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さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」
保守の会会長 松山昭彦のブログ

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年の始めの 例(ためし)とて
終りなき世の めでたさを
松竹たてて 門ごとに
祝ふ今日こそ たのしけれ
 
初日の光 明(あきら)けく
治まる御代の 今朝のそら
君がみかげに 比(たぐ)へつつ
仰ぎ見るこそ たふとけれ
 
 
この歌は『一月一日』と書いて「いちげついちじつ」と読みます。
 
戦前は正月に登校して「元旦拝賀式」の奉唱歌として歌い続けてきた唱歌である。
 
しかし戦後、唱歌『1月1日』は学校の教科書から消えてしまった。
 
理由は「軍国主義の復活につながる」ということである。
 
ちなみに、この唱歌は大正2年に2番の歌詞が次のように変わる。
「初日の光 さし出でて 四方(よも)に輝く 今朝のそら」
 
明治天皇の「治まる御代」がなくなるのは名残惜しいが、大正天皇の御代として歌詞が変えられた。
 
さて、この唱歌の何が軍国主義につながるのでしょうか?
 
それは2番の「君」が『君が代』の「君」と同じで、天皇に忠節を誓うのは戦争を思わせるからいけない、ということである。
 
反日左翼というのは何でも戦争と結びつけて、日本の伝統や文化を壊したがるのだ。
 
ここでいう「君」は「天皇陛下」であり、唱歌『11日』は国民が御皇室の弥栄をお祈りして祝賀する歌なのである。
 
一方、天皇陛下は元日の日が昇る前に、野外の暗く寒い中で「四方拝」という祭祀をされ、年頭に神々へ「日本の安寧と世界の平和」をお祈りされる。
 
このような天皇陛下と国民の間柄こそ、教育勅語にある「我が國體の精華」である。

日本の国柄を考えれば歌い続けることこそ日本人として大切なことである。
 
そして日本の国柄を踏まえれば、正月に神社にお参りする時には、自分のお願いという小さなことではなく、御皇室の弥栄と国家国民の繁栄に感謝してお参りいたしましょう。


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平成30年の終わりに一言申し上げます。

今もまだ戦後体制の日本であるが、日本を取り戻すことができるのだろうか。
 
徳川幕府から明治維新へと大きく変われたのは変わろうとした強引な意思があったからである。
 
秀吉の時代には、キリシタンが布教を口実に日本侵略を目論んで来ていたが、日本の武力には到底かなわなかったので手を出せなかった。
 
しかし幕末になると列強の武力は日本をはるかに超えていた。

にもかかわらず知識人と言われた人達は“平和”に慣れて危機感が薄かった。
 
福沢諭吉は万延元年遣米使節と遣欧使節の2度も欧米を直接見てきた学ある知識人であったが、その福沢ですら「白人の植民地支配は目くじらを立てるほどではない」と言った。

いつの時代もこういう日本人がいるのだ。
 
一方、白人の植民地支配に危機感を抱き、彼らの軍事力の情報を集めて学び、日本の独立を守るために命を懸けて戦ったのが幕末の志士達である。
 
「このままでは白人の植民地にされる」。
 
福井藩の橋本佐内は「誰が知っているであろうか、この美しい月光が欧米の餌食となったマカオで人々の白骨をかつて照らしていたということを」と書いていた。
 
そこから「大政奉還」「王政復古」となるには大きな抵抗もあり、簡単にはいかなかったが、岩倉具視が「小御所会議」で幕府専断政治の馴れ合いを強引に払拭させた。
 
これで決まったのである。
 
つまりこれが“幕末維新の転換”の核心部分であり、これが後の議会政治や憲法制定につながることになる。
 
その後、戊辰戦争になるが、もはや時代の趨勢は決まっていた。
 
このように時代の節目は強引にでもやらねば変わらないのである。
 
大東亜戦争後、先人達が築き上げてきた明治日本を否定され、日本人の意思を無視して、外国人のGHQが日本の戦後体制をつくったが、これも強引にである。
 
この戦後体制は今も続いている。
 
