ティグレの徒然ならぬままに‥

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真夜中のラブストーリー編

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夏の終わり。
といってもまだまだ残暑は厳しい。

僕はバイト先の海の家にいた。
海の家の仕事といっても、僕の場合、接客ではなく、店の前のビーチでパラソルやベッドを貸し出し、設置する係だ。

もちろん店が忙しいときには接客もこなしている。

昔はスコップで穴を掘りパラソルを立てていたそうだ。
今はバッテリー式のドリルを使いパラソルを立てているので、楽だろうとタカシさんは言う。

タカシさんは、地元でこの道20年以上のベテランだ。
高校生の頃からこのバイトを始め、途中ライフガードなんかもしていたそうだが、今も現役で毎年夏の海で働いている。
この海の家のオーナーであり、僕のサーフィンの師匠でもある。

ビーチハウスって呼べとタカシさんは言うが、他のスポンサー付きのビーチハウスに比べると海の家って呼びたくなる。

昔は、海の家というと怪しい人達も営なんでいたそうで‥実際、その筋の方々のシノギになっていたとタカシさんは言っていた。
今では一応健全と言われている・・・。

タカシさんは、他の季節は地元で小さなアクセサリーショップをやっているが、夏の間は人に任せている。
極楽とんぼって、タカシさんのためにある言葉だと思う。
そんな人だ。

「よう、こないだマブい女とドライブしてたんだって、赤いオープンカー」
タカシさんが声を掛けてきた。

あちゃー、あの日、誰か友達に見てもらいたくて、わざわざ商店街を通ったんだが、よりによってタカシさんの耳に入るとは。


「何なに?何の話?」
キョウコさんが興味深そうな顔をして聞いてくる。

キョウコさんは僕の憧れの人だ。
東京の大学へ通っていて、夏休みの間じゅう、ここで働いている。

時代に逆行するがごとく、小麦色に焼けた肌は、水着の跡の白さと相まって、悩ましさを通り越して神秘的でさえある‥とこれは僕の個人的感想なのだが・・・。

何とか二人の追及を誤魔化した僕は、平日で割りと暇だったこともあり、売り物のパラソルの下でしつこい暑さにげんなりしていた。

「ほらケンタロ、元気出して」
キョウコさんがペリエを手にしてやって来た。
「まだ未成年だからね」

それはかまわない。
かまうのは、僕がいくら「ケンタロウです、ケンタローでもケンタロでもありません」
って言っても直してくれないことだ。

キョウコさんはさっぱりとした性格で、スタイルも良かったから、お店に来るお客さんばかりじゃなくビーチに来る男たちから注目を集めていた。

キョウコさんに軽口はきけても、特に勇気のある男か、まるっきり馬鹿な男しかナンパにはチャレンジ出来なかった。
そう、中途半端な男たちじゃ躊躇っちゃうほど近づき難いんだ。

どんな男に声をかけられても、いつもサラリといなしているキョウコさんだが、僕の見たところ男の影はない。
と、これは希望的観測だ。

「キョウコさんが好きです」
と告白したことがある。

正確には、ナンパしてきた馬鹿な男を軽くあしらったあとのキョウコさんに
「そういう所好きです」
と言ったのだが、キョウコさんは
「ありがと」
と笑窪を作って受け流しただけだった。

その笑顔に見取れてしまい、その後に用意していた「ボクとつき合ってください」の言葉は言えず終いだった。

やっぱり年下なんかに興味ないのだろうな。
そんな思いも二の足を踏んだ理由の一つだ。


僕が海の家の前の砂浜を掃除していると、キョウコさんが夕陽の中の砂浜で一人しゃがみ込んでいた。

「珍しいですね。何、たそがれちゃってるんですか?」
と僕はお返しのペリエを差し出して隣に座った。

キョウコさんの目に光っていたのは涙だろうか。

慌てて立ち上がろうとしたボクの腕を押さえて
「いいから、座ってきなよ・・・ちょっとだけ傍にいて」と囁いた。

何があったのだろう?
何か言わなくてはと思えば思うほど、焦れば焦るほど何も言えなかった。

「・・・ケンタロは優しいね。そっとしておいてくれて・・・。ありがと」

違うんだ。
誤解なんだ。
優しさなんかじゃない。
何にも言えないだけなんだ、と思ったがやっぱり何も言えなかった。

そしてキョウコさんは僕の肩に頭を預けた。
キョウコさんを泣かした男は誰だろう。

・・・誰だっていい。
僕は勇気を奮い起こして、キョウコさんの肩に優しく腕を回した。

キョウコさんが上目遣いに僕を見上げてくる。
目があった。

ファ、ファ、ファーストキス!?

