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学校で教えない歴史 36(二・ニ六事件・最終 〜青年日本の歌〜)
二・ニ六事件というと『青年日本の歌』を思い浮かべる人は多いと思います。
この歌について青年将校であった大蔵栄一は著書『二・二六事件への挽歌』でこう書いています。
「現代史資料・国家主義運動Ⅰ」に『青年日本の歌』に関して次のように解説されている。
昭和維新の春の空― という一節から別名『昭和維新の歌』ともいわれている。
今日では想像がつかないほど歌われた歌である。
尚、この歌は五・一五事件で収監された作者が獄中で作ったという説があるが、これは間違いである。
作者 三上卓氏が昭和37年『政経新論』七月号に、
『青年日本の歌』のころ ー若き日の情熱―
と題して一文を寄せて、この歌の生まれ出るまでを回顧している。
それを要約すると、昭和五年五月、作者二十六歳で海軍中尉の時、佐世保水平社で一人で酒を飲んでいる所に鎮守府軍楽隊の佐藤軍楽長が来た。その晩二人はいろいろと語りあって、「俺が作詞する、お前が作曲しろ」と言って別れた。その夜、三上氏は海兵団の自分の部屋で深更までペンをとり、この『歌』十章書き上げた。そして一週間後に佐藤学長の作曲も出来上がったというのである。
最初に世に出たのは昭和八年、五・一五事件の公判中、朝日新聞によって発表されてからである。
『行地社々歌』という四小節の歌詞があるが、この『青年日本の歌』と非常に酷似している。
以上がその抜粋であるが、私の記憶によると、大正十五年頃の『日本』誌上に、
― 汨羅(べきら)の淵に波騒ぎ 巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ−
に始まる歌詞が、作者 石原巌徹の署名で掲載されていた。
石原はその当時『行地社』に席を置いていた。もちろん、いまその歌詞は全部覚えていないが、
三上卓作と称する『青年日本の歌』と、よく似た歌詞であったことには間違いない。
『現代史資料』の編集者も行地社の社歌の四小節と非常に酷似している、と言っている所を見ても、
私の記憶はまず間違いない。
三上が昭和七年の五・一五事件に参加して逮捕された後、佐世保の捜査当局の家宅捜査の時、
三上の机の引き出しの中から、この『青年日本の歌』の歌詞を書きつけた紙片が出てきたと聞いているが、それは石原巌徹の作詞に三上流の訂正が加えられたものであったと思われる。
もしそうだとすれば多くの人々によって愛唱された『青年日本の歌』の作詞者としての栄誉は拓大出身の老詩人、石原巌徹の頭上に冠すべきであろう。
・・・・・・・・・・
青年日本の”主役”たちの15人が昭和11年7月12日に銃殺されました。
(北、西田、村中、磯部の4名は後日)
この青年将校たちを銃殺した銃には「菊の御紋章」が入っていました。
大元帥陛下の御紋章の入っている銃で刑死の瞬間まで尊王絶対を信念とした人々を射殺したのです。
この銃声こそ皇軍精神の崩壊を知らせる響きであったのかもしれない。
初め死刑は16名でありましたが判決の際に17名に増えました。
これは検察官の論告の際に禁固15年を言い渡された水上源一が
「他の同志の人たちが死刑になるのに、自分だけが助かってはすまぬなぁ」
と言ったため死刑に回されたと伝えられています。
・・・
対馬勝雄中尉は急所を外れたので内出血が多く、仮死の状態にあったものとみえ、
銃殺後十時間ほどで火葬にしたが、火葬中に生き返ったのか、
「ウワー!」 「ウワー!」 「ウワー!」
という叫び声が三度まで聞こえたのをかまわず焼き尽くした。
・・・
刑の執行の遅れていた村中孝次は将校たちの処刑後の7月19日に感想文を書いていた。
――
7月19日。今日は香田兄ら十五士の初七日なり、午前入浴場より刑場を見る。
