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			<title>鉄道車両図鑑(仮)</title>
			<description></description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684</link>
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			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>鉄道車両図鑑(仮)</title>
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		<item>
			<title>JR205系～進化する元国鉄型ステンレスかー～</title>
			<description>前回同様、文字のみです。ご理解とご協力を…(ry&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国鉄がアボンした後も205系は製造された。しかし早速問題が発生する。山手線の増備を再開するに伴い、西日本が引き継いだ205系の車番をすっ飛ばすかどうかである。これには理由があり、山手線の205系の車番にはある法則性がある。10両編成でクハは編成番号と車番が同じ。サハは編成番号の二倍、もしくは二倍-1。モハは編成番号の三倍、もしくは三倍-1、-2である。で、これには二種の対策法が練られた。一度は山手線投入分の続番とし、京阪神地区の205系は無かったことにすると考えられたものの、もしも乗り入れするようなことがあり、両社に車番の重複があったら不都合だと考えられ、京阪神地区の分は飛ばされて配備されることとなった。その代わり、切りのいい番号までを欠番となることになる。また、量産先行車以外のの山手線投入分は、運番表示器がオレンジ色のマグサインに変更されている。これは山手線が運番変更が多く、手巻き式だと不便だったためだと考えられる。さらに民営化後に製造された車両は乗務員扉後ろのハシゴや5号車のMGが省かれている。これは国鉄時代に製造された300両にも施工され、余ったMGは新製車に使いまわされている。なお先程の理由で欠番が生じている上、先頭車の車番が編成番号となっているため、国鉄時代に製造された編成は『ヤテ1-34』、民営化後に製造された編成は『ヤテ41-60』を名乗っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山手線製造分を経て次は横浜線に導入された。7連で落成し、帯色は上段ウグイス、下段深緑となった。また、横浜線に新製配置されたグループからドアの窓が大型化され、帯も205系としては初めて二色となり、半年という短期間で103系を横浜線から全て追い出した。他にも種別表示器を装備している。編成番号は法則などは無く、『H1-25』となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方その頃阪和線では103系や113系たちがのんびんたらりんと走っていたが、輸送力増強のためにスカイブルーの205系が増備されることとなった。これに伴い西日本独自のアレンジが加えられ、1000番台となった。全面デザインが変更された他、ベンチレーターが二個に減ったり110km/hに対応したりしている。110km/hに対応するために台車などにも変更が加えられた。もうここまで行くと近郊型になってるような…&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
横浜線続き205系は南武線に導入された。帯色が三段になり、上段がカナリア、中段がオレンジバーミリオン、下段がブラウンとなっている。それ以外は横浜線から進化してない。初回は輸送力増強のためだったか次回投入分からは103系置き換えのために6両編成16本が投入されたが初期型のクモハを含んだ103系置き換えたのみで、全て置き換えるには至らなかった。なんでもっと増備しないのかな…&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1985年に開業した埼京線は沿線に毎日のように爆音を撒き散らしながら走っていた。そもそも埼京線は新幹線が沿線に爆音を撒き散らす見返りとして東北新幹線の真横を通り抜ける路線だ。その路線を走るウグイス色の103系が新幹線以上の爆音を撒き散らしながら走っている。これでは本末転倒だ、ということでとっとと新型に置き換えろ。との意見が沿線から出ていた。東日本も折れて低騒音タイプのディープグリーンの帯を巻いた205系が導入された…が、数本投入されたとことである事件が発生する。東中野駅の追突時後で総武緩行線に車両不足が生じてしまったのである。これにより埼京線に投入予定だった205系を事故補填として二本投入した。帯色はカナリアだが従来のカナリアより色が薄く、レモン色っぽい色をしていた。しかしこれが多くまた弊害を巻き起こす。総武緩行線には東西線が直通している。当時東西線の直通運用に入っていた301系と103系1200番台はアルミシルバーに黄色の帯を巻いていた。これで黄色い電車は総武緩行線、銀色の電車は地下鉄東西線と案内されていたため、205系を東西線の新車だと思い込んで誤乗してしまう客が続出。あえなくして205系の種別表示器に各駅停車と掲出した上に、301系103系1200番台はグレーに青帯という新塗装に塗り替えることとなった。&lt;br /&gt;
この一連の騒動が落ち着いた1990年に埼京線への投入が再開された。結局埼京線には10両編成23本が導入され、1990年秋までには103系を置き換えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また同時に1989年から京浜東北にも京葉線に転属させた103系の補填用にスカイブルーの205系が10連4本投入されている。また特に老朽化が著しかった二本を置き換えるために1990年度に2本追加投入された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これまた同時に京葉線でも快速運転をするため205系が投入されており、前面が大幅に変わっており、一般的にはこれをメルヘン顔と言うらしい。どの変がメルヘンなんだがは知らん。色はスカイブルーからワインレッドに変更された…のだが在来車両はスカイブルーのままとなっている。これはその辺に落ちてた101系をワインレッドに塗って見たらあまりにも似合わなかったというのが真相らしい。確かに血まみれ電車みたいで気持ち悪いな…&lt;br /&gt;