あの日あの赤いオープンカーに乗ったときから、この夏、何か起こると思っていたが・・・。

それがこんな風に始まるなんて・・・。


「ケンタロ?ほら元気出して」
我に返ると、キョウコさんがペリエを手に立っていた。

昼下がりの太陽を背に浴びた肌が黄金色に縁取られて綺麗だった。
「どうした?大丈夫?」

白昼夢?
目の前の波が崩れて、笑い声のように聞こえた。
 
 
 
 
私は途方に暮れていた。

何年かぶりに、突然訪ねて来た元カレの泊まっているホテルを見つけだして、私を取り乱させたお返しに元カレを驚かせてやるんだ、とアパートを飛び出したまではよかった。

そのために市内のホテルをしらみつぶしにしてでも探し出してやるんだと意気込んでもいた。

でも初めから壁にぶち当たってしまった。

最初に当たったホテルでも2軒目のここでも、個人情報保護条例とかで、宿泊客はおろか、結婚式の予定さえも教えてもらえなかったからだ。

せめて新郎か新婦の名前さえわかっていたらと言ってくれたフロントの彼もいたが、頭の固い女のフロント係は、規則ですからの一点張りでラチが開かなかった。

その時、フロントの電話が鳴った。
フロントの女は、話しはここまでだというような目配せをして、電話を取った。
「はい。○○様ですね。少々、お待ち下さい‥。‥お待たせしました。お出にならないようです。‥はい。お残しいたします」

電話を切った彼女は、まだ何かというような顔をして私を見た。

私は自分の鼻の頭の先を見て、ツンと首から順に体を回転させて出口に向かう。

きっとシティホテルはどこも同じだろうな。
かといって、訪ねて来たときの格好から、今さらカレが個人情報など気にも留めないような小さな安ホテルに泊まっているとは思えないし。

エントランス脇の電話ブースが目に留まる。
私はブースの中に入り受話器を取った。

「もしもし、そちらにお泊りの○○さんをお願いします。
チェックインしたら連絡をくれる約束なんだけど、まだないのよ」

目の隅にフロント係が映る。

「‥あなた馬鹿じゃないの。連絡がないんだから、ルームナンバーなんかわかるわけないじゃないの」

「‥なまえ‥予約がない?そんな馬鹿な!あなた使えないわね‥もういいわ」

フロント係がムカついているのが見て取れた。
ざまあみろだ。

これでこのホテルには泊まってないのはわかった。
この方法ならと私は電話帳をめくり、いくつかのホテルに電話してみた。

結果は‥惨敗だった。
あの馬鹿、いったいどこに泊まっているんだろう。

慌てて出てきたはずなのに、買ったばかりのワンピースを着てきた自分に腹が立ってきた。
元カレにも頭の固いフロントにも腹が立った。

よぉーし、こうなったら‥ホテルを探すのは諦めよう。
この辺の切り替えの速さは、私のいいところね。

宿泊先がわからないのなら、立ち回りそうな場所を探せばいい。
先ずはカレの、いや元カレの行動パターンを考えてみればいい。

あれから何年も経っているけど、男なんてそうそう変わらない。変われない。
これはここ数年、私が学んだ男学。

懐かしさで私を訪ねて来たくらいだから、きっと思い出の場所とか巡っているはず。

初めて出会ったコインランドリーとか?
‥あんな所にひとり佇んでいたなら恐いわね。
よく行ったダウンタウンの名画座はどうだろう?
懐かしいけど、わざわざ2時間も映画みてるわけないからバツ。
大きな手のオブジェがある美術館は?
‥あそこはもう閉館ね。それもバツ。

夕食どきだから、食堂はどうかしら?
安くてお腹一杯になるリトルチャイナは?
‥う〜ん。
初めて二人で入ったピザハウスは?
‥ん、あそこは潰れちゃったんだっけ。
週末によく出かけたピアとか、その先のヒースクリフとかは?

ヒースクリフ!