以前と趣を異にして、赤土が堆(つつ)まれあり、
ああ相沢中佐ほか十五士の鮮血はこの赤土にそそがれあるか。
夕刻遠雷しきりに鳴り、四辺暗たんたり、すなわち一詩を賦して口吟微吟して悲しむ。
嗚呼、尽忠無私 至誠純情十五士、今や亡し。
しかれども余には呼べば答える感をなさしむ。
7月11日を想起するに涙新たなるものあり。
余と磯部氏とは前夕(十一日夜)同志と一緒なりし獄舎より国歌を斉唱するを聞く。
次いで万歳を連呼するを耳にす。
午前七時より、二、三時間軽機関銃、小銃の空砲音に交じりて、小銃の実砲音を聞く。
すなわち死刑の執行なること手にとるごとく感ぜらる。
磯部氏遠くより余を呼んで「やられていますよ」と呼ぶ。
余 東北方に面して坐し、黙然合掌、噫感無量、鉄腸も寸断せらるるの思いあり。
各獄舎より「万歳」「万歳」と呼ぶ声、しきりに聞こゆ。
後に聞く、この朝、香田兄の発唱にて「君が代」を斉唱し、
かつ「天皇陛下万歳」「大日本皇国万歳」を三唱したる後、香田兄が
「撃たれたら直ぐに陛下の御側に集まろう。爾後の行動はそれから決めよう」というや。
一同意気いよいよ昂然として不死の覚悟を決め、従容(しょうよう)迫らず、いささかも乱れたるなく、
歩武堂々刑場に臨み刑に就きたりと。
・・・
決起将校たちが多くの点で納得のいかない取扱いを受けながらも、
なお最後に係官に頼んで宮城遙拝所を作ってもらい、
「天皇陛下万歳」を奉唱して亡くなった心境を思うと、誠に涙なきをえない。
・・・
刑死した高橋太郎少尉は獄中で決起の動機をこう書いていました。
育くまれた国体観と社会の実相との大矛盾、疑惑、煩悶、
初年兵教育にたずさわる青年将校の胸には、こうした煩悶が絶えず繰返されて行く。
しかもこの矛盾はいよいよ深刻化してゆく。
こうして彼等の眼は義憤の涙に光るのだ。
ともに国家の現状に泣いた可憐な兵は今、北満第一線に重任にいそしんでいることだろう。
雨降る夜半、ただ彼等の幸を祈る。
食うや食わずの家族を後に、国防の第一線に命を致すつわもの、その心中は如何ばかりか。
この心情に泣く人、幾人かある。
この人々に注ぐ涙があったならば、国家の現状をこのままにしては置けない筈だ。
殊に為政の重職に立つ人は。
国防の第一線、日夜生死の境にありながら戦友の金を盗んで故郷の母に送った兵がある。
これを発見した上官はただ彼を抱いて声を挙げて泣いたという。
神は人をやすくするを本誓とす。
天下の万民は皆神物なり。
赤子万民を苦しむる輩は是れ神の敵なり、許すべからず。・・・
(青年日本の歌と青年将校たち)
動画上の順番に出てくる人物紹介
北 一輝 本名・輝次郎(刑死)新潟県佐渡郡湊町(55歳) 西田 税 (刑死)鳥取県米子市(37歳) 野中 四郎 (自決)青森県弘前市(陸軍大尉 34歳) 渋川 善助 (刑死)会津若松市(32歳) 村中 孝次 (刑死)北海道旭川市(陸軍大尉 35歳) 磯部 浅一 (刑死)山口県大津郡菱梅村(一等主計 33歳) 対馬 勝雄 (刑死)青森県南津軽郡田舎館村(陸軍中尉 29歳) 河野 寿 (自決)佐世保(陸軍大尉 30歳) 香田 清貞 (刑死)佐賀県(陸軍大尉 34歳) 安藤 輝三 (刑死)東京(陸軍大尉 32歳) 栗原 安秀 (刑死)島根県松江市(陸軍中尉 29歳) 竹島 継夫 (刑死)東京四谷(陸軍中尉 30歳) 中橋 基明 (刑死)佐賀県(陸軍中尉 30歳) 丹生 誠忠 (刑死)鹿児島県(陸軍中尉 29歳) 坂井 直(なおし) (刑死)三重県四日市市桜町(陸軍中尉 27歳) 田中 勝 (刑死)山口県下関市(陸軍中尉 26歳) 中島 莞爾 (刑死)佐賀県(陸軍少尉 25歳) 安田 優 (刑死)熊本(陸軍少尉 25歳) 高橋 太郎 (刑死)石川県金沢市(陸軍少尉 24歳) 林 八郎 (刑死)東京(陸軍少尉 23歳) 水上 源一 (刑死)北海道(29歳) そして、この画像にはなかったが、