結局10連12本が増備された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここで山手線の205系に変化が起きる。輸送力増強のために11連になった。こういえばなんだ、ただサハくっつけただけじゃん。となるだろう。そう、ただサハくっつけただけなのだがそのサハがとんでもない車両なのである。形式名はサハ204。車体は101系からの伝統の片面四扉…じゃないのだ。じゃあ二扉？いやいや違う。側面にドアが六つついているのだ。そう、サハ204は片側六扉、一両に12個も扉がついている通勤輸送に特化した仕様で登場したのだ。1990年に試作車である901-902が登場した後に驚くべきペースで生産された。その間、通常の編成にどこから持ってきたかわからないようなサハ205を仮編成として京浜東北線のウラ4(のちのウラ91)借り、ヤテ35編成として運用した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
所変わってここは相模線。茅ヶ崎から厚木を経由して橋本へと至る路線だ。この路線は非電化であり、キハ35が走っていた。しかし相模線は1991年に電化路線として生まれ変わる。それに際し、特別仕様の205系が送られる事になる。全面は大きく変更され、半自動ドアボタンを装備した。うん、もう近郊型である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昔から貨物が主体だった武蔵野線。ここもまた103系や201系の6連が爆音をあげて走っていた。しかし周りは住宅街。混雑するのに6連の103系などでは輸送力不足に陥り、京葉線仕様の205系メルヘン車を増備することになる。カラーは全面がオレンジ一色、側面が3色の上からオレンジ、白、茶色となり、第一編成は既存車に合わせて6連で投入された。その後、第二編成は10両で落成し、第一編成を組み替えて8連2本となり、その後数本増備される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
時は過ぎ去り1993年、革新的なコンセプトを持った901系(後の209系900番台)が誕生する。東日本がコストダウンのための独自設計を取り入れ、京浜東北線線のボロを追い出すべく投入された。この時に中央総武快速線、中央総武緩行線、横浜線で増発の話が上がっており、205系を捻出する必要があった。ここで南武線と京浜東北線から205系を捻出することになり、209系1次量産車を京浜東北線に3本、南武線に1本投入することになった。これにより横浜線に1本、総武緩行線に3本捻出され、205系で総武緩行線の201系を2本、中央総武快速線に転属させた。この時横浜線に増車が必要となり、205系の4扉車としては最後のサハ205 232が製造されている。このサハ205 232にはベンチレーターが銀色だったり側面の閉締確認灯の形状が異なっていたり、吊革が209系と同じ物になっていたりと、いろいろと特徴がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして1996年、205系にも撤退の波が普及する…て早すぎないか？と思われるだろう。京浜東北線から205系が撤退したのである。それも置き換え対象であったハズの103系よりも早く。これは埼京線の恵比寿開業に伴い、3本205系が必要になったからであり、京浜東北線の205系が209系に置き換えられる形で約6年走った路線に別れを告げた。最後にはウラ91編成がヘットマークを掲げ、ラストランを務めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして2000年代初頭、205系は大きく動く。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/62685806.html</link>
			<pubDate>Sat, 15 Feb 2014 00:38:00 +0900</pubDate>
			<category>鉄道、列車</category>
		</item>
		<item>
			<title>国鉄205系～国鉄型ステンレスカー、現る～</title>
			<description>こんにちは…というより凄くお久しぶりですね。こちらを更新したのってマジで何ヶ月ぶりだっけな…&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回から新章となりますが、今回は文字のみとなっております。ご理解とご協力を強制いたします。ではどうぞ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
『ステンレス鋼』。stain-less、要するに『汚れ-なし』という意味を持つ英語の造語である。その名の通り汚れや腐食に強く、錆びないことを活かして家具から生活雑貨まで様々な形に加工されて使われている。鉄道業界では試作車として東急車両がセミステンレス車両の東急5200系4両を試作。塗装のメンテが省けるなどのメリットがあり、やがてはオールステンレス車両の東急7000などに派生し、強く根付いていった。国鉄もセミステンレスのサロ95901-902（後のサロ111 900番台）や塩害が多い房総地区むけのオールステンレス車両、キハ35 901-905などが製作されたが試作車両としての扱いからは抜け出せず、量産はされなかった。その後国鉄は車両を鋼製に戻し、管理が雑な国鉄などに扱えるはずもないアルミなどに浮気しながらステンレスとは関係ない生活を送っていた。時は流れて1981年。国鉄は旧型国電駆逐兵器、103系を経て超高額省エネ車両、201系をたらたらと製造していた。しかし1980年代の国鉄の経営は火の車。高価な201系を無闇矢鱈と製造するにはコスト的な面で無理があった。それでもユニット窓を簡易化した201系軽装版などにモデルチェンジして頑張っていたが、いくら車体を安くしても床下のチョッパ制御機器が高いから意味がない。そして1984年、武蔵野線や横浜線で増発を行うために今度は103系40両を山手線から押し出さなくてはならない。ここで国鉄のお偉いさん方は201系を中途半端に投入するか完全新規の山手線向きの車両を開発するして103系を全部駆逐するかの決定を迫られる。201系を生産するならば設計料はかからないが山手線のような路線にはチョッパの効果が薄い。その上お高い。そしてその頃には211系に搭載される予定だった界磁添加励磁制御やボルスタレス台車、軽量ステンレス製車両の基礎が完成しており、国鉄は民営化を見据えて新型車両を新規制作することにする。しかしここである問題が発生した。当時、軽量ステンレス車は東急車両しか製造できなかったのだ。だか国有である以上、何処か一社のみに優遇することはできない。その解決策として、国鉄は東急車両に軽量ステンレス車の技術を強制的に開示させた。&lt;br /&gt;
