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(飛砂に埋もれた家)
栗田定之丞
日本海方面の海岸では、秋の末から春先にかけて、海から烈(はげ)しい風がよく吹きます。
そのために、砂の多い海岸では、広い広い砂山が出来ている所もあります。
今の秋田県の海べの村々では、その風がことに烈しく、吹寄せた砂のために、
昔は家も田畑もうずめられ、くらしの立たなくなる家も、たくさんありました。
ある年、栗田定之丞という人が、その地方の砂留役となりました。
定之丞は、先ず村々を見て廻りましたが、海べは、見とおしもきかない程の広い砂山でした。
「これだけの砂をどうして防ぐことが出来よう」とただ驚きあきれるばかりでした。
けれども又、これから後、この砂山が田畑をうずめ、百年も二百年も、
村々が苦しめられどおしに苦しめられることを思うと、じっとしてはいられない気がしました。
「よし、戦場に出たつもりで根(こん)限り風や砂と戦ってみよう。」とかたく決心をしたのでした。
そこで、これまで砂留に骨折った年よりを呼んで、いろいろ話をきき、
ここに先ずぐみややなぎなどを植え、いくらか砂がしまったところで、
松の苗木を植えることにしました。
そうして又季節を考え、植え方にくふうをして、寒中、それもなるべく風の吹く日をえらんで、
人々を呼集めて仕事をさせました。
風の吹く日には、砂の吹寄せられる方向がよくわかりますから、
風上の方に、かやのたばなどで風よけをして砂を防ぎ、
そのかげに、最初はぐみややなぎの枝をささせましたら、皆芽をふくようになりました。
そこで、さらに松の苗木を植えさせました。定之丞は、此の方法で仕事を進めて行きました。
ところが、人々は、風の吹く寒い日に働くのがつらいのと、
うまく松林になるかどうかということが心配なのとで、なかなか定之丞のいうことをききません。
定之丞は、子供をさとすようにやさしく道理を言いきかせ、その上自分から先に立って働きました。
朝は、夜の明けないうちから仕事場につめかけ、
夜は、人々を帰らせた後まで居残って明日の仕事のくふうをしました。
時には、冷たい砂の上にふして、風の当りぐあいをたしかめたこともあります。
やがて村の人々も定之丞の熱心に動かされて、仕事がはかどり、
たくさんの苗木を植込むことが出来ました。
それが次第に大きくなって、ついに立派な松林になりました。
定之丞は二十余年の間、引続き方々で、砂留の事に骨を折りました。
そのために、風や砂の心配がなくなって、麦・粟などの畑もところどころに開け、
又しょうろや、はつたけも生えるようになりました。
この地方の人々はその恩をありがたく思い、定之丞のために栗田神社という社を建てて、
今日まで年々のお祭をいたします。
社は今の秋田市の町はずれにあります。
そこから見渡す海べには、定之丞が三百万本を植込んだという松原が続いて、
青々とした美しい色をたたえています。
(第四期(昭和九年)・巻四より)
・・・・・・・・・・・
江戸時代の秋田藩は米や木材や金銀などに恵まれて農民の生活を潤していた。
しかし日本海側は季節風が砂を運んで、田畑を埋めてしまう被害が耐えなかった。
佐竹家の家中であった栗田定之丞は、
「植林砂防を思いついたが、どのようにして森林をつくるか」と、砂留役という職名にしてもらった。
その半生を砂防植林に注いだが、定之丞のすることに藩も農民も冷淡だった。
「砂を留めて林にすれば薪にもなるし、堆肥にも役立つ。
なによりも命の種の田畑が砂にうずめられなくてすむ」
そこで定之丞はひとり私費を投じて、砂に強いグミやヤナギを自分で植えた。
一冬が過ぎ現場に戻ってくると、植えた物はすべて砂に埋没しているか枯死していた。
砂は、飛び、走り、何もかも呑み込んでいく。
飛砂の現象を把握するために、寒中にムシロをかぶって砂丘で寝ることもあった。
海岸を巡視していた定之丞は、砂の中にわずかな緑の葉がを見つける。
それは彼が植えた一株のグミであった。その周囲には波に打ち上げられた枯木一本に、
古ゾウリが1つ引っかかっていた。古ゾウリが飛砂を防ぎ根付くことが出来たと知る。
それからグミやネムの木を植え、次の段階で黒松の植林に成功を収め「衝立工の技術」が体系化された。
農民たちは定之丞の物狂いを当初いやがり、「火の病(やまい)つきて死ねよ」と罵ったという。
定之丞は「耳にも懸(か)」けなかったという。
純粋な狂気というべきものが、麗しき「風の松原」と豊かな田畑を与えた。
村人たちもその熱意にうたれ全村をあげて協力して、
植栽されたクロマツは300万株に及び成功をみるに至った。
日本海に沿って14キロメートルも続く「風の松原」の基である。
それは定之丞の没後の天保3年に完成した。
(司馬遼太郎著「街道をゆく29」)
(風の松原)
(栗田定之丞)
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おはようございます。
今日も受講できました。ありがとうございます。
上に立つ人は、自ら進んで汗を流せねばなりませんね!
