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2ヶ月以上空けてしまいました。
年もとっくに明けてしまい、自分の周りも、社会も変化していっています。
その中で、私の中でどうしても譲れない問題がクローズアップされてきたので
まとめてみました。私見もありますが、できるだけ客観的に書いたつもりです。
長いですが是非読んでください。
クジラ・捕鯨について
まさに今、調査捕鯨について他国より糾弾されたり、捕鯨船を妨害されて捕鯨休止されたりと、“捕鯨”に対してクローズアップされていますので私なりにこの問題をまとめてみたいと思います。
まず、環境保護団体(グリーンピース・シー・シェパード)の主張は、“クジラ”という動物のみにクローズアップして、この動物はかわいいから、頭がいいから捕ってはいけないという主張が基本です。
まず、その時点でこれからの世界を考えた環境保護団体ではないといってもいいでしょう。なぜならば、水産学部出身の私が言うのも何なんですが、これからの食糧資源問題や水問題などを考えた時に、これから必要とされる産業は漁業だからです。
漁業は、海に育まれた魚や海草などを捕るというシンプルな産業です。
そこでは(塩分のない)水も使いませんし、育てるための飼料・肥料もいりません。
実際、牛などを育てる飼料には魚粉なども大量に使われています。
魚粉とする前に、その魚を食せば資源としての無駄はありません。
また、魚も捕りすぎたら枯渇しますが、現在の漁業は、基本的にMSYという、ここまで捕ってもその水域の資源に影響がない漁獲量を長年の調査により割り出し、その上で漁獲量の制限をしています。
しかし、最近、全体的に漁獲量が低下しているのではないかと言われています。
そして、その原因が、クジラが世界の水産資源の生態系を崩しているからではないかとも言われています。
その昔、クジラは日本のみならず、欧米各国で捕られまくっていました。ちなみに江戸時代に日本が開国を迫られたのも欧米の捕鯨船の寄港として日本が格好の場所だった以外のなにものでもありません。
欧米の捕鯨は、主にそのころ燃料としていた鯨油を採るだけの捕鯨で、採りさえすれば海に捨てていました。
日本の捕鯨は、食されたり、骨や髭などは、今で言うプラスチック製品のような役割のものに加工されたりして、捨てるところがないくらいに一つのクジラが利用されていました。
やがて、燃料としての鯨資源の価値がなくなり、欧米各国は軒並み捕鯨をやめていきました。しかし、日本は全てを利用していたのでやめる必要がありませんでした。
そして、それまでに捕られまくっていたクジラは、少なくなったといって、世界全体で管理していこうという機運が高まり、IWCができました。
しかし、欧米はもうクジラを捕る必要がないので捕鯨をただやめろやめろと言い、また、アメリカが、ベトナム戦争時に、捕鯨問題をクローズアップして反戦運動を回避させようとした経緯もあり、捕鯨をやめろという圧力が強まってきました。
また、現在捕鯨反対活動を行っている環境保護団体も、反捕鯨国から多額の援助をもらい、自団体の発展のために活動を継続しています。
しかし、これからの環境、世界を考えると、漁業と同時に捕鯨も必要ではないかと私はやはり思います。
まず、クジラが減ったというのは、捕りすぎた時代の、もう一世紀も二世紀も前の話であり、現在は種によっては増えすぎているとも言われています。
なぜ増えすぎる事態になるかというと、やはりそれは捕鯨をしていないからです。
実はクジラは捕鯨をされまくっていたときに、種を保存するために、成長を早めるように進化したと言われています。だから、ぱったりやめてしまうと増えすぎるという事態にもなってくるわけです。
魚と同じように、クジラも、ある海域で一度捕りはじめたら管理しながら捕り続けていかないと、生態系が崩れていってしまいます。それは、捕ることも含めて一つの生態系だからです。
実際、クジラが増えすぎているという話は、本当か、ウソか判りません。だからこそ調査捕鯨をする必要があるのです。
クジラは全世界の動物の中で一番大きなものです。特に、シロナガスクジラなどは体長が25メートルもあります。そしてクジラが大きくなるためには相当量の食糧が必要です。
その動物が、全世界にどのくらい生息しているか、そしてクジラ自体がどの様な生態なのかを調べるのは、これからの世界環境に対して大事なことではないかと思います。
反捕鯨国は、調査であれなんであれ“捕鯨”ということ自体がだめといっていますし、ましてやそのクジラを食すなんてという感情さえ入ってきます。
環境を考えるならば、何故クジラを捕ってはいけないのでしょうか。ベトナム戦争の時と同じように、環境保護という名目で、アメリカなどの主要国が世界的な環境保護の高まりに対して自国の不利にならないようクジラ問題を隠れみのにしているとも見えてしまいます。
調査捕鯨はあくまで調査です。また、日本の感覚では、せっかく捕ったクジラは、日本の元々の食文化であり、さらに“もったいない”という感覚により、食べられることも含め、利用されています。そしてその売ったお金が次回の調査捕鯨資金の一部となっています。
これでは商業捕鯨と一緒ではないかと言う意見もありますが、しかし、調査捕鯨は、“調査”が第一であり、“売る”ということは付随事項でしかありません。
もっとも、ここで奇跡が起きて、調査捕鯨再開となり、捕鯨でお金が儲かるとわかったら、今までの反捕鯨国もすぐに意見を変えて捕鯨開始するでしょう。しかし、日本の水産業はそこまでの体力がなくなってきているので、きっと反捕鯨を訴えてきた力のある国々が真っ先に捕鯨を始め、日本は遅れをとることになると思います。
私自身は、どのような状態になるのがベストだというのはありませんが、感情だけでなく、そして政治的な駆け引きでなく、クジラを含め、しっかりと環境や食糧を考え、調査をし、これからの世界がよりよくなるよう話し合い、実践していってもらえればと願っています。
クジラ問題は世界の中で環境を考えるための大切な問題の一つです。感情や政治の駆け引きで片付けられる問題ではありません。
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