相沢 三郎 (刑死)福島県白河(陸軍中佐 47歳)
・・・・・・・・・
<参考文献>
新井勲『日本を震撼させた四日間』
田々宮英太郎『二・ニ六事件と真崎大将』
大蔵栄一『二・二六事件への挽歌』
佐々木二郎『一革新将校の半生と磯部浅一』
末松太平『私の昭和史』
末松太平『軍隊と戦後の中で』
池田俊彦『生きている二・二六』
橋本徹馬『天皇と叛乱将校』
山口富永『二・二六事件の偽史を撃つ』
山口富永『近衛上奏文と皇道派』
山崎国紀『磯部浅一と二・二六事件』
田崎末松『評伝真崎甚三郎』
井上日召『一人一殺』
宮下弘『特高の回想』
真崎勝次『亡国の回想』
細川護貞『情報天皇に達せず』(上巻・下巻)
みすず書房編集部『ゾルゲのみた日本』
ベン・アミー・シロニー『日本の叛乱』
真崎秀樹『昭和天皇の思い出』
河野司『二・二六事件・獄中手記遺書』
河野司『天皇と二・二六事件』
大谷敬二郎『二・二六事件の謎』
大谷敬二郎『軍閥』
高橋正衛『二・二六事件』
澤地久枝『雪はよごれていた』
松本清張『昭和史発掘』
松本清張『二・二六事件』
高宮太平『順逆の昭和史』
三島由紀夫『英霊の声』
児玉誉士夫『われはかく戦えり』
岩淵辰雄『岩淵辰雄全集』(第一巻、第二巻、第三巻)
岩淵辰雄『日本の反省』
金子桂『二・二六事件裁判録』
池田純久『日本の曲がり角』
別冊正論Extra15
・・・・・
(二・ニ六事件慰霊像)
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憂国の士の犠牲を無駄にしないためにも今の日本をまともな国にしないといけませんね。
傑作&ランクリ
[ 鳳山 ]
2011/9/2(金) 午前 11:21
教科書では青年将校たちはたった一行、死刑と書かれているだけですが、ドラマがあるのですね。こちらの方が大事だと思います。傑作
2011/9/2(金) 午後 0:29
本当に知らない事ばかりでした。
お教え下さり心よりお礼申し上げます。
★!
2011/9/2(金) 午後 0:44
転載させて頂きます。
[ 三四郎 ]
2011/9/2(金) 午後 4:59
記事の作成、
お疲れ様です。
傑作、ポチ。
2011/9/2(金) 午後 6:42
この無念の思いが晴れるには、冤罪を、汚名を晴らしてさし上げるしかないですね。史実をしっかり明らかにして、慰霊祭も行うべきですね。
それにしても青年日本の歌が、そのようにしてできたのだとは知リませんでした。とても情熱を掻き立てられる歌だと、昔聞いたときに思いましたが。
さくらの花びら様の勉強量、読書量、ほんとにすごいですね。
傑作ランクリ
[ さざんか ]
2011/9/2(金) 午後 10:50
「七生報国」「滅私奉公」の精神です。
先人の無念を大切にしたいです。
傑作、ランクリです。
[ nadarechan1113 ]
2011/9/3(土) 午前 0:24
応援&今日のランクリ ポチ凸
2011/9/3(土) 午前 0:26
勉強しました
おおきに
[ 道後 ]
2011/9/3(土) 午前 2:59
これほどの本を読んでいられたんですね。驚きました。
傑作・らんくり。
2011/9/3(土) 午前 6:17
本日のランクリ○です。
ご来訪やランキング応援に感謝を申し上げます。
2011/9/3(土) 午前 10:07
こんにちは
<参考文献>の多さに驚きます・・
さすがですね 226は何度読んでも完全把握には至りませんーー)
少しづつでも勉強します
傑作ランクリ
2011/9/3(土) 午後 1:50
真に国を憂えれば・・・。。。
それに比べて今の日本は、若者は何だっ!?(涙)
日本民族としての誇りは何処に行ったっ!?
