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僕は「集団自決」は、当時の状況では「それしか選択肢がなかった」からで、 それを、「軍による強制」と書くから「削除せよ」となり、 騒動になったのだと思います。 当時の常識と今の常識が違うのに、 今の常識で「軍による強制」→「強制は悪いこと」→「日本軍は悪い」 「美しい国 日本」という国策で「軍による強制ではない」→「軍に責任はない」 どちらも「教科書を創るための考え方」には、不適です。 「教科書」は、「学ぶ」ためのものですから、「説明」が主であるべきで、 歴史教科書の目的は、「当時を説明して、きっちり理解させる」ことです。 ですから、 「当時を今の常識で記述すること」も「国策により記述する・しない」も 「きっちり理解する」ためには害になります。 僕は、「歴史のきっちりした理解」とは、「今の常識で判断する」ことではないと思っています。 (歴史教育と、大河ドラマをごっちゃにしては、いけません) 参考までに、当時の常識を説明すると、 親が子を殺す一家心中は、悲しいこととは思われていましが、犯罪とはみなされていませんでした。 借金取りに追われれば、一家心中しかなかったのです。 (仮に、借金取りが青酸カリを渡しても、それだけでは、犯罪でなかったのです) また「女性は、陵辱されそうになったら死を選ぶ」これが、常識でした。 で、軍はなぜそうしたか?(想像です) 当時の日本は「軍国」つまり「国民と軍が一体」でした。 軍は、当然、玉砕を想定していました。 ですから、国民を道連れにする「一家心中」は、正当化されます。 もう1つは、住民は、軍の陣地を構築しましたから、詳細を知っています。 ですから、「拷問されたらしゃべる」と、想定していました。 軍の常識は、「兵隊は陵辱するもの」「必要があれば拷問する」でした。 陸軍は井の中の蛙ですから「どこの国の軍隊も同じ」と思っていたと想像されます。 で、「集団自決」となったわけです。 僕は、「武士道というなら、軍隊だけで、きれいに死んでくれなかったん」と思いましたが、
軍には、「米軍の本土上陸を、1日でも1分でも遅らせる」という至上命令があり、 それも、できなかったのだと、思います。 |
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私もbosho_no_nushiさんと同じ意見です。今の常識で当時の歴史を判断することは出来ないと思います。
事実は教科書の中ではたった一行にしかならなくても伝えてほしいと思います。
2007/9/30(日) 午後 7:50
なるほど・・わかりやすい解説でした。
教科書が「歴史のきっちりした理解」を必要とするのか
は、疑問なのですが。
2007/10/1(月) 午前 11:17 [ 陣内 ]
http://blogs.yahoo.co.jp/musyu2005/46079865.html に、
>時代の空気ではないだろうか?
>日本では「空気」が猛威を振るう。
僕も同感です。
尚、「兵隊は陵辱するもの」「必要があれば拷問する」<は、
「米軍は、しない」という意味ではありません。
戦後の沖縄の状態を見れば、わかります。
2007/10/1(月) 午後 11:15 [ bosho_no_nushi ]
戦争での事実は正確に伝えなければいけないと思います。沖縄県民の怒りは当然ですよ。
2007/10/2(火) 午後 0:38
関東軍の上層部は日本の民間人を置き去りにして敗走しました。
これは当時の常識から言っても、武士道に反する行為です。
沖縄戦とは違いますが、ここに陸軍上層部の精神構造が見てとれます。
高々60年程前の話ですよ。
今の常識で判断してはいけないというのは言いすぎだと私は思います。
(まあ思想は自由ですが)
2007/10/22(月) 午後 1:38 [ tee**aka ]
まぁ、弁解、できませんね。
「兵の命は羽毛のごとし」ですから、
「戦力にならない」民間人の命を守る必要はない、ということでしょう。
じゃ、誰を(何を)守りたかったのか?
屁理屈には自信のある僕でも、わかりません。
8月13日から御所に銃を向けていたという話もありますし、、、
2007/10/22(月) 午後 8:35 [ bosho_no_nushi ]
http://blog.goo.ne.jp/dylan12283199/c/6b608bb83cfd4e755b22739f471ba79e 様の記事に、
>「死は鴻毛(鳥の羽毛)よりも刈る死と覚悟せよ」(軍人勅諭)と兵士の生命を軽視し、「生きて虜囚の辱めを受けず」(戦陣訓)と敵に捕らえられることを禁じていました。こうした教え・考え方は一般の国民の間にも教育を通して浸透していました。
<
とあります。
2007/10/22(月) 午後 8:47 [ bosho_no_nushi ]
当時のたいていの小学生の夢は「兵隊さんになって、錦紫勲章をとる」ことでした。
今の常識で判断するのは、簡単ですが、
この記事の論点は、「歴史の教科書」は、どうあるべきかで、
今の常識で先の大戦を記述したら「きっちり、伝わらない」と思います。
まぁ、飛躍かも知れませんが、研究者の方なら、
「量子力学の教科書の説明文を、日常の常識に合うよう」書いたら、「教科書にならない」と、思いますよね。
2007/10/22(月) 午後 9:18 [ bosho_no_nushi ]
あるブログに書かれていたら、真実なんですか?
当時の小学生の視線で書かれていれば真実なんですか?