1985年初め、山手線向きの新型車両が落成した。201系から引き継がれたブ左右非対称のラックフェイス、側面にビートが入った銀色の車体、簡略化された台車、そう、国鉄発のステンレス量産車『205系量産先行車』の誕生である。側面は201系軽装車と同じ方式の二段窓を装備し、ビニール製の帯を二本入れただけというすっきりとしたデザインになった。また床下は界磁添加励磁制御を国鉄の車両としては初搭載したのは勿論、ブレーキに電気指令式を用いたためにブレーキ配管が大幅に削減されている。205系量産先行車は東海道線などで試運転を重ね、1985年に運用入りを果たした。量産先行車が落成してから約半年後に山手線向きの量産車が製造された。これは1985年に開業する埼京線向けに103系180両を転出させる必要があったからの措置である。車体は新たに一段下降窓に変更され、それ以外は大きな変更は無く国鉄時代には山手線向き量産車10両30本が製造される。一方その頃、遠く関西の京阪神地区でも205系が導入される。彼らは7両編成を組み、4本が投入された。これにて国鉄は増備を終了し爆発する。なおこの205系たちは京阪神地区の7連4本がJR西日本が引き継いだ以外は前者JR東日本が引き継いでいる。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/62685740.html</link>
			<pubDate>Fri, 14 Feb 2014 23:51:55 +0900</pubDate>
			<category>鉄道、列車</category>
		</item>
		<item>
			<title>JR東　～『E』の血統～　直流通勤型編　第三章  エピローグ  そして次世代へ</title>
			<description>E233はその後207、203置き換えを目的に常磐線に投入され、運用範囲を取手まで伸ばした。翌年には京葉線にも投入され、201、205を置き換えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
思えば新世代型が出てからもう20年近くが経った。時にはプレハブ、銀箱電車などとバカにされることもあった。しかし彼らの輝かしい功績がなければ今、鉄道業界はどうなってただろうか？彼らの挑戦は紛れもない成功者である。成功者である彼らに祝福と共にこのような言葉を贈り、この～『E』の血統～　直流通勤型編を締めたいと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
～E電よ永遠であれ～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここまで長い間ありがとうございました。今回の話はここで終わりです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
次は京急のあの種別について書いてきたいとおもいます。今後とも宜しくお願いします。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/62204308.html</link>
			<pubDate>Sat, 27 Apr 2013 00:15:58 +0900</pubDate>
			<category>鉄道、列車</category>
		</item>
		<item>
			<title>JR東　～『E』の血統～　直流通勤型編　第二章　進化し続ける『E』</title>
			<description>2006年、第三世代の新系列車両が登場した。『E233系』である。まずは首都圏ではボロくなっていた201系(関西ではバリバリ現役)が活躍する中央快速線に投入された。その後青梅線、五日市線、富士急行にも投入された。車内には空気清浄機、つり革は抗菌仕様、シートは231より柔らかい。機器はIGBT-VVVFになった。そのほかに主要機器の二重化などがおこなわれた。このE233は順調に勢力を伸ばしていった。
&lt;div&gt;&lt;div class=&quot;&quot; align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d6-7f/bonmatsu2029684/folder/1519469/66/62137366/img_0?1363771166&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_1024_508&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;278&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
2007年には『E233-1000系』が登場した。疲弊した京浜東北線の209系の置き換えが目的である。基本的な構造は変わらないがデザインが多少変わった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;div class=&quot;&quot; align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d6-7f/bonmatsu2029684/folder/1519469/66/62137366/img_1?1363771166&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 2&quot; class=&quot;popup_img_750_500&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;373&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
Wiki転載&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;第三章そして次世代へ：&lt;font color=&quot;#ff0000&quot;&gt;近日アップロード予定&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/62137366.html</link>
			<pubDate>Wed, 20 Mar 2013 18:19:26 +0900</pubDate>
			<category>鉄道、列車</category>
		</item>
		<item>
			<title>JR東　～『E』の血統～　直流通勤型編　第一章　『E』の始まり</title>
			<description>1998年10月、総武緩行線に新しい形式が投入された。『209系950番台』である。この車両が今後の『E電』を確立した。特徴はなんといっても拡幅車体である。この形式でデータを取った後に103系置き換え用の新形式を投入する予定だったが、その前に103の故障が頻発したため、つなぎ役として急遽0番台の床下＋950番台の車体という車両が作られた。これが209系500番台である。その後2000年に『E231系』が登場する。まずは試作車に続き総武緩行線に投入された。その後、首都圏最後の103系ワールドだった常磐線にもE231が投入された。しかしE531の影響で280両から265両に変更され、結局103系3編成を2006年まで残存させることとなる。
