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26:15〜
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日本はハルノートを無視して天皇陛下とルーズベルトが首脳会談すれば戦争にならなかった 〜青山繁晴〜
そもそも70年前に300万人死んだのは何のためですか?これは政治の結果ですよね。
しかもその政治の結果というのは、日中戦争とかアジアにおける戦闘ではなく、アジアには欧米の帝国主義勢力がいっぱい入ってきたわけですから、日本としては戦わざるを得なかった。
しかしアメリカとアメリカ領土であるハワイで戦う必要があったかというと、基本的にないんです。
ハルノートなんて、そんなものはただの一外務大臣のノートに過ぎないんですから、「あっ、そうですか」と言って“ピン”とこれやっておけばいいんですよ。
これをやった上で天皇陛下とルーズベルト大統領が首脳会談をやっていれば日米戦争の回避は十分にあり得たわけです。
(平成30年11月30日 「答えて、答えて、答える!」)
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青山繁晴議員のこの認識はどうか?
その前に「日中戦争」という言葉は戦後出来た言葉で、当時日本は「支那事変」又は「日華事変」と呼んで戦っていた。
これは日本と支那(国民党)は、戦争当事国には武器を与えない中立法のある米国から武器等を輸入していたため“戦争”ではなく“事変”と呼んでいた。
「日中戦争」という言葉には悪意がある。日本がシナ共産党と戦ったようにして日本がシナを侵略したようにされているが大きな間違いである。
さて、青山議員の「ハルノートを無視して天皇陛下とルーズベルトが首脳会談すれば戦争にならなかった」である。
なぜ日本が大東亜戦争を戦わざるを得なかったのか?
これは天皇陛下の「開戦の詔書」をよく読むと理解できる。
本来は学校の教育で「開戦の詔書」を読ませて、そこに書かれていることをしっかり教えれば、日本がやむにやまれず戦争に追い込まれたことが理解できる。
青山議員の言う”天皇陛下とルーズベルト大統領の会談”は、昭和16年に日本側から提案(近衛首相が陛下より全権委任)していたが、すでに日本と戦争を決めていたルーズベルトは、この時期に英国チャーチル首相と大西洋会談で対日参戦を話し合っていた。
この大西洋会談後、チャーチルは「ルーズベルトが平和か戦争かの問題を議会にかければ討論に3ヵ月はかかる。彼は戦争はやるが宣戦はしない。益々挑発的態度をとるようにする、と言った。戦争を起こすために何でもやることになったとルーズベルトが言った」と報告している。
また昭和17年1月27日の英国議会でチャーチルは「極東において日本から攻撃を受けない場合でも米国は戦いを始める。そうすることで対独戦争を確実なものにするとルーズベルトと協議した」と述べている。
つまり米国の対日戦は決定していたのである。
昭和16年11月26日のハルノートの段階で、米国は日本に禁輸や日本資産凍結、ABCD包囲網でケンカを売っていたのである。
日本は売られたケンカをいつ受けるかというだけであった。
たとえハルノートを無視しても、事態は米国有利になるだけである。
対日戦を決めていた米国は軍備増産を行っていたため、時間が経てば経つほど米国がより有利になっていくだけで、日本の不利は一層大きくなるだけであった。
この時、日米戦争を一番望んでいたのは苦しい戦いをしていた英国チャーチルではなく、対独戦をしていたスターリンであったであろう。
いまでは「ヴェノナファイル」や「クレムリン文書」「バシリエフノート」でルーズベルトの周りはコミンテルンスパイだらけであったことが明らかになっている。
にもかかわらず学校では「コミンテルン」を教えない。
コミンテルンを教えずに「なぜ日本は無謀な戦争に突き進んだのか」と言ってもわかるわけがないのだ。
そしてその裏にはユダヤ人がうごめいていた。
このことは元満州特務機関の門脇朝秀先生(昨年104歳で死去)と3年前と2年前に長時間対談した時に当時のことを詳しく教えて頂いた(下画像)。
満州を仕切っていたのもユダヤ人であった。その名は「フェッテ」という。
(詳しくは保守の会会報『保守』第三号に書かれている)
戦後しばらくこの名前を出すことが出来なかったという。殺されるからだ。今もこの名前はどんな本を読んでも、ネットで調べても出てこない。
ゾルゲと会っていた門脇朝秀氏の動画→ https://www.dailymotion.com/video/x9m93c
横浜正金銀行ニューヨーク支店の破綻は日本の国際貿易の終わりを意味する。
参戦したい米国は完全に締め上げた日本と対等な日米同盟を結ぶはずがないのだ。