この戦後体制は経済的には潤っているが、これに甘んじる日本民族は大事なものを失ってきた。
 
まずは日本人が日本人であるためには君臣一体の國體を取り戻さなければならない。
 
御皇室のことも、憲法も、軍隊も、教育勅語も、戦後体制をぶち壊して本来の正しい姿を取り戻さなければいけない。
 
この戦後体制を正すにはどんなに頑強に反対されても「強引」にやらねばならない。来年はやらねばならない憲法もそうである。

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平成の御代最後の年末を迎える。陛下がお言葉で述べられた通り、平成は「戦争」はないが「大災害」が多かった。
 
特に印象にあるのが東日本大震災である。
 
東日本大震災発生から4か月後の724日、被災した岩手県や宮城県の子供達が2週間、ポーランドへ招かれることになった。
 
子供達は知らなかったが、これは日本の先人達への”恩返し”でもあった。
 
1795年、ポーランド王国はプロイセン、ロシア、オーストリアに3分割されて国を失ってしまった。
  
屈辱に耐えかねたポーランド人は国を取り戻そうと、地下に潜って独立運動を始めるが、その都度逮捕されてシベリアに送られた。
 
第一次世界大戦後のベルサイユ条約で、ポーランドは独立を回復して、シベリアに流されていたポーランド人も祖国に帰れると思った。
 
しかし、ロシア革命によりソビエトが誕生し、ポーランドとソビエトで戦争が始まったため、シベリアのポーランド人は帰れなくなってしまった。
 
ポーランドは世界に向かって救援を要請したが助けてもらえず、シベリアの酷寒と食糧不足で飢餓と伝染病がポーランド孤児達の命を奪っていった。
 
絶望の中、救いの手を差し伸べたのが日本人であった。
 
当時、シベリアに出兵していた日本陸軍と日本赤十字の看護婦が、酷寒の中、体力が弱って死を待つポーランドの孤児達を救出した。
 
3年間で765名もの孤児を東京に救出した。しかし救出した孤児は重い伝染病と飢餓で衰弱しきっていた。
 
看護婦の松澤フミさんは、腸チフスで衰弱していた子供の看護をして「せめて最後は私の胸の中で」と子供を抱いて寝ていたため、自分が腸チフスに感染して亡くなった。(下画像)
 
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これを知ったポーランドは松澤フミさんに「赤十字賞」と「名誉賞」を授与した。
 
ポーランド孤児を救出した話が日本中に広まると多くの寄付金が届けられた。

大正11年には貞明皇后が日本赤十字社病院に行啓され、孤児の頭を幾度も愛撫され、胸に抱きしめ、孤児を激励し、「健やかに育つように」とお言葉を賜れた。
 
こうして健康を回復した子供達は祖国ポーランドへ帰国することになった。
 
横浜から出港する時、孤児達は面倒を見てくれた日本人から離れず、泣いて乗船を拒んだ。
 
しかし孤児達を船に乗せ、船が動き出すと、孤児達は日本で覚えた「君が代」を歌いながら日本を離れて行った。(下画像)

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ポーランド人は日本人にしてもらった歴史をきちんと教わる。しかし戦後の日本人は日本のよきことは一切教えないからほとんど知らない。
 
平成7年、阪神淡路大震災が起きると、ポーランドは真っ先に日本に救援活動を行ってくれた。

これはそういう意味である。
 
ポーランドに招かれた被災地の子供達はこういう話を初めて聞かされて、なぜポーランドに招かれたかを理解した。(下画像)
 
シベリア孤児だったポーランド極東委員会副会長は、このような手紙を被災地に送ってきた。
 
「日本人は我がポーランドとは全く縁故の遠い異人種である。日本はポーランドとは全く異なる地球の反対側に存在する国である。
 
しかし、日本人はかつて、不運なポーランド児童達に深い同情を寄せ、心より憐憫の情を表わしてくれました。我々ポーランド人は肝に銘じてその恩を忘れることはありません。
 
我々児童達をしばしば見舞いに来てくれた裕福な日本の子供達が、孤児の服装がみじめなのを見て、自分の着ていた最もきれいな衣服を脱いで与え、髪に結ったリボンや櫛、指輪までも与えてくれた。
 