傑作!
[ ちびっこライダー ]
2011/9/4(日) 午後 1:36
この史実を多くの人に知ってもらわなければ、ならないと思います。今も昔も報道操作というのは恐ろしいと思います。
野田内閣支持率が60%台って・・・・なぜか私のまわりには民主支持者事態がいないのですが。
なんとか、日本を左翼化しようと、マスメディアの必死さが伝わってきます。
これに、乗せられている日本人がなんと多いことか。。。
いろいろ、ためになる記事本当にありがとうございます。
傑作・ランクリです。
2011/9/5(月) 午前 7:21
復習したいので、226事件の17〜36回まで転載させて下さい。
ランクリ
[ -- ]
2011/9/10(土) 午後 11:53
救国青少年同盟ー三島公武
我々には、たかが命など、毛程も、顧みず、愛し、守り、救うべき、命以上のものがある。
其れは、
伝統と、文化と、歴史が、美しく息づく、日本だ。たかが世界に比類なき、日本だ。奇跡の、日本だ。
そして、
其処に生きる、日本と日本人の、宝であり、命綱であり、命脈であり、奇跡であり、総てである、子供等、少年等、若者等だ。
しかし、其れを、
売国政治に、保身の、胡坐を掻く、昭和生まれの、老いボレ共は、葬り去る。
ならば、
魂ある、真の日本人は、奇跡を約束する、武士道の、大義と、死狂いに、覚醒し、
以って、
日本と日本人の、永久永遠の守り刀となる、武士(武士階級)が、支配する、超国家の、開国の為に。日本と日本人の、美しき未来の為に。先人の、大恩に、報いる、武士の、公事(世の為人の為)である、一殺多生と、知行合一と、問答無用の、その奇跡と成れ。
同盟の、日本民族党の、結党に、同志として「同調する」を、求める。
[ スーパーゴジラ ]
2011/9/27(火) 午後 11:47
救国青少年同盟ー三島公武
言葉では無い。行動の、時代である。
よって、
君に対して、魂ある、真の日本人としての、行動を、要求する。
同盟の、日本民族党の、結党に、同志として「同調する」を、求める。
[ スーパーゴジラ ]
2011/10/3(月) 午前 8:20
救国青少年同盟ー三島公武
言葉では無い。行動の、時代である。
よって、
君が、魂ある、真の日本人、ならば、
今こそ、
その内なる、大和民族の、奇跡を以って、行動せよ。
正に、絶対絶命の、亡国ならば。
日本民族党の、結党の為の、資格と、党則の、大筋は、ブログに於いて。
[ スーパーゴジラ ]
2011/10/7(金) 午後 11:36
救国青少年同盟ー三島公武
日本民族党の、結党の為の、党員の、資格と、党則の、大筋は、ブログに於いて。
この亡国に、時は無い。君の、魂の、覚醒に、期待する。
[ スーパーゴジラ ]
2011/10/13(木) 午後 10:32
救国青少年同盟ー三島公武
何れ、又、コメントに、伺う事とする。悪しからず。
[ スーパーゴジラ ]
2011/10/18(火) 午後 3:50