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『大東亜戦争 失われた真実
―戦後自虐史観によって隠蔽された「英霊」の功績を顕彰せよ!』
著者 葛城奈海 奥本康大
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今回の入管法改正、技能実習制度ばかり目の敵にされておりますが、シナ人を多く取り込み安い賃金で働かせてる制度は実は留学生制度だそうです。問題の多くに此の留学生制度が絡んでいるそうで既に此の留学枠で入国し日本で働いてる者が128万人に達してるそうです。
この悪弊を打ち破りたいが為に入管法改正が有ったとも云われて居りますね。
後は入管法改正での厳しく取り締まるとする部分に注目してゆきたいですね
まー青山さん日米開戦の理由としてイギリスを引き合いに出したのは私は其の真意が何となく理解出来る様な気がします
何せコミンテェルンが日米戦争を仕掛けたと云えば謀略論扱いを受けて基地外認定されかねないのが現状に置ける日本ですから。
戦後日本はコミンテルンに依って作られた、故にコミュニストに不利に成る情報は隠蔽された、なのでアメリカの公文書で明らかに成った事実と言えども日本では全く報道されず、知らずじまいの儘時だけが過ぎ去り陰謀論的な情報扱いと成る
[ TAMIDA☆★ ]
2018/12/10(月) 午前 9:25
そりゃーそうですよね、共産党にしても社会党や其れに従う多くのマスゴミや著名人にしてもコミンテルンの申し子的な存在ですからね。
今の地位はコミンテルンの戦後政策のお陰
[ TAMIDA☆★ ]
2018/12/10(月) 午前 9:26
どんなに取り繕っても、過去から現在までとにかく戦争がしたい国ですからね!日本がどんなに回避しようとしても難癖付けて戦争に持って行ったはずです。世界戦争で滅びなくてはいけないのは米国と中国かも?
[ 知床桜 ]
2018/12/10(月) 午前 9:49
・・・説得力は、無私から生まれる・・・
[虎ノ門ニュース]月曜・青山さん担当が、
格段に充実していると思う。
動画を全編視聴し、やっばり、感動しました。
ハル・ノートの件・・・歴史の渦中、
その、真っただ中にあった我が父祖の判断を、
歴史の過ぎ去った今、軽々に断ずることは、
あまり、意味が無い事と思う。
こんな基本、青山さん、疾うに承知でしょう。
青山さんに直接問えば、
私たちの判断の盲点を突きつつ、
真摯に応えてくださる事と思います。
[ 山桜花 ]
2018/12/10(月) 午前 10:18
今も昔もアメリカは日本を叩く事しか眼中にないようですね。最近中国に矛先が向いていますが、一段落すればまた日本叩きを始めるでしょう
ナイス・ランクリ♪
[ たくま ]
2018/12/10(月) 午前 10:21
>天皇陛下とルーズベルト大統領が首脳会談をやっていれば日米戦争の回避は十分にあり得たわけです(青山議員)。
>青山議員の言う”天皇陛下とルーズベルト大統領の会談”は、昭和16年に日本側から提案していた(桜の花びらさん)。
これはおかしいのでは? 当時ハルノート(昭和16年7月26日)の以前、以後にも昭和天皇とルーズベルトの会談計画はなかった。当時の天皇は”雲上人”であり、政治に直接関与することはあり得なかった。
日米両国が計画したのは、近衛首相とルーズベルトとのアラスカでの首脳会談だった。しかし、その直前にチャーチルと米国艦船上で会談したルーズベルトは対日締め上げ策をまとめ、「大西洋憲章」を発表していたから(8月14日)、日本が8月29日に日米首脳会談を求めた「近衛メッセージ」を発しても、ルーズベルトが受けいれるわけがなかった。
アメリカの対日戦争は決まっており、いつになるかだけが未定だった。当時の(そして今も)日本の情報収集・スパイ機能の劣化が悔やまれる。
-続く-
[ ohgachaman ]
2018/12/10(月) 午前 10:32
(承前)
その後の進展は、10月に近衛が辞めて東條首相となり、12月8日の対米開戦となったことは歴史の示す通りで、天皇陛下とルーズベルト大統領の首脳会談など日米双方とも出来ない相談であった。
確かに、どういう訳か対米開戦の前日(12月7日)夜に、ルーズベルトから昭和天皇宛親書が東京電報局経由で(米国大使館経由ではない)送られてきたが、一般的な和平を求めたものであり、昭和天皇との会談を求めたものではなかった。
恐らく、翌日の真珠湾攻撃を知っていたルーズベルトがもっともらしく「私は平和を望んでいる」と言いたいために、宣伝用猿芝居を演じたんだろう。
—終り—
[ ohgachaman ]
2018/12/10(月) 午前 10:36
> ぬーぼーさん
大賛成です!