&lt;div&gt;&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d6-7f/bonmatsu2029684/folder/1519469/62/62126162/img_0?1374585087&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_800_600&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;420&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
E231系※Wiki転載&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;この頃地下鉄用の103系や301系にも老朽化が進み、E２３１系800番台が投入られた。209系1000番台がベースとなっている。2006年に209系900番台3本置き換えのために総武線から209系500番台が3本京浜東北根岸線に転属した。失った3本を補うために231系が3本追加製造されたが、その3本はある形式に準じた仕様になった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;a href=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/62137366.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;第二章　進化し続ける『E』&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/62126162.html</link>
			<pubDate>Wed, 13 Mar 2013 23:44:45 +0900</pubDate>
			<category>鉄道、列車</category>
		</item>
		<item>
			<title>JR東　～『E』の血統～　直流通勤型編　序章：Prolog</title>
			<description>皆様,本当にお久しぶりです。皆さんは『E電』というものを知っているだろうか?鉄ヲタの方ならE231やE233を思い浮かべるだろう。しかしこの形式の先端につくEというのは何なんだろうか。これには『JREast』のEや『Ecology』のEという意味がある。今回からはそんな『E電』の話をしていこう。
&lt;div&gt;&lt;hr&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;国鉄民営化後、JR東は近郊型は211系、通勤型は205系と国鉄の旧態依然とした車両を造っていた。しかも平成になったのにもかかわらず主要路線に&lt;strike&gt;国鉄の偉大なる骨董品、&lt;/strike&gt;103系が配置されていた。&lt;/div&gt;
&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d6-7f/bonmatsu2029684/folder/1519469/17/62121017/img_2?1410961442&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 3&quot; class=&quot;popup_img_1024_682&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;373&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;br&gt;
&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d6-7f/bonmatsu2029684/folder/1519469/17/62121017/img_1?1410961442&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 2&quot; class=&quot;popup_img_640_393&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;344&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;br&gt;
&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d6-7f/bonmatsu2029684/folder/1519469/17/62121017/img_0?1410961442&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_1200_800&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;373&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
上：211系(Wiki転載)
&lt;div&gt;中：205系(Wiki転載)
&lt;div&gt;&lt;div&gt;下：偉大なる遺産、103系(wiki転載&lt;span style=&quot;font-size:0.75em;line-height:1.4;&quot;&gt;)&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;div&gt;製造から30年以上が経ち、陳腐化が目立ってきた103系を主要路線から駆逐するためにJR東は新車を設計したそれが&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;b&gt;『901系』&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;(後の209系)である。しかしこの車両のコンセプトはがとんでもないものだった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;6&quot; color=&quot;#ff0000&quot;&gt;&lt;b&gt;･重量半分&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;6&quot; color=&quot;#ff0000&quot;&gt;&lt;b&gt;･価格半分&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;6&quot; color=&quot;#ff0000&quot;&gt;&lt;b&gt;･寿命半分&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;普通、鉄道車両というものは重く、高く、長年使用するものである。