あそこのマスターは健在だし、思い出を語ったり、同級生の近況を手に入れるなら、あそこほど絶好の場所はない。

ついでに通り道のピアのモールをのぞいて行けばいい。

私もご無沙汰しているし‥。あそこに行ってみよう。
もしかしたら、その幼なじみの結婚式についての情報が手に入るかも知れないし。

私は大通りに出て路面電車に飛び乗った。
 
 
 
 
重くなった足を引きずるようにして、僕は目についた喫茶店のテラス席についた。

目の前を路面電車が通り過ぎる。
運ばれてきたカフェラテの香りに、そういえばこの店にも来たことがあったと思い出す。

この町はどこに行っても思い出にぶち当たる。
あの頃、車を持っていなかった僕は、よくこの電車のお世話になった。
1時間あまりをかけて町を横断する路線は、中心のビジネス街を通り、西のベッドタウンと東の港を繋いでいる。

かつては魚市場だった埠頭のショッピングモールには観光客もたくさん集まる。
モールにはオニオングラタンスープの美味しい店があって、秋になるとメニューに加わるクラムチャウダーは絶品だった。
熱々のスープで心ごと暖まった。

港の先にある灯台までの間の切り立った崖の上には、ヒースクリフというダイナーがあり、窓辺の席から見える景色は素晴らしかった。
押し寄せる波が崖下の岩場で砕け散り、心地好い音を店まで届かせた。
夏と冬には、沖からの深い霧が海面を覆うようにしてうねり漂い、まるで雲の上にいるような気分になれた。

この店は、僕も彼女もお気に入りだった。
二人でも友達を引き連れても、もちろん一人の時でも出かけた。

彼女はアイリッシュコーヒー、僕はライトビールを定番にしていた。
つまみには、ほうれん草とベーコンのキッシュやズッキーニの輪切りにチーズとベーコンチップを乗せてオーブンで焼いたものなどをよく頼んだ。

店長は無類の読書家で、酒瓶の並ぶ棚の結構な部分を小説が占めていた。
映画にも造詣が深く、『卒業』のベイブリッジを走るシーンは向かう方向が逆だとか、蘊蓄を語らせるとうるさかった。
それでもその蘊蓄を聞きに来る物好きなお客さんも少なくなかった。
あの頃はあそこに行けば、きっと誰かしら知り合いに会えた。


灯台の下には、小さいながらもきれいな砂浜があった。
潮流が早くて、海水浴には向かないとかで、夏でも人出の少ない静かな砂浜は、地元の住民と飼い犬、恋人たちの憩いの場だった。

僕と彼女もここで貝殻を拾ったり、流木を集めたりしてたくさんの時間を過ごした。
歩き疲れると、僕らは向かい合って交差するように座り、膝を立てたお互いの腿に背中を預けて、用意してきたワインとチーズ、テイクアウトしてきたヒースクリフのターキーサンドなどを楽しんだりした。


彼女と出会ったのは、大学一年の春だった。

たまたま前を通りかかったコインランドリーで、布団代わりの寝袋を洗おうとして洪水のように水を溢れさせて、パニックになっていた彼女に手を貸したのがきっかけだ。
寝袋みたいに防水加工された物は、洗濯機で洗ってはいけないということを知らなかった。
彼女も初めての一人暮らしだったし、何よりも世間知らずだった。
二人して、水を吹き出しグヮングヮン唸りを上げる洗濯機と格闘したけれど歯が立たず、結局寝袋は駄目になった。

水浸しになった床を拭きながら彼女は、ちゃんとした寝具を買うつもりだったんだと強がると、急に吹き出した。
慌ててた僕の姿を思い出したんだと笑った。

「君だって、ただ洗濯機の周りを跳びはねていただけだ」
と僕は言い返した。

それから、お腹がすいたと言う彼女と近くのピザハウスに入り、そこで改めて自己紹介をして、同じ大学に通っていると知った‥。

ピザを思い出したからだろうか、腹が鳴った。
ホテルを出てきた理由を思い出す。

このまま港のモールにでも行ってみようか。ヒースクリフでもいい。
喫茶店を出て、電車の停車場でぼんやりと待っているうちに、次にやって来る電車に乗ってやろうと思いたった。
当たり外れのない運試し。

港行きならオニオングラタンスープ、逆方向ならあのピザ屋だ。

そう決めた。

間もなくキィキーと音を立てて路面電車がやって来た。
 
 
 
 
 
