骨折通信

生きてはいるんです。ご無沙汰してすみません。いつもさぼってるけど、さぼりすぎ!

受傷〜入院生活(過去)

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2006年3月に右下腿骨骨折してから当ブログ開設の9月までの過去を振り返っています。
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テスト ケータイ投稿記事

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初の携帯からの記事アップにトライしています!
いよいよ来週入院なので(>_<)病院からも携帯でアップしてみようかと思い、練習です!

せっかくだから何か写真を・・・。
去年の春、病院のベッドから見た青空です。確かGW前で、世間は楽しい雰囲気、
ちょっとせつない青空でした(^-^)

抜釘の手術もせまってきました。早いものでそろそろ骨折後1周年です。(記念日じゃないけど!)
まだ入院生活の記録を完成させていなかったので、今日は食べもの記事ではなく、本来の骨折通信に戻って・・・。

スキー場そばの病院に8日間牽引状態にて入院、地元に戻り手術をした病院に21日間入院、その後リハビリ専門の病院に転院し59日間を過ごし、トータル88日間の入院生活を経験しました。
先の記事では術後7週、片ロフストでなんとか歩けるところまできました。
もともとリハビリ専門の病院に転院してきた時のドクターとのお話しでは3週間〜4週間で社会復帰を目指しましょう、と言われていたので、術後7週というのはすでに4週間が経っており、いつ退院しろと言われてもおかしくないときでした。
ただ、痛かったんです。この痛みのまま社会復帰してやっていけるのか非常に不安でした。

リハビリメニューはさほど変わらず以下の通りでした。
・足のお風呂15分(水治)
・PTさんに足首、膝のストレッチを施される
・スケボー(50センチ×20センチくらいの小さいスケートボードです。)に足を載せ、前後させる→足首を曲げる運動になります。これがまっすぐ手前にひくことができないのです。足首が曲がりきらないので逃げてしまいます。
・エアロバイク、負荷をだんだん増やしていく。45W→50W。時間は15分から20分。脈拍があまり上がるようだと負荷を減らして対応する。
・ボール(サッカーボール大だったかな。)の上に足を載せてぐるぐるまわす。これも足首をやわらかくするための運動。
・平行棒の中を歩行練習。だんだん手を離して歩くようにします。
・その後リハ室内をロフストなしで歩く練習をするようになる。術後10週の頃。この頃退院の気持ちを決めたせいか肝がすわり、かなりのスピード(その頃の自分としては)で歩いてみる。PTを驚かせた。ただ歩いていて急に立ち止まるとそのほうが痛みを強く感じるので、ぐるぐる歩いていた、ということもある。
・ひ骨神経のところに低周波の電気をあてる。→効いているのか???

そんな痛い・痛いの入院生活の中でもさすがに入院生活が3ヶ月に近づいてくるにつれ、社会復帰への不安よりも焦りのほうが強くなってきます。自分はちゃんと仕事についていけるだろうか・・・と。
リハ科のドクターに相談したところ、手術を施した整形外科のドクターにも退院前に一度診察にかかったら、とすすめられます。それが、術後10週の頃でした。
痛みを訴える私に対し、その時整形外科のドクターは、
“これだけ折れていたらそうすっきりとはいかないよ。”
これで退院する覚悟が決まりました。
どうせ痛いならもう退院しようと。
こうして私の88日間の入院生活は終了しました。

入院中、ドクター、看護師さん、家族、たくさんの友達、同僚・・・本当に多くの人に助けられました。退院後ももちろん助けられているんですが(^-^)

一つ大切な友人(お見舞いチャンピオン)とのエピソードを。
私の入院中、通っていた英会話学校の先生がお国に帰ることになり、farewell partyが行われるとのこと。
友達がそのパーティーに私を誘うのです。送迎してあげるから行こうよ、と。
その頃ロフストをついて人前に行くのもいやだし、まず人がたくさんいるところがこわいし、英語も久しぶりにしゃべれるか不安だし・・・とぐずぐず言ったんです。すると・・・
いつまでも入院していられるわけじゃないんだからね!社会復帰するんでしょ!と叱咤激励されました。
その通りと思い、結局連れて行ってもらいました!
その場は自らはそう動けませんでしたが、久しぶりに会う先生や友達もいたりして、楽しく過ごせました。
怒ってくれる友達ってそう多くはありません。感謝することしきりです!

