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鎌倉・湘南に住んで、歩いて見て聞いて、感じて考えたことの記録

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【2011.12.28(水)】
 
1930年代から60年代にかけて、絵画、写真、グラフィック・アートなど幅の広いアート分野で活躍し、日本のアーティストたちに大きな影響を与えたベン・シャーンの展覧会に行った。
 
「ベン・シャーン  クロスメディア・アーティスト−写真,絵画,グラフィック・アート−」
(場所:神奈川県立近代美術館 葉山、期間:2011.12.3−2012.1.29)
 
この展覧会のことを知ったのは、『BEN SHAHN      「自画像」(1955) インク、  
ベン・シャーン「世直し画家」の真実』という「芸術      縮れたような線が独特    新潮」2012 年1月号の特集記事で。       イメージ 5 
この記事の第1章を、福島県立美術館の学芸員の荒木康子氏が「ベン・シャーンからのメッセージ−3.11後の福島で考える」というタイトルで書いている。
その冒頭で荒木氏は、シャーンと福島県立美術館とのつながりについて書いている
イメージ 3震災で福島県立美術館は一時休館、4月26日の再オープンにおけるテーマ「ふるさと・祈り・再生」における常設展示ではずせないと思ったのが、収蔵していたベン・シャーン最晩年の版画集『一行の詩のためには・・・:リルケ「マルテの手記」より』であったという。
 
上はその版画集の中の«小さな草花のたたずまい»
(1968) リトグラフ、紙
 
 荒木康子氏は、「この版画集は、観るものに、これまでのいろいろな出来事を思い起こすこと、そしてこれから先に重いを馳せることを同時に促す。」と説明している。
荒木氏は続けて、この芸術家の軌跡を詳しく紹介している。
 
この特集には、絵画、写真、グラフィック・アートなどシャーンの多様なジャンルの作品が紹介されていた。いい美術作品だなという思いとともに、何か非常になつかしい雰囲気と、作品の中の人物への作者のあたたかい視線を感じた。
 
上のようなことから、ベン・シャーンという美術家に非常に興味をひかれ、作品をぜひ直接観たいと思った。
 
行った展示の場所は葉山。JR逗子駅からバスで約20分でちょっと不便。でもすごく環境のよいところ。
 
美術館内でベン・シャーンの軌跡に沿った展示を観る。
 
ベン・シャーンが本格的に世に出した作品の題材      «ドレフュス大尉»1984
は、「ドレフュス事件」と「サッコとヴァンゼッティ事        ポショワール、紙    
イメージ 1件」。前者は、フランス陸軍大尉だったユダヤ人のドレフュスが対独スパイ容疑で逮捕された冤罪事件。国内外の知識人が裁判の結果に反発、結局無罪となった。後者は、イタリア系移民のアナーキストのサッコとヴァンゼッティが強盗殺人の容疑者として逮捕され死刑判決を受けた事件。確かな物的証拠のない冤罪で、背景には労働運動と移民差別があったといわれる。死刑は執行された。 
 
「バルトロメオ・ヴァンゼッティとニコライ・サッコ」(1931-32) 
テンペラ、紙
イメージ 2
 
 
 
これらの一連の作品、テーマは重いが、画の感じはしっとり落ち着いていて、人物へのまなざしは温かい。
理不尽さへの強い抗議というより、難を受けた人間に対するシャーンの気持を素直に表現しようとしている気がした。
 
ベン・シャーンはロシア系のユダヤ人移民であり、若いころは貧しかった。石板画工房での経験の後、パリで美術を学んだときは後期印象派風の画風だった。パリに居るうちに「これは私の芸術だろうか」という疑問に苦しみ、「自分の描くべきものは自分のまわりに、自分の中にあるはず」と気づく。そこで取り組んだのが、上記の社会的テーマの作品だった。
その後もシャーンは社会性、政治性のある   「ウェスト・ヴァージニア州、スコッツ・ラン、 
題材、いわゆる「社会的リアリズム」の作品  オウマ」(1935) 写真(ゼラチン、シルヴァー)
品に取り組んでいるが、米国の中西部、イメージ 8
部のアメリカ農民の写真を撮る仕事を契機
に、1930年代後半には、個としての人間を
描く「個人リアリズム」へと方向転換していく。
それ以降、具体的事件自体をテーマにするのではなく、象徴的な意味をモチーフに託す形でメッセージ性をもたせるようになっていく。作品の分野や用途は大きく広がった。ポスター、絵本、写真、広告、レコードジャケットなど、その多様さに驚く。
 
 
 
              「W.P.A.サンデー」(1939)                  グワッシュ、紙
 
                  
「ラッキードラゴン」(1960) 
テンペラ、板に貼られた」綿布
イメージ 4
1954年、マグロ漁船第五福竜丸は、ビキニ環礁付近での米国の水爆実験の死の灰を浴びた。
シャーンはこの事件をテーマ作品にしている。それが「ラッキー・ドラゴン(福竜)」シリーズ
左は、放射線被爆で亡くなった無線技士久保山愛吉さんをモデルにした作品。
シャーンは、戦時中広島と長崎が爆撃されたことについて、自分自身が罪を犯したときのような罪悪感を感ずると人に打ち明けたことがあるとのこと。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こうしてシャーンの作品の流れを見てくると、彼の生き方と作品を貫いているのは従一言でいえば「ヒューマニズム」であり、 自分と社会を真摯に見つめてきた人だと思った。そしていろいろなアート手法による様々な表現の可能性を示したという面でもその足跡は大きいと思った。
 
【美術館のレストラン】
この美術館にはレストランがあり、その窓、テラスからみる葉山海岸の眺めがすばらしい。天気がよければ富士山も見える。
 
正面:レストラン 右:美術館 左:海岸  レストランの大きなガラス窓、右はテラス
イメージ 9
イメージ 6
 
         一色海岸の落日 (美術館の海岸側端からの眺め)
イメージ 7
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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