【事実】心の「枠」
【発見】壊すのも怖いし、その中にいるのも怖い。
【教訓】「枠」はあってもなくてもいい。
【宣言】こだわらない。
今までの人生の中で作ってしまった「枠」、作らねば生きていけなかった「枠」。それに気づき、その「枠」から出ようとするとき、壊そうとするとき、自分を許し、他者に甘えることがどういうことかわかる。そうしたいと思う。しかし、こわしてしまったら、今までの自分を捨てることになり、他社との関係も壊れてしまう。その「枠」をたよりに、その「枠」をもとに関係を築いてきたからだ。他社との関係が壊れ孤独になることが非常に怖い。だから「枠」の中にもどりたい、その方が安全だ。しかし、その「枠」に気づいてしまった自分が元に戻ることはできない。あの苦しみは二度と味わいたくない。「生きなければならない」「生きることが善である」を前提にしたとき(これも「枠」であるが)、どちらにも動けない。この苦しさから逃れるには「死」しかない。しかし「生きなくてもいい」「いつ死んでもいい」という前提に立つと、「枠」自身の意味がなくなる。というよりあってもなくてもいい。どちらにいってもいい。揺れ動いてもいい。そう思えたら、心の中に何か「光るもの」が生まれたような気がする。その「光るもの」が何なのか。それがもしかしたら人生から問われているものなのかもしれない。
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心の中の光るものは もしかしたら
希望 自由 かもしれませんね^^
2009/7/21(火) 午前 10:32 [ *ゆふ* ]
確実なことは何時か必ず死ぬということ、
そんなことを私も時々思い返しています。
つるんだり、流されたりしなければならない時もありますが、
雑踏の中で孤独を感ることにしています。
2009/7/22(水) 午後 5:50 [ ・ ]
自分にプレッシャーを掛け過ぎているのかも?ゆったりと過してください!
2009/7/24(金) 午後 9:21