ポーランド人は高尚な民族であるが故に、いつまでも日本に対する恩を忘れない民族であることを日本人に知っておいてほしい。
 
ポーランド人は日本に最も深い尊敬、最も深い感恩、最も温かき友情や愛情を持っていることをお伝えしたい」
 
我々日本人が、こうして世界から信頼されているのは、我々先人達のお陰であることを知らなければいけない。

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レーダー照射で…米が韓国へ怒りの“警告” 米軍関係者「世界の軍関係者が『韓国が悪い。日本は悪くない』と理解している」
米軍が韓国軍への怒りをためている。韓国海軍の駆逐艦が海上自衛隊のP1哨戒機に、攻撃寸前の火器管制用レーダーを照射したからだ。
 
米軍であれば即座に韓国艦を撃沈しかねない「敵対行為」「軍事的挑発」であるうえ、「北朝鮮の非核化」に向けた日米韓の連携を崩しかねない暴挙といえる。
 
「従北・反日」の文在寅大統領がレーダー照射事件について沈黙を続けるなか、世界の軍関係者はあきれ果て、韓国への信頼度をさらに低下させそうだ。
 
ある米軍関係者は、夕刊フジの取材に、こう冷静に言い切った。
「当事国ではないので黙っているが、内心は『韓国軍は何てひどいことをしたのか』『非常識だ』と思っている。火器管制用レーダーの照射は、戦争の引き金となりかねない危険な行為だ。訓練ならともかく、予告なしの照射はあり得ない。今回の件は、世界の軍関係者が『韓国が悪い。日本は悪くない』と理解している。日本はもっと怒るべきだ」
 
海自哨戒機は今回、日本海でうごめく中国海軍の潜水艦などを探知する任務にあたっていたとみられる。もちろん、海自と米海軍は連携しており、韓国駆逐艦の行動は事実上、米国への妨害・挑発ともいえる。米軍に警告されてもおかしくない。(平成301228日 夕刊フジ)
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防衛省が映像を公開した。
 
これを韓国政府が公表しないように要請してきたが安倍政権は断った。
もし今、民主党政権だったら公表させなかったろう。
 
 

米軍関係者は「予告なし照射は戦争の引き金になりかねない。日本はもっと怒るべきである」と言っている。
 
それを知ってか知らぬか、韓国国防部はこう言ってきた。
 
「映像公開は深い憂慮と遺憾を表明する。駆逐艦は北朝鮮船舶を正常に救助中だった。わが軍が日本の哨戒機に追跡レーダーは運用しなかった事実に変わりない」(聯合ニュース)
 
この場になってもまだとぼける韓国。

韓国側は「北朝鮮船舶の捜索のためにレーダーを運用」と言っていたが、今は救助になっている。
 
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映像を見ると北の船は目の前にいて捜索しなくてもわかるだろう。
 
これは能登半島近くで韓国と北朝鮮が「瀬取り」(船から船へ荷を積み替える)をしていたとも言われているが、映像はそう見える。
 
今回、海自哨戒機は米海軍と連携してシナ潜水艦の探知をしていたのを韓国軍に妨害された形となった。
 
今までの日本だったら韓国側がこのような嘘をついてきたら、韓国を庇うために韓国の要求通り公表せず、場合によっては日本が友好のためにお詫びしたかもしれない。
 
しかし今の日本は違う。
 
いくら嘘をついて誤魔化しても、日本側はきっちり反論して真実が世界に拡散され、逆に「朝鮮人はとんでもない噓つきだ」という事実を世界の人達が知り、慰安婦も徴用工も東海も、朝鮮人が言うことは“嘘だらけ”ということが理解されるかもしれない。

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平成30年年1227日のテレ朝「羽鳥慎一モーニングショー」で、反日左翼の玉川徹が「ネット右翼とはいったい何者なのだろうか?」をやっていた。
 
