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陵後に日本尺で450尺のところに、長さ100尺、高さ5、6尺の台地があり、瓦石が夥しく堆積している。そして長生無極瓦、および渦状紋漢瓦の破片が混じっている。
更にその右に五個ないし六個の花崗岩の柱礎がある。一辺が3尺で15尺の間隔をおいて一直線に並列している。‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐ 唐朝の柱礎石は皆円形だが、
この柱礎のみは方形であることは注目してよい。また陵を降りて三兆村にいたる途中の路傍に大きな花崗岩の自然石が夥しく配置されている。
恐らく杜陵に関係する何等かの石材と思われる。陵の東南1中国里の地点に一大陪家があり、‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐ 、皇后王氏の墓と思われる。
これより東南に向かって大小 18個の陪家が相並列して、遠く滻水の岸に達しているが、土地の人はこれを乱家坪と呼んでいる。
C 記録
漢書宣帝本紀 ‐‐‐‐‐ ‐‐‐漢文 ‐‐‐‐‐原著書をお読み下さい
長安志図巻中 ‐‐‐‐‐ ‐‐‐漢文 ‐‐‐‐‐原著書をお読み下さい ‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐‐‐ ‐‐‐‐‐
漢書外戚伝 ‐‐‐‐‐ ‐‐‐漢文 ‐‐‐‐‐原著書をお読み下さい
続く
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