 
中学のクラス会に初めて出席した。
卒業以来だから20年以上になる。

みんなどんな風に変わっているのか、楽しみだった。

予想していたより旧友たちはみんな一様に若く、そして幸せそうに見えた。

すっかり年を取ってしまった担任だった亀井先生に、その印象を話すと『みんなそれぞれに色々あると思う。それでもそう見えるなら、きっとみんな気持ちも若く、幸せなのだろう。
そういう人たちだから、クラス会にも出席出来るんだよ。欠席者の中には、家庭や仕事の事情などで出席したくても出来ない人もいるんだと思う』とおっしゃった。

なるほど、言われてみればそんな気がして、もう一度会場を見回してみるとそこにはクラスで一番人気があった女の子が来ていた。

彼女の周りは、昔も今も変わらず華やかで、ボクはそれを昔のように遠くから見ていた。


「ね、私のこと覚えてる?」
近くにいた女性が話しかけてきた。

「えーと、鈴‥木さんだったっけ?確か、いつもポニーテールにしていた女の子‥」

「そう鈴木よ、今は細貝だけど‥。うれしい、そんな事まで覚えててくれたんだ。ねぇ今までどうしてたの?」

「元気だったよ。鈴‥細貝さんは?」

「元気いっぱいよ。もう女の子じゃないけどね、フフ‥。ところで、ね今、見てたでしょ、広海のこと」

「見、見てないよ、ただ懐かしい顔が揃ってるなって‥」

「あら、赤くなっちゃって、フフ。でもよしなさい、広海は‥。
浦島くん、クラス会初めてだから知らないでしょうけど、前のクラス会の後にね、‥ね、水泳部の鮫島くんって覚えてる?
広海ったらね、彼とできちゃったの‥。まあ広海は独身だったけど、鮫島くんには奥さんがいたでしょ、いたのよ奥さん。
もうまるで昼ドラよ。奥さんと別れるの別れないので‥。鮫島くんも頑張ったけど、結局離婚しちゃった‥」


そうか波瀬さんはまだ独身だったんだ、ボクはそんな事を考えていた。

「‥そしたら鮫島くん、今度は広海にも振られちゃってね。
だから来てないでしょう、鮫島くん‥。
よく来られたわよね、広海は‥女は強しってこと?フフ」

「あら、グラスが空ね。ビールでいいのかしら?」
話すだけ話すと、細貝さんはボクから離れていった。

不思議な気分だった。
まるでタイムマシンから放り出されたように、時間だけが過ぎて、記憶はあの頃のまま、子供だったボクたちが、こうして酒を飲み交わし、生々しい女と男の話をしている。


「うらしま君?よね」

「ぁ波瀬さん!」・・・

いつの間にか波瀬さんがそばに来ていた。

「そ、まだ波瀬のままなの‥。お久しぶりね」

「あ、いや、そういう意味をじゃなくて‥」

「わかってるわよ‥、浦島君は? 結婚」

「‥うん‥してるよ」
焦っていたので、意味ありげな変な間の返事になってしまった。

「そう‥それは残念」
波瀬さんは、指輪をはめてないボクの左手を見て言った。

「ね、さっき話してたでしょ‥」

「細貝さん?」

「そう細貝渚。知ってる、 彼女‥。
あのね、鮫島君って覚えてる?渚ったら、彼と不倫してたのよ‥」

「‥‥」
鮫島は、格好いい方じゃなかったけど、社交的で誰とでも仲良くなれる奴だった。
なるほど、大人になればそうゆう男の方がモテるのかも知れない。

「‥前のクラス会の後にね。
二人とも家庭があったから‥大変だったのよ。特に渚の方が、旦那にバレそうになってね。
子どもも小さかったでしょ‥家庭は壊したくないって、泣きつかれて‥。
だったら最初からしなきゃいいのよ、不倫なんて‥。
‥しようがないから、私が不倫してるって事にしてあげたの。
鮫島君の奥さんにも恨まれるし、おかげでこっちは、すっかり悪女よ」

「‥‥」

20年ぶりだというのに何で‥彼女たちはこんな話をしてくるんだろう?

