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This is my first experience of Kazuo Ishiguro. I was so moved, touched, impressed by this novel. Touching. Stunning. Startling. The story tells us the beauty and the sensitivity of childhood, very finely told. Sometimes what the characters say makes us puzzled and suspect, it is so to say "the page turner",
after all, we find all of the clues or underplots are linked and it give us the deeper impression.
One thing that I would like to mention here is that the auther must have the topic of Embryonic stem cells in his mind.What is the human beings? What makes the human beings seem to be human beings? The answer is here. The first love, sexual urge, eagerness for childhood, art, creativity
and most of all, friendship.
I want to recommend this novel especially to the young people who are endeavoring the life.カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』 カズオ・イシグロ氏は、日本・長崎生まれ、5歳でイギリスに渡ったイギリス人作家、 『日の名残り』(The Remains of the Day)でイギリス最高の文学賞・ブッカー賞を受賞した作家です。 私にとって初めてのイシグロ作品でしたが、何となく思い描いていたイシグロのイメージとはかけ離れた、 謎が謎を呼び伏線が次々に明らかになるような、美しい純文学的世界とエンタテインメント的要素が見事に融合した作品世界でした。 よく洋書の売り文句に "the page turner"という言い方がありますが、まさにページをめくる手を止めさせない感じでしたね。 (私は読むのが遅いので、しょっちゅう手を止め随分の時間を要しましたが。) あらすじ等はwikipediaの参照に譲ることにしますが、 ここでイシグロ氏が私達に提示したテーマは、“人間らしさとは何か”ということだったと思います。 何が人間を人間たらしめているのか、という問題の提起。 初恋、性的衝動、純粋な子供時代、芸術、創造性…そして友情。 これらが美しく、哀しく切なく語られた、素晴らしい作品でした。 間違いなく私のお気に入りベスト作品のひとつに入ります。 ちなみに作品のタイトル“Never Let Me Go"は、Judy Bridgewaterという女性シンガーの曲からとられています。 (どうやらこのシンガーはフィクションのようです。) You Tube等でその曲を聞きたいと思って検索したのですがうまくヒットせず、どうやらジャズのスタンダードらしいので、トミー・フラナガンの演奏をここにリンクさせておきたいと思います。 |
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私の最近の神保町ライフに多大な影響を与えてくれたのは、ブログ「古本が好きです。」のぶんとさんです。 ぶんとさんのブログを見るたびに、きれいな装丁の本達を古本屋で見つけ、 それらをとても大切そうに“連れて帰る”ぶんとさんの姿が伝わってきて、 私も神保町を愛する人間の端くれとして何かこういうこだわりを持って古本屋を巡ってみたい! という憧れを掻き立てられていたのでした。 ぶんとさんは、しっかりした審美眼でお気に入りの装丁家や挿絵家の本を見つけてきては、着実にコレクションを増やしていっている方です。 しかもそれらを、結構お手頃な価格でコレクションなさっているのも、二重の驚きです。 さて、数回にわたるトライ&エラーを経た後、目下のところ集まった本を、何回かに分けてご紹介したいと思います。 去る5月26日、東京堂書店にて、行ってきました、豆本ガチャポン。 