それこそ、想像でものを言っているにすぎないと思いますよ。
あなたのブログだから何を言っても自由ですがね。
2007/10/24(水) 午後 8:19 [ tee**aka ]
僕は、S29年生まれですが、父も母も、明治生まれです。
(いわゆる高齢出産です)
小、中学校の年配の先生は、たいてい、軍隊経験がありました。
で、何かの式には、君が代を歌い、校庭には、なんと、国旗掲揚台があり、日の丸が、掲げられていました。
そんなわけで、戦前の考え方には、詳しい、つもりです。
ところが、はいった高専は、左翼活動がさかんでした。
もちろん、友達に、左翼もいました。
で、両方の考えがわかる、つもりです。
想像でものを言うのは、いけないことですが、
それをいうなら、「すぎないと思います」も、同じでしょう。
たしかに、高専にいた、左翼諸氏は、戦前について、妙なことを、
言ってましたね。
僕は、父や母の言ってたことや、経験者の話の方を、信じます。
>当時の小学生の夢<
というのは、一例で、そのくらい、軍と国民生活が、密着していた、
一体であったと、いいたいのですが、、、
2007/10/24(水) 午後 9:16 [ bosho_no_nushi ]
もちろん、僕は、旧軍を、擁護する気は、毛頭ありません。
ただ、過去の事実は確定しています。
だから、それについての教科書の記述は、
思想(右も左も)や、現政権の都合を、干渉させるべきではない、
と、思っています。
2007/10/24(水) 午後 9:44 [ bosho_no_nushi ]
>軍と国民が、密着していた<
というのは、正確では、ありません。
一方通行です。軍は国民を、全然、信用してませんでしたね。
特高や憲兵の、国民の監視、思想統制は、いわずもなが、
沖縄や本土決戦で、国民に武器を渡して「人民の海」で、戦うという
発想は、最後まで、ありませんでした。
軍の上層部が、軍を退役した人間や実情を知っている人間は、
軍を恨んでいるはず、と思うのは、当然でしょう。
2007/10/24(水) 午後 10:21 [ bosho_no_nushi ]
>想像でものを言うのは、いけないことですが、それをいうなら、「すぎないと思います」も、同じでしょう。<
論理が飛躍してます。「想像でものを言うのはいけない」とは言ってないですよ。
あなたのブログだから、なにを言っても自由だと思います。断定的な決め付け方がおかしいと言っているだけです。
私はあなたより年上で、父は戦場に行っています。そのときの体験談も聞いていますよ。
戦争体験者でもあなたの周りの方々とは随分違う意見もあることに留意して下さい。
2007/10/24(水) 午後 11:19 [ tee**aka ]
そういう意味で書かれたのですね。
どうも、僕は、思いこみが過ぎます。
>断定的な決め付け方<
そんな、つもりはありません。一々「と思います」と書くと、文章の流れが途切れるので、、、すみません。
>随分違う意見もある<
たぶん、その意見と、僕の周り、僕自身とは、そう違わないと思います。
僕の基本的な考え方として、
「Aは悪いことをした」「みんな、よってたかってAを責めている」
状況では、「AにはAの都合があった」と考えを、めぐらせたり、
「Aの立場で考えてみる」ことも、「二度と同じ間違いを、Aにさせないため」には、必要でしょう。
まぁ、「よってたかって」の方に加わるのが、嫌なだけですが、、、
2007/10/25(木) 午前 0:25 [ bosho_no_nushi ]
私の疑問は「どの位の過去まで、今の常識で判断したらいいのだ?」ということです。
戦前を単に歴史として扱っていいのか?ということでもあります。
現在でも、高齢ではあるが経験者は沢山存在しているのに、その責任や事実を歴史の向こう側に押しやって本当のことが分かるのでしょうか?
証言の信憑性ということも確かにありますが、事実を掘り起こして調査をすれば良いことです。
これは戦国時代の話ではなく高々60年程前の出来事です。
以上が私の考えです。これは反論されても翻るものではありませんし、思想は自由なのでお互い様です。
2007/10/25(木) 午後 3:53 [ tee**aka ]
<tee>さん、現代も歴史なんですよ。
2007/10/27(土) 午前 0:02
>「どの位の過去まで、今の常識で判断したらいいのだ?」
僕の案ですが、「今の常識が通用する時点まで」では?
終戦直後「180度の転換」を「国民の大部分が認識しました」
その時点で、「常識が、ひっくり返った」と、言えます。
(あえて、断定します)
>本当のことが分かるのでしょうか?
その通りです。
責任や事実の議論は、被害者の視点での議論は、すでに、十分あると思ってます。
しかし、それでは、片手落ちでしょう。
「本当のことが分かる」ために、僕は「加害者の都合」「加害者の立場」を、「加害者が持っていたであろうの常識」で、議論しています。
2007/10/27(土) 午後 0:53 [ bosho_no_nushi ]
>責任や事実の議論は、被害者の視点での議論は、すでに、十分あると思ってます。
あなたが思うのは自由ですが、それには反対です。
実際に軍の関与が在ったか、無かったかは実証できると思っています。それが十分でないと思いますよ。私は事実であるか無いかを問題にしています。そのときの空気だとか気分とかは、それは別の問題です。
実際のところ、現時点では「軍の関与が在ったか無かったかは定かでない」というのが本当のところでしょう。
私は思想の自由を何回も言ってきています。これはあなたのブログなんだから、何を書いても自由です。ただ簡単に受け入れられる考えではないと感じる人間も居ることに留意願います。
気にいらなければこのコメントは削除していただいて差し支えありません。これはあなたのブログなんですから。
2007/10/28(日) 午後 3:53 [ tee**aka ]
もちろん、貴重なご意見ですので、残しておきます。
2007/10/30(火) 午後 11:29 [ bosho_no_nushi ]
<tee>さん、貴方が言いたいことは軍部統帥部への批判と受け取ってよいのでしょうか?
私の意見は軍部批判では何も戦争の反省にはなっていませんよ。という意見です。
2007/10/31(水) 午前 11:51