今こうして振り返って、またいろんなことへの感謝の気持ちが薄れていたことに反省!
日々一生懸命生きていかないと・・・。

骨折通信まだまだ続きます!退院後もつらかった!(泣いてばっかりだ〜。)

長野の病院の窓から

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受傷〜入院生活の記事が術後7週間でとまっています^^;
今日は一人病院の窓から見てた景色を。(ベッドにはりつけの刑時代です。)
北信五岳が見えていました。
飯綱山、戸隠山、黒姫山、妙高山、斑尾山・・・スキー場があるところばかりです。
またスキーシーズンがやってきているんですよね。
ちょっとだけ複雑な心境です。
骨折ブログであることを忘れ、食に走っていたほねみです。
思い出しつつ、大泣きした本格リハビリ初日(術後18日目)以降術後7週目くらいの状況を残しておこうと思います。

このリハビリ初日、それまでシャワー室で使える車椅子に座り、シャワーのみの生活だったのですが、
骨折後初めてバスタブにつかりました!このバスタブが深いんです。
看護婦さんたちが(私の入院していた病棟にはそういえば男性の看護師さんはいらっしゃらなかったです。)ここのお風呂はこわいからね、とよく言っていたのですが、脱衣所がお風呂場に向かって上り坂になっているのです。上るのも大変だし、下りもこわい。この意味はわからなかったです。さらに先に書いたようにバスタブが深い、もちろん手すりがついているので、それを持って入れば大丈夫なのですが、かなり気を遣いました。
初日は転んではいけない、ということで看護婦さんがお風呂場に待機してくれていました。
恥ずかしいと思ったけれど、何かあったら困るので2〜3日は待機してくれていたと思います。それ以降は一人で大丈夫、ということで毎日一番最後にゆっくりお風呂に入ってました。
(看護婦さんについていただかないといけない患者さんは毎日はお風呂に入れなかったんじゃないかな・・・。)

お風呂の話しが長くなりました。さて初日以降のリハビリメニューです。
・足のお風呂15分(水治って書いてあったかな。膝下をジェットバスにつけます。最初は水圧が当たると痛くて・・・それだけでつらかった。)
・筋トレ:1.5キロの平らなおもりを足首にまいて、仰向け、うつぶせで足の上げ下げ(最初はうつぶせで足が全く上がらなかった・・・。)
・タオルギャザー(ベッドに腰掛けた状態で足の指だけで広げたタオルを手繰り寄せる。最初は健足でもできないのでは?と思ってやってみたけど、簡単にできてびっくり。骨折した足では全くできなかった・・・。)
・健足でレッグプレス
・平行棒の中を歩行練習

術後3週間目に1/2荷重開始。体重計で量りながら平行棒の中を歩く練習をします。
その翌日からはエアロバイクも追加。最初の負荷は25キロ。今思うとかなり少ない。
時間も10分から始める。

この頃は痛みがまだ強かった。ロキソニン(痛み止め)はなるべく飲まないようにしていましたが、
飲んで寝る夜もあった・・・。またベッドに寝た状態でかかとをつけているとしびれを強く感じたので、
それをドクターに相談したところ、足首に枕をかったらどうかとのことで退院直前まで枕をかうことになります。骨折部だけでなく、足の付け根や肩も痛かったことを相談したら、モーラステープ(湿布)を出してくれることにもなりました。それまで湿布なんて気休めだろう・・・と思っていたのですが、これが意外と効いてびっくり。寝る前に貼って朝起きると多少楽になっていました。

ちなみにこの病院に転院してきた時は手術した病院で借りた松葉杖でしたたが、この病院内では松葉杖が使用禁止とのこと。(危ないということらしい。)私は病院内ではロレータという4本足の歩行器を使って歩いていました。これが腕の力を使うため、肩も痛くなったのだと思います。リハビリ室ではロフストクラッチで練習。ロフストクラッチは1本8,000円で買わなくてはいけない、と言われたのですが、のちのち使うわけでもないので、結局病院のものを借りられることになり、ほっとする。(ドクターは8,000円ならいいでしょう、お父さんに買ってもらったら、なんて言っていたけど。買ってもらえません苦笑)

術後27日目には初めて外出する。骨折後39日、初めての下界!不安はあったけど、うきうきしていたのを思い出します!(行き先は手術した病院だったのだけど笑)友達が迎えに来てくれて無事診察終了、帰りにはラーメンを食べて帰りました。嬉しかったのでついぱちり。
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午後はいつものようにリハビリが入っていたのであわてて帰り、いつものようにリハメニューをこなします。
初の外出はかなり疲れたのを覚えています・・・。
そしてこの日、それまで3人部屋に1人だったのが、外出から帰ってみると、ピンクのジャージを着たおばあちゃんがちょこんと向かい側のベッドに座っていました。キティちゃんのついたマスクをしていたので、お見舞いに来てくれた私の友達にキティと命名されます。これから先の入院生活、ほぼキティと一緒に過ごすことになります。キティはがんばりやでちょっと無理して腰を痛めたこともあったなあ。

