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村八分と喫としての祓(はらえ)つ物
生命の源としての水 日本人と水のかかわり
(『歴史読本』日本人シリーズ「事典日本人と水」)
共同体を維持していくためには、共同体の秩序を乱す者を罰しなければならない。そのため、考え出されたのが村八分である。共同体の秩序を乱す行為とは、ほとんどが農耕作にかかわることが多い。作物を荒らしたり、ほかの家との境界を無視したり、共有物を勝手に使用するとか壊した場合である。
ほかにも、禁猟区で密猟した者、蔵やぶり、盗伐、殺人、傷害、姦通、火事の火元になった家、または共同体の作業や行事
に参加しなかったという理由がある。村八分は、たとえ個人の責任であっても、家族も同じ罰の対象にされている。
江戸時代、村人が集合して祝いごとや助け合いをする決まりが一〇ほどあった。
① 結婚、
② 出産、
③成人、
④旅立ち、
⑤普請、
⑥水害、
⑦火事、
⑧病気、
⑨葬式、
⑩法事
である。
村八分とは、この中の火事と葬式の二つを除いて八つの村人付き合いを絶たれることをいう。「分」とは差別である。
農村は共同作業によって成り立っている。このような村の付き合いを絶たれれば、生活することさえできなくなる。だから、
村八分ほど大きな罰はなかったのである。村八分は、共伺体の役員や全戸主の協議で決定され、ある一定期間だけ行なうとされた。一定期間を過ぎると、しかるべき人を仲介にして、改心の意思を表して村八分を解いてくれるようお願いする。その場合、村八分された考は、共同体に金を納めたり、土地を提供したりする。そんな余裕のない者は、道路工事や山の手入れなどの労役奉仕をする。また、謝り酒、ことわり酒といって、共同体すべての戸主に酒をふるまって侘び入れをするのである。
これらの過程を見ると、須佐之男命が天照大御神の水田を破壊して、神々に追放され、神々は祓(はらえ)つ物といっていろいろな品物を献上して許されたことを思い出す。人間の悪業を、その人に取り懸いた悪霊の仕業であるという信仰が日本人にはあった。祓つ物は、食物や生活を支える財物に、罪や穢れを移して差し出すと心身が清められるという信仰である。村八分にもこれと同じ意味であったと思われる。
悪霊を遠ざけ、平常の生活に戻すために潔をすることで、村人はすべてを水に流すのである。
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