それを901系は根本から覆したのである。重ければ軌道の痛みをはやくし、整備費がかさむ。高価なら投入がおくれて客からのクレームが飛んでくる。寿命半分の件は13年使用すれば廃車にしても問題ないし、素材はリサイクルされ次の車両に生かされる。よくよく考えてみると鉄道車両としては最高の出来だったのである。&lt;a href=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/naganofront/folder/376179.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;一部の心も脳みそも無い鉄オタ&lt;/a&gt;からは「プレハブ」や「走るんです」と言われたが、客からしてみれば普通の新車であり問題はなかった。&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d6-7f/bonmatsu2029684/folder/1519469/17/62121017/img_3?1410961442&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 4&quot; class=&quot;popup_img_800_600&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;420&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d6-7f/bonmatsu2029684/folder/1519469/17/62121017/img_4?1410961442&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 5&quot; class=&quot;popup_img_800_267&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;187&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
上：901系(量産化改造後)※Wiki転載&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;下：103系との徹底した比較も行われた。※Wiki転載&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;hr&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;電装関係は、国鉄の試作で終わっていたVVVFインバーターを本格採用したりして低コスト化に貢献した。1993年2月から209系として本格投入された。これで駆逐された103系は更新工事を行い新線開業となる京葉線に送り込まれた。この209系のコンセプトはJRだけでなくほかの私鉄などに大きな影響を与えた。1993年4月、南武線に新系列電車が投入された。南武線仕様の209系は大して変わりなくスカートが強化されたぐらいである。1996年3月からは電化された川越線に103系とともに走り出した。&lt;/div&gt;
&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d6-7f/bonmatsu2029684/folder/1519469/17/62121017/img_5?1410961442&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 6&quot; class=&quot;popup_img_1600_1201&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;420&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d6-7f/bonmatsu2029684/folder/1519469/17/62121017/img_6?1410961442&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 7&quot; class=&quot;popup_img_800_600&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;420&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
上：南武線用の209系※Wiki転載
&lt;div&gt;下：八高川越線の209系※Wiki転載&lt;br&gt;
&lt;div&gt;1998年11月、総武線の101、103系の置き換え用に209系500番台が投入された。この車両は拡幅車体を採用しており近郊型っぽいものになった。しかしこの形式はあくまでつなぎ役であった。同年10月にあの車両が落成してたのだから。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;a href=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/62126162.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;第一章　『E』の始まり&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/62121017.html</link>
			<pubDate>Mon, 11 Mar 2013 01:22:50 +0900</pubDate>
			<category>鉄道、列車</category>
		</item>
		<item>
			<title>特別企画【ブルートレインの栄光と証】</title>
			<description>Part1【歴史、車両編】↓&lt;br /&gt;
 &lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/61790369.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/61790369.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
Part2【あさかぜ】↓ &lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/61790465.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/61790465.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【さくら】&lt;br /&gt;
