下さい<(_ _)>

    ガナルカナル戦記本沢山読みました・・
    救助された兵士がご飯を食べると次々と死んでいった・・
    原因は急激な胃への負担とか

    しかし 記事前半部分のピースボート ツジモトあの某は・・
    人の好意を利用するどうしようもないですね

    夏井さん
    やはり 日本にはえらい人がまだまだいます
    安心します

    あまのじゃく

    2010/5/15(土) 午前 1:15

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    すごい人がいらっしゃるんですね。そういう方が今の時代にいらっしゃるのがありがたいですね。その夏井さんの行為によって、どれだけの人が励まされ、勇気づけられるでしょうか。今まで戦後、いろんなものを放置したままここまで来て、本当の戦後処理が今から始まるような気がします。今こそ日本の魂をを蘇らせ、あるべきものをあるべきところへ置くという事をあらゆる面でしていかねばならない時ですね。傑作

    [ さざんか ]

    2010/5/15(土) 午前 2:09

  • 顔アイコン

    すいません
    再度 コメントを 疑問ですが

    日本軍の爆弾ではないですよね?
    米軍の不発弾ですよね?

    すいません どうしても 気になったものですから<(_ _)>

    あまのじゃく

    2010/5/15(土) 午前 4:16

  • おはようございます。

    それであなたは・・・

    耳が痛いです。

    言うは易く、しかし皇道が伴わなければそれは新たな罪作りかも知れません。
    言わずに一人黙々と行動する人・・・頭が下がります。


    傑作

    [ mana ]

    2010/5/15(土) 午前 8:49

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    bostonさん

    おはようございます。
    本当に、日本にはまだまだ凄い人がいます。

    転載、傑作ありがとうございます。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/15(土) 午前 9:23

  • 顔アイコン

    さざんかさん

    おはようございます。
    日本もまだまだ捨てたものではありません。
    日本人はもっと自信と元気を出して、
    日本という国に誇りを持っていかなければいけません。
    これが日本の底力のような気が致します。

    傑作ありがとうございます。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/15(土) 午前 9:25

  • 顔アイコン

    bostonさん

    その答えは記事の中にあります。
    「英霊となられた方々は祖国日本を思い、最後の最後まで戦う気持ちでいたんです。だから砲弾がいつでも撃てるように準備されてあるんです。その砲弾のそばに眠っておられるんです」
    英霊の側には日本の砲弾があるからこそ遺骨収集が危険なのです。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/15(土) 午前 9:28

  • 顔アイコン

    manaさん

    おはようございます。
    そこなんですね。
    その先を追い求めなければ何も解決しません。
    しかし、言う簡単ですが行動は命がけです。
    この困難をやったことに敬意を表したいと思います。

    傑作ありがとうございます。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/15(土) 午前 9:31

  • 顔アイコン

    はじめまして、敬天愛人さんからご紹介を頂きました。
    私は日本李登輝友の会と言う台湾元総統の李登輝氏の理念の実現の為の会のお手伝いをボランティアでさせて頂いております。
    昨日は総会で李登輝氏との会談をしたと言う会の顧問の方から、李登輝氏は「戦後日本がダメになった原因の一つにはソロモン島でのご遺骨を放置していることだ」と断言したそうです。
    そこで夏井さんの事を思い出しました。
    夏井さんの行為は日本を良くする為に理に適っていると李登輝元総統も認めたのです。

    ただ、本来これは国がキチンと責任を持って行うべきことです。
    不発弾処理は自衛隊の得意となすところです。そんな中で自衛隊が海外に行く事がどうのと言うレベルの話をしていることは非常に悲しいですね。

    戦後処理とは何か、再度考え直す問題提起をして頂いたと思っています。

    傑作

    千葉日台

    2010/5/16(日) 午後 0:51

  • 顔アイコン

    千葉日台さん

    こんばんは。はじめまして。

    李登輝さんは本当に素晴らしいですね。

    不発弾や遺骨収集は仰るとおり国がやらねばならないことです。
    逆に支那の遺棄兵器なんかはやる必要がありませんでした。

    国の対応がいかに悪いか、政治の悪さが全てを物語っております。
    さらに、台湾に対しても特に本省人、日本語世代の方々には日本政府の不甲斐なさに、日本人として心から申し訳なく思っております。

    傑作ありがとうございます。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/16(日) 午後 7:16

  • 顔アイコン

    内緒さん

    お気遣いありがとうございます。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/16(日) 午後 7:16

  • 顔アイコン

    千葉日台さん
    転載感謝いたします。

    保守の会会長 松山昭彦

    2010/5/16(日) 午後 7:28

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