傑作
応援クリック
[ - ]
2011/9/9(金) 午前 8:00
素晴らしいお話でした。自らが行動で示さないと人はついてこないのですね。傑作
2011/9/9(金) 午前 8:02
石の上にも三年という諺が示す通り、自分の道を信じ、協力者を諭し、己自らが率先して動くという姿勢が大切なのですね。
本日も、修身講座拝読いたしました。ありがとうございます。
傑作&ランクリ
2011/9/9(金) 午前 8:16
本日も素晴らしい授業でした。
傑作・ランクリ○です。
2011/9/9(金) 午前 9:18
人助けのために私費ではじめた松の植林。なかなかできる事ではありません。素晴らしい話をありがとうございました。
傑作&ランクリ
[ 鳳山 ]
2011/9/9(金) 午前 10:05
転載させて頂きます。
応援&今日のランクリ 傑作ポチ凸
2011/9/9(金) 午後 0:29
修身講座、ありがたく受講させていただきました。
教育勅語と併せて教育の場へ戻して欲しいです。
自信を亡くした日本人の為にも・・・
傑作
ランクリ
2011/9/9(金) 午後 5:36
幼き頃より、染み込ませるように修身を学ぶ必要があると改めて感じています。
★!
2011/9/9(金) 午後 5:55
傑作、ポチしております。
良いお話です。
2011/9/9(金) 午後 6:54
修身講座(11)出席○
秋田に行った際見てきました。こういう謂われがあるのは知りませんでした。勉強になりました。
傑作・くり
[ 敬天愛人 ]
2011/9/9(金) 午後 7:03
絶対、修身の授業必要ですね。
今日もありあとうございます。
傑作・ランクリ
2011/9/9(金) 午後 8:47
栗田定之丞先生のご遺徳を偲びつつ、何のために命を燃やすか、子々孫々の益になると信ずれば、狂人扱いされようとも、初志を貫く強い心を持たねばならないことを学ばせて頂きました。☆
2011/9/9(金) 午後 9:04
今日もとてもすばらしいお話をありがとうございます。
傑作、クリ
2011/9/9(金) 午後 9:08
有難い大切なお話しですね。
海岸沿いには松が多いのは、塩や砂を止めるために植林されていたのですね。
先人に感謝することがまた一つ増えました。
傑作ランクリ
[ -- ]
2011/9/9(金) 午後 10:58
目的のために努力する先人を見習わなければなりませんね。
最近とても身に浸みます^^;
傑作、ランクリです。
[ nadarechan1113 ]
2011/9/10(土) 午前 0:50
応援&今日のランクリ ポチ凸
2011/9/10(土) 午前 0:54
なかなか出来ないことですね。
傑作
[ - ]
2011/9/10(土) 午前 2:04
信念と覚悟を持った人の成す事の凄さを感じます。
本日も出席です。
傑作・らんくり。
2011/9/10(土) 午前 6:30
人々のために何とかしたいという思いで始めて、しかも人々に最初のうちは罵られながらも、倦まず弛まず研究を重ねて成し遂げる信念、こういう信念を持った人が日本の歴史には多く出てきますね。ほんとに立派な素晴らしい人を生み出す日本という国が誇らしくなります。
修身の授業、絶対復活させたいですね。
転載させて頂きます。
傑作ランクリ
[ さざんか ]
2011/9/11(日) 午前 11:22
転載させて頂きます。
傑作ランクリ
[ kakinoki ]
2011/9/11(日) 午後 0:16