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日本は鎌倉期より江戸時代にかけて、中国独自の禅思想・禅宗を栄西、道元、隠元等が導入した。そして鎌倉や京都を中心に根付いた禅思想は、中国同様に学問、建築、芸術、
茶道などにも大きな影響を与え、日本独自の禅文化の発達を促した。栄西、道元、隠元等が移植した禅思想は、それぞれ臨済宗、曹洞宗、黄檗宗として根付いている。
本ブログ2月1日で鈴木大拙博士が『禅学入門』書いた経緯と博士の活動を若干紹介したが、博士の功績を追加紹介する。
1933・昭和8年インド大乗仏教の如来蔵思想の真髄を表わす楞伽経の研究で、同氏は文学博士号を取得した。1936・昭和11年外務省嘱託の日英交換教授として渡英し、
オックスフォード、ケンブリッジ等の大学で「禅と日本文化」について講義している。
1945・昭和20年、実業家の安宅弥吉氏の援助で、鎌倉東慶寺(江戸時代まで女性のための縁切り寺として
有名)に禅書の保存や出版を目的にした財団法人・松ヶ岡文庫を設立した。
博士の業績は、「鈴木大拙全集」全30巻・別巻2巻(岩波書店)に収められている。
「本書について」の節で
本ブログでも紹介した要点が幾つか紹介されているが、それ以外で現代の大問題でもある要点を一つだけ示し、この学習を一時終結します。
本ブログ4月17日参照、
「仏教では、所有欲は人間が陥りやすい誘惑の中で最悪の情欲とされている。事実、この世で不幸を誘発するものは、所有欲に対する衝動であると考えて差し支えない。
勢力を望むとき、強者は常に弱者に暴威を揮い、富を望むとき、富者と貧者は仇敵となって争う。この所有把握と維持の欲が・根絶或いは充分に調節されない限り、現代では国際戦争は激しくなり、
社会の不安は増大一方となる。この社会は、人類の歴史の初めより見せ付けられてきたようなものとは異なる基礎の上に改築できないものであろうか。
この個人的及び国家的膨張に対する・単に欲望に動かされる勢力の増大と富の蓄積を、抑制することは出来ないのであろうか。
仏教の僧侶達はこの人生の不合理に失望し、そして別の極端に走ったのである。そして人生の自然であり同時に無邪気である快楽さえ、振り捨ててしまった。
非常に小さなこと(影響力の小さなこと)だが、このような僧侶の所有物を一個の小さな箱に収める禅の理想は、現代社会組織に対する、僧侶達の沈黙の抗議・抗争と見たい。」
次回から暫らく、本ブログ視点での鎌倉紀行を試みます。
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