そしてGWがやってきます。本当は旅行に行くはずだったのに・・・と世間がお休みになるとそれまでよりも自分が取り残された気分になってつらかった・・・。

外出を何度か繰り返し、術後44日目には初めての外泊。外泊で自宅に帰る前に、友達のおうちに遊びに寄ることになり、病院には友達が迎えに来てくれました。ずっと晴れ女の私だったが、この日だけは雨・・・。
友達のおうちはアパートの二階でロフストがつるっと滑る!濡れたところでは滑る、と聞いていたけど、本当に怖かったです・・・。もう無理せず友達に肩を借りました。彼女も本当によくお見舞いに来てくれて感謝・感謝。一人で来てくれたほかにもだんなさまやお子さまも一緒にお見舞いに来てくれて。
彼女のだんなさまは関西の人なので、この日はたこ焼き&焼きそばをごちそうになりました!
上の男の子はまだ幼稚園だけど、アメリカで育ったせいか徹底してレディーファースト(笑)
車のドアは開けて待ってくれているし、本当にやさしい!
そして自宅へ。この時のストレスは相当なものでした。家は病院のように広くないし、平らなところばかりではない。家ではお風呂場に手すりもないし、シャワーのみ。家が落ち着くという気持ちは全くなく、病院に帰りたいと思ったくらい。

術後46日目には2/3荷重開始。しびれを訴えていたので、この頃からひ骨神経のところに低周波の電気を流すこともリハビリメニューに加わる。

術後47日目、リハ室で初めて片ロフストにチャレンジ。意外と歩ける。

術後49日目(7週間)ようやく病棟でも片ロフストが解禁になる。
エアロバイクの負荷はこの頃40W。

この病院に来てすでに4週間以上が経過していたので、そろそろ退院の話しが出たらどうしよう・・・と不安に感じていた頃でした。

少し松葉杖をつけるようになった頃、主治医のドクターから"そろそろ転院かな〜"と告げられました。手術をした病院では、その後リハビリが必要な患者はスライド式に提携しているリハビリを専門に行っている病院に転院させられます。(あえて"させられます"と書きます。)そのリハビリの病院は厳しいといううわさがあり、また違う環境に移ることがドキドキの原因でした。
その頃、荷重は1/3。まだ痛み止めを毎日朝、晩2回飲んでいた頃です。
スキー場近くの病院から地元の病院に転院した時はストレッチャー、車椅子での移動、入院の手続きも人任せでしたが、最後の病院では書類等は自分で書けるまでになりました。
その病院はリハビリが主ということで、急性の患者さんはほとんどいません。したがってずいぶんのんびりした雰囲気、あまりに静かで痛みもさることながら、寂しさというか気分が落ち込むような気がしました。病室からはえぞ桜が見えていました・・・。

さっそくこの病院での主治医のドクターとご対面。いろいろと問診を受けました。
リハビリ専門ということだけあって、ケガを治す、というよりはいかにして社会復帰をするか、ということに主眼がおかれていることがわかりました。ケガの経緯はもちろんのこと、これまでの自分の生活についても聞かれました。不思議に思ったのは、大学には行ったんですか?なんていう質問もあったり。仕事の内容についても聞かれました。ドクターの所見ではこの病院にいる間にどんどん外出、外泊をしてもらって、3〜4週間で社会復帰を目指しましょう、というものでした。こんな全然歩けない状態なのに3〜4週間で何とかなるのだろうか・・・とその時は不安でした。(実際は約2ヶ月おいてもらったのですが。)

そしてこの寂しい病院での1日目、またなかよしの友達が来てくれたんです。何度も書いちゃいますが、うれしかったなあ。しかもパステルのケーキを3個も持ってきて。2人で1個半ずつ食べました。

翌日この病院でのリハビリ初日です。
担当のPTさんはなんと社会人1年生。私も緊張していましたが、PTのかたも緊張していたと思います。足首や膝の可動域の計測、平行棒での歩行練習などをした後、彼の上司のPTのかたが、骨折後ろくに触られたことのなかったふくらはぎをマッサージしました。痛い。でも我慢できました。しかしマッサージ数分後、表現できない痛みが襲ってきました。神経がやられるような痛みです。泣きたくなくても涙が勝手に出てきました。

これが第三の関門でした。

担当のPTさんもかなりあせったようです。主治医のドクターも急遽呼ばれ、ひ骨神経に触っているという判断を下され、あまり他動でリハビリを行うのはやめよう、ということになったのです。これから毎日痛い、痛いの日々でした・・・。大泣きしたの恥ずかしかったなあ。

この病院であと約2ヶ月を過ごすことになります。

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