東京堂書店3階には豆本売り場が常設されていますが、これはたまに設置されるガチャポンで出てくる豆本です。 つまり100円入れてレバーを回す、カプセルの中に何が入っているかはお楽しみ、という趣向。 人気のガチャポンで、毎度売り切れ必至だそうです。 この日も「お一人様3回まで」との注意書きがあり、私も3回やってみました。 初の豆本体験。開けてみるのがドキドキです。 一番のお気に入りは、「琉球蝶々」というタイトルの、中がちょっとした蝶の図鑑のようになっている豆本。 写真の中では見開きになっています。RAGDOLL製作とのこと。 いずれの本も、3センチ四方の小さな世界。ひとつずつ手作りだそうです。 同じ日に古書店をぶらぶらしていて見つけたのが、この洋書の豆本。豆本というには少し大きいかな。 横8cm×縦14cm、小さい手帳くらいの大きさです。 田村書店2階で購入、500円。 この本そのものは1983年にイギリスで出版されたものですが、 元は18世紀に「礼儀の本」として、中世の城を舞台に、少年が立派な騎士になるべく振る舞いを身につけていく、という物語として出版されたものだそうです。 これは今も新潮文庫で版を重ねている、ポール・ギャリコの『雪のひとひら』。
1975年発行ハードカバーの2刷です。 この本には、すべてのページに小さな線描画が入っており、それが気に入ったので購入しました。 巌松堂にて、400円。 挿絵(カット)は深沢幸雄となっています。 |
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★★☆☆☆ タイ・バンコクを舞台に、天下り役人が上司である公社で働く主人公・片桐が、 現地の日本人・武志、美しいタイ人娼婦・ミントと出会う。 一見タイでの観光を贅沢に楽しんでいるように振舞いつつ、実は片桐には誰にも打ち明けられない秘密があり、 ひとり危ない綱渡りを演じているのであった…
―――吉田修一7年ぶりの書き下ろし小説 娼婦、妻、友人、嘘、欲・・・すべてが重なり合い、すれ違う。ある秘密を抱えた男がバンコクの夜に見たものとは!? 吉田修一が到達した最高の「世界文学」。――― (内容紹介より) “吉田修一が到達した最高の「世界文学」。”って、それはちょっと大袈裟です。 タイは飽くまで観光で訪れた場所であり、主人公・片桐はどこまで行っても裕福な日本人旅行者。 現地に根ざして生きている武志やミントとの関わりも、 「深くないから楽しめる」ことを武志にズバリと指摘され、片桐は返す言葉もなく立ち止まってしまうのです。 それよりも、やはりこれは「吉田文学」。 初期の『パーク・ライフ』や『パレード』といった作品と同じようなテーマ、 つまり、人と人がすれ違いざまに出会い、刹那的に弾けるスパークのような人間関係を、 落としどころもなく、前と後を断ち切って描写する、 という小説だと思います。 いわば「起承転結」の「起」と「承」だけを小説にしたような感じです。 (私はそれ自体は結構好きです。) そこに、『悪人』で取り組んだ「犯罪」というテーマを持ってきて、 犯罪者の微妙な心理を描いた、というのがこの『元職員』ではないかと思うのです。 タイで遊ぶ片桐の不安定な心理から、片桐の抱える秘密がなんであるのか、 片桐の行動の不自然さに徐々に目が向き、その訳がなんであるのか、 読者に少しずつ少しずつ読み解かせていく手法は吉田さんの他の作品にも多く見られ、 見事でありとても楽しめました。 片桐の、公社の同僚との他愛もないやり取りや、妻との会話、妻の言葉などが印象的に心に残り、 それがつなぎ合わさって謎が解けていくといった感じです。 謎が明らかになると共に、片桐の“断崖絶壁の先端に後ろ向きで立たされたような感覚”を、 読者も味わうことになります。 やはり筆の力でしょう。 ちょっとした軽いミステリーと思えば、短時間で読めるし、面白かったと思います。 ただ、『悪人』で見られたような、「犯罪」の持つ重さとかダイナミックさは感じられなかった。 そして、タイという場所で、片桐はプロトタイプの金持ち日本人で、それがゆえにこの小説は成り立っている部分はあるのですが、 片桐以外の日本人、作中では駐在員の妻だったりするのですが、それもプロトタイプの駐在員の妻で、 タイという国と日本人との関わりがそこしか描かれていないと、さすがにちょっと不快であったかな、 というのが高評価でなかった理由です。 (2008年11月、講談社) |
