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皆様 明けましておめでとうございます
穏やかな天候の元旦はいかがお過ごしでしょうか?
第1アヤ 東西の名と穂虫去る文より
(初日餅 天地の敬い) 現代語訳 : 元旦には餅を供え 天地の神を敬い
五つの節句についての簡単な記述があります。そのなかのひとつお正月について書かれていますのでご紹介いたしました。
《お正月飾りの始まりはこちら》→ http://blogs.yahoo.co.jp/bpnono/60814524.html
新年早々ちょっとした発見をしてしまいました。
4〜5年前奈良の春日大社に参詣に行き摂社の夫婦大黒社(祭神 大国主命(おおくにぬしのみこと)」「須勢理姫命(すせりひめのみこと)に立ち寄った時のことでした。中に居られた受付の方からこの宝船の絵を買っていかれると良いですよと進められるがまま購入し、とりあえず額に入れて部屋の片隅に置いてあったこの絵を、年末の大掃除の時にふと思い出し、改めて壁に掛けようかと手に取れば、裏から何やら白いものが出ているでは有りませんか。中を空けて確かめると「宝船の扱い方」が載っているではありませんか。
上の説明書きをご覧ください。回り歌が書かれていたのです、それも 吉祥を得るという真に目出度い歌として
どこかで見たことの有るような歌だと思いひょっとして・・・・・
やっぱり有りました。
一アヤ二十六より
高天にいたり 諸神に問う。カナザキ曰く「この歌は 返言ならぬ回り歌 われも御幸の船にあり 風烈しくて 波立を うち返さじと回り歌詠む『長き夜の 遠の眠りの みな目覚め 波乗り船の 音の良きかな』と歌えば 風止み船は 快く 阿波に着くなり。ワカ姫の うたも雅びを返さじ」と 申せば君の勅り カナサキが船勅受けて 夫婦となるなり
現代語訳 : 私(カナサキ)もアマテル神の御幸(みゆき)のお供で船に乗っていた時のこと、暴風が激しくて波が高いのを打ち返そうと回文歌(マワリウタ)を詠み、
ながき夜(よ)の 遠(とお)の眠(ねぶ)りの 皆目覚(みなめざ)め
波乗(なみの)り船(ふね)の 音(おと)の良(よ)きかな と詠ったところ、やがて風が止んで波は静かになり、船は心地よくアワ(阿波)の湊に着きました」と話されました。
しかしそれを聞いても、アチヒコの心は未だに乱れて落ち着きません。「ワカ姫に返歌をしなければ。愛にどう答えればよいのでしょうか」と、又聞けば、ここでアマテル神の詔がありました。「今こそ、カナザキの船に乗り受けて夫婦(メオ)となるなり」 ホツマではワカ姫がアチヒコ(阿智彦)に恋心を打ち明けるというシ−ンですが、大国主命(おおくにぬしのみこと)」「須勢理姫命(すせりひめのみこと)と登場人物は違いますが、夫婦円満・縁結びのお話です。
本当に元日から不思議な発見でした。
皆さんも春日大社へ行かれた時には、一度立ち寄られてはいかがでしょうか?
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ホツマの風景
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24アヤに登場する花々 その2《さくら (エドヒガン桜)》
ほつまつたゑに登場する花々が本当に高島地域にあるのか?という疑問から発見次第アップしていきます。
ほつまつたゑ 24アヤから
“〜ささなみの さくらもよしと
おりかざし 〜”
やっぱり在りました。“桜です”それもエドヒガンザクラ
実はこの桜が咲くのを待ってたんです!(^^)!
