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『播磨鑑』に記載されている法華山一乗寺の縁起‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐
法道仙人が‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐ここに住したとき、
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とあり、多聞天王・牛頭天王・明星天子の支援を得た‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐ この説明は明星天子を除けば、『元亨釈書』に記すところとほぼ同じ‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐。
法道開基の伝承を伝えている『播磨鑑』記載の寺院は44ヶ寺もあり、その内鎌倉末期の地誌『峰相記』記載の寺院は13ヶ寺存在する。
‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐各寺院の案内は原著書をご覧ください‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐
ところで法道仙人が布教にあたり多聞天王と牛頭天王の援助をうけたという話は、明石郡比金山如意寺にもある。‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐ 承和の末、慈覚大師
(円仁)が唐で文殊瑞像を感得した帰途、赤石浦で空中より如意寺に文殊像を安置せよとの声があったので、これを寺に納め、後に文殊宝楼、弥陀堂、および密壇を築いたという。
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毘沙門天(多聞天)は、法道仙人開基と伝える寺院には必ずといってよいほど祭祀されている。勿論『元亨釈書』に見る通り、法道仙人は千手観音と関係して語られているので、
法道開基伝説の寺院は、本尊千手観音(または十一面観音)・脇立不動明王・毘沙門天という配列が‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐ なぜこの三尊セットが‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐
『元亨釈書』にも記されているとおり、毘沙門天が法道仙人および仏法の擁護者として登場してきている。‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐
続く
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元亨釈書(げんこうしゃくしょ)は日本の歴史書。鎌倉時代に漢文体で記した日本初の仏教通史。著者は臨済宗の僧、虎関師錬(1278年 - 1346年)。全30巻。
1322年(元亨2年)に朝廷に上程されたので、書名に「元亨」が冠せられる。
「釈書」は釈、つまり仏の書物。収録年代は、仏教初伝以来、鎌倉後期まで700余年に及び、僧の伝記や仏教史を記す。南北朝時代に大蔵経に所収された。
活字翻刻本としては『大日本仏教全書』本と『国史大系』本がある。注釈本としては江戸期の『元亨釈書和解』が著名。参考書としては『国史大系第31巻 日本高僧伝要文抄・元亨釈書』(丸山二郎校注、吉川弘文館)等がある。
2017/8/6(日) 午前 9:22 [ 奄美は人も自然も食物も良かった ]