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堀江敏幸著『いつか王子駅で』という小説はつかみ処のない小説で、 王子駅近くに住む「私」が、王子で出会う人情味溢れた人々―――背中に昇り龍を背負った印章彫りの正吉さん、飲み屋「かおり」の女将、古本屋筧書店の店主・筧さん、アパートの大家さんとその娘・咲ちゃん―――との交流を描き、 且つ「私」は思考の流れるままに白昼夢のような思索に浸り、 小説家・島村利正の描く、日常にひそむ「ほのかな狼狽」を感じることこそ人生だと語り、 安岡章太郎「サアカスの馬」やモンゴル民話「スーホの白い馬」について語り、昭和の名馬達に思いをはせる、 といった様々な枝葉が、語られるたびに話の中心になっている、という問わず語り的な物語です。 その中で、王子駅前を走る現在東京で唯一残っている路面電車、「都電」のくだりは、鮮やかな印象をもたらす場面として多くの人の心に残るのではないでしょうか。
引用が長くなりましたが、この引用の最後の一行(飛鳥山での花見も忘れ…)以外の部分が、一続きの一文であることで、この著者の文体がある程度理解できるのではないでしょうか。 さて、都電荒川線です。 都電荒川線は、早稲田と三ノ輪橋をつなぐ全旅程55分の一両編成路面電車です。 「火花が飛ぶほどのブレーキング」と著者が著す通り、 カーブの際線路と車輪の摩擦で起きる「キーーーッ」という金属音は、半分降ろした窓から容赦なく入り込み、 耳をつんざくとは正にこのこと、というものすごい音を立てます。 路面電車という牧歌的なイメージからすると、意外なほどの起伏とカーブが多いせいでしょう。 引用中にあるような、線路と民家の軒先を隔てる柵に生活感溢れる干し物や植木の鉢を鑑賞しつつ、 電車は走ります。 下の写真は、飛鳥山横の坂をカーブしつつ一気に下り、王子駅へと向かう都電の姿です。 都電の軌道上は、このような碁盤の目のような電線が続くことも、何となく旅情を掻き立ててくれています。 また、都電荒川線は線路脇にバラの花をたくさん植えていることでも有名で、 今がちょうど見頃を迎えたバラに囲まれ、都電の姿も誇らしげに見える気がしますね。 |
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★★★★☆ アン・タイラー、本作『ブリージング・レッスン』で1989年ピューリッツァー賞を受賞しました。 アメリカではベストセラー作家であり、数々の小説がテレビドラマ化されています。 日本での認知度、人気度はそれ程でもないようで、現在入手可能な小説を某ウェブ書店で調べてみると、 2004年の『結婚のアマチュア』だけのようです。 私とアン・タイラーの出会いは、2004年『結婚のアマチュア』(THE AMATEUR MARRIAGE)が洋書コーナーに並んだ頃に興味を持っていたものの手をつけずにいましたが、 ゴールデンウィークに「不忍ストリート一箱子古本市」で文庫本を入手。 店主さんの、「品切れ本ですよ」の一言に背中を押されて、200円で購入しましたが、 某中古市場を見てもまぁまぁのお買い得品だったかも。 さて内容ですが、これが予想よりはるかに面白かった。何というか、ツボでした。
友達のご主人のお葬式に行くためにボルティモアの自宅を出て長いドライブを夫のアイラと共にし、 その帰り道に、息子ジェシーの別れた妻フィオナと、7歳の娘ルロイを連れて帰ろうとする。 何とかジェシーとフィオナをくっつけ、またルロイとも一緒に暮らしたいと画策するマギー。 途中まではマギーの人の良さと思い込みの激しさで、周りも何となくそれでいいような気がしてしまうが やはり最後はうまくいかず、より悪い事態を招いてしまう。 フィオナとルロイ、息子のジェシー、皆が出て行った後、鏡に映った自分の姿を見て、 “わたしって太って、象みたい”とつぶやくマギー。 しかし夫アイラは落ち着いて、そんなマギーを変わらず受け止めてくれる。 明日は娘が家から独立してゆく日だ…。
(事実私も、背表紙の紹介文を読んでも左程期待はしなかったのですが) これが何というか、違うんだな。 途中何度も読みながら吹き出しては、私の周囲の善意の人々を引かせておりましたが、 それ位、マギーとアイラの会話がまず面白い。 絶妙にズレている。 そこがとても現実的で、良い。 そしてマギーの猪突猛進的性格が回りに波風を立て、一度は皆何となく納得してしまうが、 結局は皆またハッと我に返り、マギーの思い通りにならないところがまた、面白く悲しい。 マギーの、母としての人の良さ、善良さ、それゆえの愚かさ。 息子と娘はそれを愛してはいるのだろうが、半ばあきれ、反発し、ある種見切って親離れしてゆく、 その悲しさ。 解説の中に、 ジョン・アップダイクがタイラーの中に読み取ったアメリカ人のテーマは「家と脱出」だと書いている(p.458) とありましたが、私もそれを実感しました。 ただし私は、立場上マギーに自身を重ねますので… 母の立場から言わせてもらうと、「家と喪失」ということになりますでしょう。 (Breathing Lessons (1988) 1998年9月、文春文庫) |