&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d6-7f/bonmatsu2029684/folder/1519470/08/61791508/img_1?1346679202&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;560&quot; class=&quot;popup_img_672_486&quot;/&gt;&lt;/p&gt;
&lt;br /&gt;
1959年に特急平和を改称する形で生まれたブルートレイン。パンタ付きカニ、[カニ22]が使用された事でも有名。最後まで東京～長崎間を結び続けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
20系から始まり、14系に変わってからはずっと14系を使用し続けた。14系といえばさくらという人も多いのでは?&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1998年からはやぶさと併結運転を開始した。その後の2005年に廃止された。あまり盛大にラストランをやらなかった為かひっそりと引退したイメージがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Part4↓&lt;br /&gt;
準備中</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/61791508.html</link>
			<pubDate>Mon, 03 Sep 2012 22:33:22 +0900</pubDate>
			<category>鉄道、列車</category>
		</item>
		<item>
			<title>特別企画【ブルートレインの栄光と証】</title>
			<description>Part1【歴史、車両編】↓&lt;br /&gt;
 &lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/61790369.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/61790369.html&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【あさかぜ】&lt;br /&gt;
&lt;p class=&quot;img&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-d6-7f/bonmatsu2029684/folder/1519470/65/61790465/img_0?1346655550&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;560&quot; class=&quot;popup_img_672_484&quot;/&gt;&lt;/p&gt;
一番最初にブルートレインになった寝台特急。その為20系は[あさかぜ型客車]と呼ばれた。当時「殿様列車」と呼ばれるほどのA寝台を連結し、他のブルートレインの基礎を造った歴史的な列車である。なお臨時あさかぜはみずほのベースになった列車でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
設定当初から東京～博多間を結ぶ列車として2000年まで運転していた。(その後は下関までに短縮して2005年まで運行していた。)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
20系で運転を開始したあさかぜは1972年に14系化、1977年に24系25型化された。なおJR東日本持ちの24系は1987年にグレードアップ工事を施工され、外見が銀帯2本から金帯3本に変更された。JR西日本持ちの24系は1990年にグレードアップ工事を施している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2005年のさよなら運転時は宮原の車両を連結し、堂々の13両で走行した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Part3↓&lt;br /&gt;
準備中</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/61790465.html</link>
			<pubDate>Mon, 03 Sep 2012 15:54:49 +0900</pubDate>
			<category>鉄道、列車</category>
		</item>
		<item>
			<title>特別企画【ブルートレインの栄光と証】</title>
			<description>ブルートレイン。それは深夜帯に走る客車列車である。現在、定期的に走っているのは『あけぼの』『北斗星』のみとなってしまったが最盛期には『あさかぜ』『さくら』『みずほ』『富士』『はやぶさ』『出雲』『安岐』『瀬戸』『銀河』『紀伊』『出羽』『あけぼの』『鳥海』『北陸』『北星』『能登』『日本海』『はくつる』『なは』『あかつき』『彗星』『明星』『きたぐに』等々(取り残しあったらごめんなさい)が運転されていた。あかつきに至っては1日3往復あった時代もあった。この記事はそんなブルートレインを紐解いていきたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【歴史､車両編】&lt;br /&gt;
国鉄は1957年に「走るホテル」とよばれた20系寝台客車を世に送り出した。これが元祖ブルートレインである。この20系客車は「集中電源方式」を採用している。『あさかぜ』に投入された20系は好評をもって迎えられ、他の寝台特急にも次々と投入されていった。この20系寝台客車は16形式473両が投入された。牽引機はEF58、EF60  500番台、EF65 500番台と当時の最新鋭の機関車が充当された。しかし20系は分割併合の時に電源車もを用意しなくてはならなかった為あまり分割併合する列車は向いていなかった。その為当時生産中だった12系普通客車をヒントに開発されたのが12系14型寝台客車、後の14系14型寝台客車である。この車両は床下にエンジンを搭載したため、電源車が必要なくなり分割併合する列車にはもってこいの車両だった。この車両は『さくら』などに投入されてった。この車両は3形式188両が製造された。しかし1972年に起きた北陸トンネル火災事故が起きたことによって床下にディーゼルエンジンを搭載した14系14型は危険性があるとのことで14系14型の製造は中止され、1974年に「集中電源方式」に戻した24系24型の製造に移行した。この24系24型は14系14型をベースに徹底した難燃化対策を実行した。