何が何だかわからなくなって、ボクはそっと席を外した。


「おっウララ!」
「あぁハマっち」
トイレでクラス一お調子者だった浜田と会った。

「なあ、聞いたか? 鮫のこと」

「‥‥」

「鮫から聞いたんだけど、前のクラス会あたりから、渚にしつこくされてたんだってさ‥。
そんで、渚と仲良しだった波瀬に相談に乗ってもらったんだって。
そしたら波瀬が、渚の旦那に『お宅の奥さんの行動が怪しい』ってチクったらしいよ。
そしたら今度は渚が、鮫の奥さんに『波瀬と鮫が不倫してますよ』ってブッ込んだってんだなぁ」

「本当のところはわからないけど、女は恐えな‥。
とんだとばっちり受けたのは鮫だよ‥離婚する羽目になっちゃってさぁ‥。
何もそこまでって思ったけど、鮫の方も浮気話は初めてじゃなかったらしいんだな、これが。
噂によるとさぁ‥鮫はさあ‥」


もう沢山だった。
ボクは、先に帰るという亀井先生を見送ってくると言って、そのままクラス会を抜け出した。

記念品を持って家に帰り着くと、何故だかすっかり老人になったような気分だった。
 
 
 
「どうやらS市にいるらしいですよ、刑事長。
目撃情報によれば、連れそう女の姿もあるんですが…」

「ヤツに女?
捜査資料にあったか?
で、どんな女だ?」

「それが皆目見当がつかんのですよ」

「…ちょっと待ってくれ、確か、一人いたな」

「しかし先輩、あの女、確か1年前に…」



「こっちよ、あなた。ほら、言ってた通りでしょ」

女は、町屋造りの家が並ぶ路地を、駆け出しそうな勢いで男の手を引いて行く。

「私がこの町を好きなのは、何年たっても変わらない所なの。
都会は、移り変わりが激しくて…住んでた街の記憶が本当のことだったのかさえ、怪しくなっちゃうでしょ」

女は嬉々としていて、旅の疲れは微塵もない。

男は導かれるままについて行く。

「痛いよ、そんなに引っ張らんでくれ」

「ほら、ここよ。ここが子供の頃よく遊んだ神社の境内
…あら、こんなに狭かったかしら?
ふふ、この街の記憶もあやふやね」

女は、ころころと笑った。

「一度あなたを連れて来たかったの。
私が生まれ育ったこの街をあなたに見せたかったの…」

今回が奇跡のようなものだったのだ。
女と会えた事も、こうして二人でいる事も…

追われている。それは間違いない。

4年前、見てはいけないものを見、知ってはいけないことを知ってしまったのだ。

あの方がそれを見逃してくれるわけがない。

男は自ら刑務所に逃げ込んだ。
そこも決して安全とはいえないが、街中にいるよりかは遥かに安心だった。

女が面会に来たことは想定外だった。
とっくに切れている。そう思っていた。
その時から、女も対象となってしまった‥はずだった。

だから仮釈放で出て来た時に、当然のように女が待っていたのには驚いた。

男との取引に使えると思われたのだろうか。

「無事だったのか?」
男は考えるのは止めて、行動を起こした。

女を連れて逃げたのだ。

とはいえ、どこに行くあてがあるわけでなく、女に導かれるように、この土地に来た。
女の故郷が東北だったのも火に油を注いだはずだ。

あの方には、北に逃げると思われただろう。
しかし結果的には、それでよかったのかもしれない。

女だけは守ってみせる。
そのための選択肢は最初から決まっていたのだ。

それなら、北だろうが西だろうが魂も売ろうじゃないか。

「…耳が遠いんだって」

「…」

「ここの神さまよ。だから、こうやってお社の後ろに回って壁を叩くのよ。
神さまお願い、この人を…悪い人達から守って下さい」
女はトントンと社の裏壁を叩き、懸命に祈った。


日の変わる頃、二人は寂れた港にいた。

「あなた、早く。もう時間がないわ」

北へ渡してくれる船が出る。

「‥ごめんなさい、あなた
わたしは、ついて行けないの。
時間もそんなに残されていないし」

振り返ると文字通り、女は消え入りそうに立っていた。

わかっていた。

組織が女を見逃してくれるはずがなかったのだ。

女の執念がここまで導いてくれたのだ。
守られていたのは男の方だった。

せっかく女が導いてくれた道なのだ。
行くべきなのはわかっていた。

しかし、守ってみせるという、果たせなかった約束はどうするのだ。

そもそも約束なんて存在したのか。

女の消えたあとを男はたたずみ続ける。


汽笛が鳴った。
 
 
 

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