このあたり、現今津町〜マキノ町にかけてはエドヒガンザクラの自生地で、ちょっとした名物?にもなっています。
今年は少し寒かったので開花が遅れていましたが、ソメイヨシノの開花より少し早く梅の開花よりちょっと遅めの時期に咲きます。
桜といえば日本さくら名所100選にも選ばれているマキノ町の海津大崎が有名ですが、同じマキノ町で清水の桜があります。この桜は水上勉の小説『櫻守』でその題材とされたその昔加賀藩主前田侯が上洛の折、その美しさに見とれ何度も振り返り眺めたことから「見返りの桜」ともいわれており、前田侯と同じく瓊瓊杵尊さんも思わず輿に飾って見たかったのでしょうね。
この エドヒガンザクラ (淡墨桜とも呼ばれる)とても長寿で酒波寺のものでも推定樹齢400年〜500年中には1000年を越すものもあるようです。
「いまづ自然観察くらぶ」の方々が調査されています。詳しくはエドヒガン調査をご覧ください。
どうか 見るだけにしてやって下さい。“桜切る馬鹿 梅切らぬ馬鹿”とはよく言ったもので、桜は切り口から腐りやすくなるのです。
この 歴史ある景色、花々を子々孫々是非 守って行きたいものです。
ちょっと判りにくいですが、酒波から見える山々にはこ〜んな感じで桜が咲き誇っています。シ−ズンはわずか2週間ほどですが、機会があれば是非ご覧ください。
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高島とゆかりのある地名及び関係神社紹介 No.1
岳山(ダケサン)鎧崎(ヨロイザキ)三尾(ミオ)
岳山(ダケサン) 三尾(ミオ)
三尾平野から岳山を望む ウィキペディア参照 撮影 2010/12/3
左 端明神崎 右 一番高い山岳山 右奥尾根の下が水尾神社
三尾の地は継体天皇の出生の地であり、672年壬申の乱の舞台にもなり、764年藤原仲麻呂の乱(恵美押勝の乱)が起り藤原仲麻呂終焉地とも伝えられています
鎧崎(ヨロイザキ)
鵜川(ウカワ)から鎧崎を望む 撮影 2010/12/3
中央 屏風のように立っている尾根が鎧岩・鎧崎(ヨロイザキ)屏風岩とも呼ばれています
左奥 蓬莱山 右奥に連なっているのが比良山系
湖西路を塞ぐかのように立っている鎧崎。今では少し削られて琵琶湖とのわずかな間を国道161号線が通っています。
いにしえの昔はさぞ通行しにくかったでしょうね。
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ほつま研究会に入って間もない勉強会でのこと、『・・・ほなが・・・』という言葉が読まれ、どっかで聞いたことのあるような?
そうなんです 何年か前 地元神社の当番役でお正月飾り準備中の出来事でしたが、年配の先輩から 『トクバコ と ホナガ採ってきときや!』と言われ。当時は(トクバコ?ホナガ?)何の事かわからずよ〜く聞いてみるとトクバコ=譲り葉 ホナガ=ウラジロの事だったんです。その時は方言的呼び方なのかな?っと思っていましたが。まさか ほつま研究会の場で再び聞くなんてビックリです。
写真 自生しているウラジロ
写真 鳥居注連縄飾り(ウラジロと譲り葉が交互に。) ※写真は当地区別宮日吉神社(飾りは同じ)2011/1/3撮影
地元地区で管理している神社は 弓削神社で社伝によると創建は応神天皇の頃(西暦270年即位)ウィキペディア参照 とされ今でも箸削り・弓はじめなど 今でも、古くからの行事を忠実に伝えている地区です。
キーワード “ ホナガ ” が登場する25紋を詳しく読み進めると、皆さんも 日本神話で有名な 山幸彦・海幸彦の物語(ウィキペディア参照)だったのです。そこで今回の《お正月飾りの始まり》の深〜いドラマが描かれていたのです。
海幸彦・山幸彦=お正月飾り?一体何の関係が????
物語は 山幸彦が釣り針を無くして困っているところに 塩椎神(しおつちのかみ)がやってきて) 山幸彦を乗せ、綿津見神(海神・わたつみ )の宮殿へ行くように言った ところから始まります。
詳しくは下記を見てください
皆さん 読んでいただいてありがとうございます。
自分の位が高いにもかかわらず、夜だった為 相手の事を思い外で一夜を明かすなんて、なんて 謙虚・思いやり深いのでしょう。私自身、身につまされる思いがしました。
この 出来事を忘れない為 門で待つ=門松 餅=山幸彦 ウラジロ、譲り葉を敷いて待っている姿に見立て代々受け継がれてきていたのですね。
ウ〜ん 納得!!
※上記 訳文及び解釈は個人的見解です。間違っていたらゴメンナサイ(*^_^*) |
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24アヤに登場する花々 その1 《卯の花(ウツギ)》
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ほつまつたゑに登場する花々が本当に高島地域にあるのか?という疑問から発見次第アップしていきます。
ほつまつたゑ 地の巻24から
“〜かえすこと みまこよろこひ
うのはなも またかさしゆく〜”
卯の花(ウツギ・空木)在りました、ありました。(*^_^*)
撮影 H22/6 今津町R303号線沿い
鵜川には残念ながら現在は開発が進んでいるせいか見当たらなかったのですが、画像は今津町とマキノ町での撮影です。よ〜く見れば山肌一面雪のように咲き誇ってました。6月って意外と野草の花が少ないのです。
今まで何十年気にも留めなかった花が卯の花だったとは勉強になります。6月に卯の花が咲き誇っているということは 瓊々杵尊がウカワで卯の花をかざしたのも6月頃ってことになりますよね。
では なぜ卯の花=うつぎ(空木)なのか
赤い矢印に注目!
なんと 折った枝の中身がストローのように空っぽだったんです。
空の木=空木 ガッテン・ガッテン・ガッテン
では卯の花=おから なぜでしょう皆さんも想像してください
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