この24系24型は最初は向日町所属となり『あかつき』『彗星』なとに使用されたが、1年後に登場した24系24型のモデルチェンジ版、24系25型の増備によって1975年に品川に転属、『富士』『はやぶさ』に使用された。その1年後に品川にも24系25型が増備され、24系24型は1976年に青森に再転属した。そこで『あけぼの』『ゆうづる』『日本海』『はくつる』『出羽』『鳥海』に使用された。この24系24型の大転属は当時のブルートレインファンを魅了した。なお1980年、『あけぼの』に24系24型が投入されたことにより、20系最後の特急運用が消滅した。以後20系は急行､臨時運用に従事していくこととなる。この頃から難燃化対策を徹底した14系の最終グループ､14系15型の製造が開始された。14系15型は九州ブルートレイン用の車両のため、ほとんどが九州地区所属となった。 なお1974年から24系24型のモデルチェンジ版として増備された24系25型だがこの車両は山陽新幹線全通(博多開業)によってブルートレインの客の減少を予測しベッドを2段にした。その結果、定員数が減るが居住性が向上した。一応定員数確保の為、更衣室とトイレ1つ潰して1列追加するなどの対策もとられている。この車両は『あかつき』『彗星』などに投入され、1975年には『富士』『はやぶさ』『出雲』『瀬戸』『あさかぜ』等に投入され順次20系､14系14型を置き換えていった。なお24系の増備によって余剰となった20系は『銀河』などの旧型客車で運行されていた列車の置き換えにあたった。これから暫くブルトレに動きはなかったが、1980年代中盤から24系24型、14系14型の2段ベッド化が始まり、24系24型は全車、14系14型は一部の車両に施工された。施工されなかった14系14型は急行や『出雲』の廉価サービスに使用された。しかし国鉄の運賃値上げやサービス劣化等の理由、さらに山陽新幹線全通によってブルートレインは衰退の一途を辿ることとなる。『さくら』『富士』『はやぶさ』にカルテット、ロビーカー(ロビーカーは富士、はやぶさのみ)連結『あかつき』『彗星』の減便等の措置がとられた。その後1987年に国鉄が民営化され、JR7社に分裂した。ブルトレ界で国鉄民営化後に起きた出来事は多い。まず最初におきた出来事といえば『みずほ』廃止である。その後1997年に臨時用として残っていた20系が快速さよなら20系を運転しEF58 150にエスコートされ走るホテルは全車が引退した。同年、『出雲』1往復と『瀬戸』がサンライズ化した。2003年に『はくつる』廃止。2005年には『あさかぜ』『さくら』『彗星』『出雲』廃止。2008年『なは』『あかつき』『銀河』『日本海』1往復、『北斗星』1往復廃止。そして2009年、最後の東京発ブルートレイン『富士』『はやぶさ』が廃止された。半世紀に渡った東京発ブルートレインの歴史が幕を降ろした。その後の2010年、上野発の『北陸』が廃止された。これは14系寝台客車の終焉を意味した。そして2012年、『日本海』の廃止。これによってブルートレインは遂に『あけぼの』『北斗星』のみとなってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大雑把に説明していくとこんな感じである。次回からは各列車の説明にしていく予定である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Part2↓&lt;br /&gt;
 &lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/61790465.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/61790465.html&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Part3↓&lt;br /&gt;
準備中</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/61790369.html</link>
			<pubDate>Mon, 03 Sep 2012 13:40:20 +0900</pubDate>
			<category>鉄道、列車</category>
		</item>
		<item>
			<title>京急600、650形(3代目)PART2</title>
			<description>【運用】&lt;br /&gt;
本線、久里浜線、逗子線、空港線、浅草線、京成本線(青砥～成田空港)、京成押上線、成田スカイアクセス線と多岐に渡り運用されている。大師線は正月に1回だけ入ったことがある。多分京急のなかでは銀1000の10次車と並んで運用範囲が広い。そのためか1～3次車は京急線で会う機会が一番無い車両でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【改造】&lt;br /&gt;
バンパー塗装変更:登場時は灰色だったが視認性が悪かったのか、順次白にされていった。今は全車が白になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スカート塗装変更:登場時はもっと濃い灰色だったが薄い灰色に塗り替えられた。理由は不明。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
シートモケット張り替え:2003年頃からボロくなってきたシートを張り替えた。2005年からはロングシート化されたため行われていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ロングシート化改造:2005年頃から通勤時に不便なクロスシートをロングシート化していった。その犠牲第一号は606編成でブルースカイ化と同時に行った。600形は完了したが、650形はまだ施工中である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大規模更新工事:成田スカイアクセス線に対応させるため大規模リニューアルを行った。バンパーに600のスリットをいれたり、LCDつけてみたり、運転台弄ってみたりと結構変わってる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こんな長々とした文章を呼んでくれてありがとうございました。次回は京急のあの改造車をやりたいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
では</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/bonmatsu2029684/61760426.html</link>
			<pubDate>Sat, 25 Aug 2012 16:14:25 +0900</pubDate>
			<category>鉄道、列車</category>
		</item>
		</channel>
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