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戦後の学校教育は、「勉強きらいな子」を量産しました。 最近は、勉強が嫌いというより、「敵視」に近い子も、多いです。 「勉強」は、嫌いなのは、わかります。押しつけですから。 でも、「学ぶこと」は「勉強」とは違います。 自から「学ぶこと」は、押しつけられる勉強と違って、楽しいことと思うのですが、 その区別さえつかない子供を、 学校教育は、量産している。 ような、気がします。 人のいうことを、何でも「押しつけ」ととって、 人や世の中から学べない人が多い のが気になります。 学ぶ気になれば、 「浮浪者からでも金正日からでも学べる」 というのが、僕の持論です。 むしろ、飽食の現代人こそ、浮浪者から学べることは、多いと思います。 まぁ、いつの日か、日本人が、 「金正日大首領から学べ」 と言われるように、ならないことを、祈ります。
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学ぶ気になれば何からでも学べるのでしょうね。
学ぶって,パワーがないと頑張れないような気がします。
2007/12/5(水) 午後 8:07
う〜ん。
僕の場合「学ぶって」いうのは、勉強じゃないんで、
「おもしろいと思う」だけで、始められるのですが。
人は、千差万別で、「自分との違い」=「学ぶ対象」になりますよ。
2007/12/5(水) 午後 9:10 [ bosho_no_nushi ]
親の顔が見てみたい。というテレビ番組がありましたが、どうやら勉強嫌いの子は、親自体が同様のようですよ。
2007/12/5(水) 午後 11:53
勉強ができればいいてもんじゃない。まずは人としても品性ですよ。
すばらしい人との出会いもいい勉強になります。
2007/12/8(土) 午後 2:16
>すばらしい人との出会いも
そうですね、たとえが悪すぎました。
2007/12/8(土) 午後 10:25 [ bosho_no_nushi ]
勉強は出来なくてはだめです。
世の中競争ですから、先進国、中進国、後進国と世界は差ができています。これが、現実です。センチメンタルは止めましょう。
といいましても、人は、生まれながらに、遺伝子により、能力差が在ります。これも、現実です。同じ教育を受けても、天才、秀才,凡才
で、天地の開きが、年とともに、ついてきます。
でも、よくしたものです。学問英才だけでは、社会は成り立ちません
みこしに乗る人、担ぐ人、そのみこしを作る人、みこしの出るお祭りを管理する人、、、、人さまざまです。
わがこの素質は、親ならわかります。冷静に見極め、どの道を歩めば
子供の、幸福になるかを冷静に検討し決めてやればいいのです。
でも、突然変異ということもあります。その、見極めは難しいですが、親には責任があります。
こんな人生論いかがでしょうか、、、、傑作、、、サチコ
2007/12/9(日) 午後 3:59 [ サチコ ]
傑作ポチ、感謝!!
お伺いしますね。
2007/12/18(火) 午前 7:58 [ bosho_no_nushi ]