青山さんは何であんなに偉そうなんでしょうか。
虎八見学の人も少しずつですが減ってきているようですね。
[ iru*as*a ]
2018/12/10(月) 午前 11:22
> ohgachamanさん
ご指摘ありがとうございます。その通りです。その部分を読むと確かに間違いです。書き方がおかしかったですので訂正いたします。陛下の全権を受けて近衛が会談するということが正しいです。
2018/12/10(月) 午前 11:38
> iru*as*aさん
返信ありがとうございます。
好きな人もいるので不快に思われたら申し訳ないのですが
私は大きな声を出したり自分の自慢話が多かったりで
苦手に感じてたので今年からは見るの辞めました。
一平ちゃんも月曜日は何か辛そうに見えるw
他の日や他の出演者はつまらなく感じた事ないんですが
[ ぬーぼー ]
2018/12/10(月) 午後 4:24
満洲特務機関の門脇さんのお話では、ヴェルサイユ体制を決めたのは、各国から集まった「ユダヤ人」だったと!アメリカ人でもフランス人でもない。当時はコミンテルンも結成されていて、
ユダヤとコミンテルンは、ドイツを足腰立たないように潰せとした。ヒトラーはそれに反発したのだ。
ユダヤとコミンテルンは、アジアでは日本の天皇が邪魔だった。
世界のユダヤ化に差し障りがあるので、戦争させて潰そうとした…
としたら、アメリカ大統領は役に立たないので、
日本はアメリカの民衆に訴えて出ればよかったと思う。
ハル・ノート、こんなん来ました!!と。
(子どもの頃思っていた策です)
民衆も共和党の政治家(フィッシュとかフーバーとか)も驚き、たちまち目が覚めて、天皇陛下とルーズベルトの会談になったかもしれない。
やっぱり青山さんの言ってることは正しいと思う!
大切なのは人間の気迫!アメリカ民衆に日本の思いがダイレクトに届けば、ユダヤ金融資本家の好きなようにはならなかったと思うんダ。
[ おチビ ]
2018/12/10(月) 午後 4:34
裏側では常に共産主義者、ユダヤが蠢いているような気がします。
ナイス、ランクリです。
[ nadarechan1113 ]
2018/12/10(月) 午後 7:57
米国の今までの歴史を見ても武力行使ありきでしょう!
[ 痛風のK ]
2018/12/10(月) 午後 8:28
> おチビさん
昭和16年年10月20日に「ウォールストリート・ジャーナル」紙、12月4日には「シカゴ・デイリー・トリビューン」紙が「戦争屋ルーズベルト大統領の命令により1千万人動員がされ、その半数は欧州、アジア、アフリカへ派遣される」と書いて多くの米国人に読まれていたが、米国民の注意をひかなかった事実がある。まして当時から外交下手の日本がこの時期にそんな手を打てるならとっくの前にやっていたですし、11月26日以降ではすでに米国が参戦しない選択肢はなかった。それは支那事変を煽った米国に蒋介石やチャーチル、そしてスターリンの参戦要求が頂点に達していたからである。
2018/12/10(月) 午後 10:18
私もそう単純な話ではないと思うんですよね。色々な背景があるので、私もまだまだ勉強しないといけないと痛感しているところです。
ナイスランクリ
[ 鳳山 ]
2018/12/10(月) 午後 10:40
ま戦争して半島と分かれることが出来たのは良かった
[ laf*elc*s ]
2018/12/10(月) 午後 11:09
日本が唯一反省すべき点は、戦争に負けたこと。
もしあのとき日本が勝利すれば、今ごろは飛躍的な進歩を遂げ、世界の盟主に恥じないくらいの素晴らしい国家になっていたことでしょう。
それだけに敗戦を通して完膚なきまでに腑抜けになった今の日本が残念です。
[ 通りすがり ]
2018/12/12(水) 午後 0:00
帝国憲法上それが出来たとでも?
転載&FBシェアしました。
[ nar*sa*a_ik**u ]
2018/12/13(木) 午後 2:47
青山ハゲ晴?
ああ、「男性より女性の方が優秀」「入社/入学試験で成績順に並べると男女比が2:8になる」とかほざいてた糞フェミ男だろ
[ 名無し ]
2018/12/15(土) 午前 8:30
転載させていただきました。
すべてのコメントと記事を拝読させていただいております、、
勉強せなあきませんわ、あたし。
[ いかづちまる ]
2018/12/18(火) 午前 8:32