このタイトルを見ただけで玉川などテレ朝が“反日左翼”の立ち位置であることがわかる。
 
同時に、彼ら反日左翼がいかに“ネトウヨ”なる存在に警戒しているかもわかる。
 
まずは一言言っておくが「ネトウヨ」などという言葉はない。反日左翼が勝手に言っているだけである。
 
自分達がつくった言葉を公共の電波に流して、視聴者に「ネトウヨ」=「まともじゃない特殊な人間」の印象づけをしている。
 
しかし、今の時代、多くの方がネットをやっており、今までマスコミや学校では教えない真実の日本の姿を知るようになり、目覚めてきた。
 
マスコミがこういうことをやればやるほど反論されて、自分達の立場が追い詰められるのである。
 
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玉川徹:「スタッフに見て頂くと、私はネトウヨからいっぱい批判されているらしい。私のことを反日だとか、パヨクだとか、よく言われているらしいんです。どういう人達なのか気になっていました」

古谷経衡:「もともと僕は恥ずかしながら、いわゆるネット右翼みたいな思考を持っていた人間なんです。右の政治思想や右の価値観に心を惹かれていた時代がありました」

玉川徹:「ネット右翼はこのモーニングショーなどリアルタイムに見て投稿している。どういう人達なんでしょう?」
古谷:「ネット右翼は経営者や管理職が多い。一番多いのが46歳前後の小規模零細の自営業者です」
 
玉川:「ネット右翼の定義は?」
古谷:韓国と中国と朝日新聞の3つが嫌いかどうかです。1個でも好きだったら反日、パヨクです
 
玉川:私のことを反日とかパヨクと言われているらしいんですけれど、一体、私のどこが反日なのか。日本のことを考えて話しているんですね。どういうことなんだろう?
 
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玉川:「それだけ?」
古谷:「それだけです。思想とかイズムはないんですよ」
 
玉川:「例えば韓国とか中国と仲良くした方が日本のために良いかもしれないじゃないですか
 
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古谷:「もちろんですよ、隣国ですから」
 
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玉川:「でも、そういうこと言うと反日になっちゃう?」
 
古谷:彼らの主張は、中国に対しては絶対戦争が起こる敵である。日本を現在進行形で侵略している国が中国であるという認識です。これは嘘ですけどね。デマです
 
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古谷:韓国については、彼らは日韓国交が1965年に回復しましたよね。それを断交しろというのが主流の主張です。仲良くするなど論外なんです。その時点で玉川さんは反日です。彼らからするとパヨクです
 
玉川:「ネット右翼の社会的影響力は?」
 
古谷:ネットだけの世界を見ていくと圧倒的に右傾ですよね。圧倒的にネット右翼の声が強い。動画の世界を見ても強い」。
 
玉川:「なぜ少数のネット右翼に社会的影響力があるのか?」
 
古谷:本当は影響力はないんですが大きく見えてしまう。ネット右翼の人達は声が大きいわけです。朝8時から夕方、夜、深夜まで書き込んでいるわけですよ。それをテレビやラジオや雑誌が彼らからの抗議を恐れて自粛したり、企画を出す前に引っ込めてしまったり、これは由々しき事態と思います
 
玉川:「今日の結びなんですが、ネット右翼に過剰に反応しても意味はないでしょう
 
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玉川も古谷も、好き勝手言っているが、結局、彼らの言う「ネトウヨ」というのは「愛国心のある正しい日本人」ということである。
 
ということは、彼らから「ネトウヨ」と呼ばれないようでは、まだまだ愛国心が足りないということである。
 
彼ら反日左翼や反日マスコミや反日在日が「ネトウヨ」なるものを警戒しているのは、自分達の嘘や捏造や誘導がことごとく論破され、その企みが白日の下にバラされるからである。
 
結びに「ネトウヨに過剰反応しても意味がない」と結論付けているが、「ネトウヨ」「ネトウヨ」と言ってネットに過剰反応しているのはお前たち反日マスコミである。

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